Episode32 お約束の展開
夜、紅崎宅では前夜に引き続き対策協議が開かれていた。美穂はあまり話を理解出来ていない為、実質的なメンバーは昨日のメンバー+体調も回復した美咲となっている。
「問題はその組織をどうするかだな」
「アルカナムを研究しているのは分かった。そして、その為に美咲が必要って事も」
「美咲嬢はその組織をどうしたいのだ?」
「私は…………」
美咲には迷いがあった。
本音はあの組織と決別し、潰したい。けれども、自分とEmpressだけの力ではどうしようもない。紅崎達が力を貸してくれるなら話は別だが、生憎これは自分の問題。彼らを巻き込む事は気が引けた。Hierophantのコネクターは熟練者であり、紅崎達と共闘してもおそらく勝てないだろう。
何よりも、紅崎がこんな事で傷ついて欲しくなかった。
そういった想いがある為に美咲は、
「あなた達には頼れない。私達でなんとかするわ」
それを聞いて黙っていなかったのはEmperorだった。
「姫矢美咲、君とEmpressだけではどうしようもないからこうして協議しているのだ。その答えは受け取れない」
「なら………どうしろって言うの?私はあなた達にこれ以上迷惑をかけたくないのに…………」
そう言って苦悩する美咲を救ったのは、紅崎の一言だった。
「だったら、俺も一緒に闘うよ」
「どうして……そこまで私に優しくするの?コネクターとしての同情心ならいらないわ。それに、私と一緒に居るのは迷惑じゃないの?」
「同じコネクターとしてとかじゃなくて、美咲だから放っておけないんだよ。それに迷惑なんかじゃない。美咲が困っているのを俺は見過ごせないよ」
「そんな事言われたら拒めないじゃない…………。でも、助けてもらっているばかりじゃ申し訳ないわ…………」
「そう考えているなら大丈夫だよ。まあ、俺が困っている時に助けてくれたらありがたいかな」
「………、分かったわ。Empressもそれで良いかしら」
「えぇ。良かったじゃない、悠一と同棲出来るようになって」
「うっ、うるさい!!ニヤニヤしながら変な事言わないでよ!!まったく…………もう。お風呂借りるわよ、悠一」
Empressのからかいに我慢出来ず、美咲は風呂場へ逃げ込む。が、行く途中で振り返ると紅崎達に忠告する。
「しないと思うけど覗かないでよ。覗いたら撃つからね」
「はいはい、さっさと行って下さい」
紅崎は呆れたように言い、明日の支度を始める。すると、美穂も着いてきて一緒に支度をする。
「なにも美穂ちゃんが手伝う必要はないんじゃないかな」
「私にも皿洗いとか手伝える事がありますよ。それに、悠一さんには感謝しているんですよ」
「感謝?何に?」
「あんなに楽しそうに笑うお姉ちゃんを見たのは久しぶりです。そうなるようにしてくれたのは、悠一さんのおかげだと思うんです」
「買い被りすぎだよ。俺だけの力じゃない、皆がいたからもう一度嬉しそうに笑うようになったんだと思うぞ。
っと、これで終わりだ。美穂ちゃんも手伝ってくれてありがとな」
「どういたしまして」
美穂は手伝いを終えると、Empressの元へ向かった。
紅崎がリビングに戻ると、Emperorとクローリーが引き続き協議を続けていた。
「どうかしたのか?」
「いや、コネクター同士の協力はいつ以来だろうな、と昔話に花を咲かせていたところだ」
「すまなかったな、俺の独断で決めてしまって」
「構わぬよ。コネクター同士が協力し合える未来が出来るなら、私も尽力しよう」
「えぇ、頼みます、クローリーさん」
その後も三人で色々と話していると、美穂がやって来た――首にEmpressを掛けた状態で。
「お姉ちゃん、お風呂から出たみたいですよ」
「ん?あぁ、ありがとう」
紅崎はわざわざ伝えに来てくれた美穂に礼を言うと、何も疑わずに風呂場へ向かう。
不審に思ったクローリーが美穂を問いただす。
「ふむ………美穂嬢や、実のところ、美咲嬢はまだ入浴中ではないのか?」
「あ、あはは、悠一さんは疑わなかったけどクローリーさん達は駄目でしたね、Empressさん」
美穂の告白を聞き、クローリー達は悟った。またEmpressが何か悪戯を企んでいるな、と。
「今回は何を企んでいる、Empress」
「別に大した事じゃないわ。ただ悠一と美咲がくっつく後押しをしてあげただけよ」
「具体的に言うと?」
「それは――」
Empressが白状しようとしたところで、風呂場から轟音が聞こえた。
「「遅かったか………」」
美穂曰く、Empressの策略にはまった紅崎に同情していた者が二人ほどいたそうだ。
紅崎が美穂と皿洗いをしている時、美咲は一人浴槽で考えて込んでいた。
(あいつは義兄さんに似ていたな………)
