Episode29 譲歩
「姫矢さん!?一体何が!?」
「そんな事よりも今は中に運ぶ方が先だ。手伝ってくれ」
「あ、あぁ。そうだな」
美穂の声を聞いてただ事ではないと判断したクローリーも駆けつけ、美咲達を中へ運ぶ。
「……その、治療はどうするんだ?」
「安心したまえ、この程度の怪我なら私でも治療出来る」
美咲をベッドに横たわらせると、クローリーは手を翳す。
「精神並びに身体よ。賢人の導きに従い、その傷を癒せ」
そう唱えると、病院の時と同じ淡緑色の光が美咲の傷を癒した。
光が収まると同時に美咲の呼吸も穏やかになり、全員が安堵する。
「あの………これで?」
「えぇ、これでもう大丈夫ですね」
「クローリーってすごいんだな……」
「当たり前だ。戦闘能力はそれほどでもないが、治癒能力などは目を見張るものだ。
それよりも、Empress。事情を聞かせてもらえないだろうか?」
Emperorは紅崎を嗜めると、Empressに事情を聞くことにした。
「えぇ、いいわ。美咲がこうなったのは、あいつのコネクターが現れたからよ。それにもう1つ厄介な乱入者が居てね……」
「コネクター、それに乱入者だと?一体何だったのだ?」
Empress達は理解出来ず、更に問いかける。
「No.5・The Hierophantのコネクター。それに乱入者の方は災禍の札――No.13・Deathよ」
その言葉にEmpressとクローリーは驚愕した。
「馬鹿なっ!?Hierophantはもう!?」
「それに災禍の札も目覚めていたのか!?」
「この目で見たし、あいつら自身そう名乗ったわ。間違いないでしょうね」
今後の対策を考える為にリビングには紅崎、Emperor、Empress、クローリーが集まった。美穂は念の為に美咲の近くにいる。
「まず、新たに君には教える事がある。災禍の札についてだ」
「何なんだ、災禍の札ってのは?」
「災禍の札というのは、とあるアルカナムに我々が勝手に付けたコードネームだ。正式名称はNo.13・Death」
「Deathねぇ………そいつはそんなに強いのか?」
「強い、か……奴にはそんな生温い表現なんかでは納まらない。奴との戦闘は一方的な蹂躙で終わる」
クローリー曰く、前回見た戦闘はHanged manとDeathの間であり、Deathの圧勝となった。文字通りhanged manは吊るされて蹂躙されるだけであったらしい。
また、近くに居た者は例外無く巻き込まれ、大量の犠牲者が出たらしい。
「かなりヤバイ