思い出すのは、自分達姉妹の面倒を見てくれた義兄の事。思い返せば、義兄にはいつも迷惑をかけていた。
昔は今ほど気が強くなく、よく泣いていた。その度に義兄は何も言わず、美咲が落ち着くまで側に居て宥めてくれた。
(義兄さんは今何処に居るのかな………)
が、そんな心優しい義兄もある時、突然消えてしまった。行方を探そうにも、ちょうど同時期に美穂が原因不明の難病になってしまった。美穂を救う為に組織と手を組み、道具として闘い始めた。
その為、つい最近まで義兄の事を考える暇が無かった。美穂も無事に救え、こうして一時の安泰も得た。
(考えてみれば、悠一は似ているのかな………)
自分が辛い時には側に居て支えてくれた。敵である筈なのに、自分の窮地の時に命を救ってくれた。自分にとってたった一つの願いを叶える為に協力してくれた。
自分の為に尽力してくれる。そこが義兄と悠一の共通点であった。
(だからなのかな……私があいつの事を――になったのは……)
美咲は紅崎に助けられてから、彼に何か特別な感情を感じていた。その想いに戸惑いを感じつつも、理解しようとする。
だが。
(ッ!?な、何を考えているの!!これはそんな邪な感情じゃない!!)
冷静になるとその恥ずかしさを感じてしまい、悶絶してしまう。
(でも………あんな事を言われたら…………)
先ほど紅崎に言われた事を思いだし、即座に赤面する。
(違う!!あいつはそんな事………でも、私の事をコネクターとしてとかじゃなくて、私だから放っておけないって………。と、とにかくあいつは関係ない!あいつが困っている時に助ければ良いだけよ!!)
自分に強く言い聞かせ、美咲は風呂から上がった。
(美穂ちゃんは何故笑っていたんだ?)
同じ頃、紅崎は途中で美穂の含み笑いについて考えていたが、
(まぁ、美咲が笑うようになって嬉しかったんだろうな)
姉思いで良い娘だ、と感心しながら、一切の躊躇無く風呂場の扉を開ける。彼はここでノックの一つでもすれば良かったのだろう。
何故なら。
そこには美咲が居た。それ自体に問題は無かった。問題があるとすれば、それは恐らく今の美咲の状態だろう。
今の美咲は風呂場から出た直後であり、限りなく裸に近い状態であった。
「………………………………」
「………………………………」
二人共沈黙し、脱衣場は気まずい空気になる。
(謀ったな、美穂ちゃん!!)
時、既に遅し。
美咲はタオルを巻くと、笑顔で紅崎へ語りかける。だが、その笑顔は目が笑っていなく、どこか脅迫めいた威圧感を醸し出している。
「何か言い残す事はあるかしら?」
「とてもおいしい光景でした、美咲様」
何をしても無駄だと悟り、紅崎はいっそ清々しいほどに開き直って礼を言う。
「そう……………吹っ飛べ、この変態!!」
裸を見られたことに礼を言われても怒りが増すだけであり、美咲の右拳が火を噴いた。その速度は間違いなく光速を越えていて、紅崎の意識を刈り取るには充分であった。
「美穂、なんて事をしてくれたの!!」
「だって、Empressさんがこうすればお姉ちゃんが喜ぶ、って言ってたんだもん。お姉ちゃんは嬉しかった?」
「嬉しくないわよ!!Empress、あなたも美穂に余計な入れ知恵しないで!!」
「あら、私はあなた達の仲が親密になるように手助けしただけよ。感謝されても、怒られるのは心外ね」
紅崎が目覚めると、このような光景になっていた。
(何だ?このカオスさは……………)
目の前の光景に呆れていると、殴られた痛みが無いことに気づく。
「おお、ようやく目を覚ましたか」
「一時はどうなるかと思ったぞ」
どうやらEmperorとクローリーが治療してくれたらしい。他の当事者達の心遣いに紅崎は一人涙する。
「で、あなたは何泣いているのよ?」
「涙脆い年頃なんだよ…………」
「どんな年頃よ。呆れたものね、美穂に騙されるなんて」
「仕方ないだろ。純真無垢な娘を疑えるかよ」
「美穂を鼻伸ばして見ているからよ」
「伸ばしてない!!」
「伸ばしているわよ!!」
二人は意見の違いからか、すぐに言い争いになってしまう。が、Emperor達からすればとても微笑ましい光景であった。
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでにしてちょうだい」
「「黙れ(りなさい)、諸悪の根源!!」」
「酷い呼び方ね……………」
自身の酷い呼び方に驚くが、主犯だったので仕方ない。Empressはそう考え、「それより」と話しを切り替え、
「美穂は明日から学校でしょ。そろそろ寝た方が良いんじゃないの?」
「あっ、はい。そうですね」
「あれ、学校?」
紅崎は“学校”という言葉に首を傾げる。確かに美穂の見た目は中学生だが、周囲の環境は特殊である。
そんな彼女が退院直後に学校へ行けるのか?
紅崎には理解し難かった。
そんな疑念を感じとったのか、美咲がフォローする。
「美穂は元々休学していただけよ。そこら辺の心配はいらないわそれよりも、あなたに頼みたい事があるの。明日、美穂と一緒に登校してくれないかしら?」
「美咲が行ったらどうだ?俺が行ったら遅刻確定だぞ」
「大丈夫よ、二台場高校のすぐ近くだから遅刻しないわ。それに、私は重要な用事があるの」
二台場高校のすぐ近くという事に、紅崎の本能が警鐘を鳴らす。
何故なら、高校のすぐ隣には中学校が併設されているからであった。
「もしかして、その学校は………」
「えぇ、二台場中学校よ。という訳で頼むわよ、先輩」
紅崎が先輩の責任を押し付けられた事に頭を抱えていると、美穂はウルウルと涙目になりながら問いかける。
「悠一さんは……その………私が後輩じゃ、嫌ですか?」
「いや、そうじゃなくて…………」
「では、私の先輩になってくれますか?」
「あ、うん」
狼狽しているうちに畳み掛けられ、先輩として世話をすることになってしまった。何とも情けない主人公である。
「ね、言った通りでしょ」
「はい、効果抜群です!」
美咲の背後では、いつの間にかEmpressが新たな策略を実行していた。
これ以上美穂に悪影響を与えてはいけない。同じ考えを持つ紅崎と美咲は、即座にEmpressの悪行を止める。
「「お前はなんて事を教えているんだ(のよ)!?」」
「生きていく為に必要な術よ」
けろりとした表情でEmpressは悪びれないが、見かねたクローリーが強行策に出る。
「そんなものは必要ありません。Empress、貴女には少々説教が必要ですね」
「あーあー、老いぼれジジイの言葉なんて何も聞こえなーい」
「よろしい、ならば説教です」
クローリーは有無を言わせない威圧感を醸し出し、Empressを連行する。
Empressが助けを求めるが紅崎達は何事も無かったかのように無視し、紅崎は美咲に問う。
「そういえば、重要な用事って何だ?」
「心配しないで。明日には分かるわ」
「明日?」
美咲の自信満々な答えに、紅崎は疑問を持ちながら眠りについた。
「おい、悠一。喜べ、転校生が来るみたいだ!」
翌日、紅崎が登校すると馬原が駆け寄り、転校生というニュースを伝えてきた。教室では何処もその話題で持ちきりである。
「随分と急な話しだな」
「なんでも昨日決まったんだと。しかも女子だ!今朝、食パンをくわえた女子にぶつからなかったのが悔やまれる」
「そんなシチュエーションあり得ねーよ。というか、お前の女子に対する情熱は相変わらずだな」
「当たり前だ!俺からそれを奪ったら何が残るんだ!?」
「変態と犯罪者のレッテルが残るな」
「そんなもんいらねーーーー」
非情な現実に打ちひしがれ、馬原はその場に倒れる。
それを横目で見ながら、紅崎はEmperorに念話を繋ぐ。
『女子という部分に引っ掛かりを覚えるんだが…………』
『奇遇だな、悠一。私もだ』
馬原のニュースを聞いて、紅崎とEmperorは嫌な予感を覚える。
すると青鬼が来て、転校生に入ってくるよう促す。
果たして――。
「本日より、このクラスの一員になる姫矢美咲です。よろしくお願いいたします」
二人の予想通り、転校生は美咲だった。
(まさかこの学校に転入してくるなんて…………)
恒例である転校生への質問タイム中、ずっと頭を抱えていた生徒が居たようで。




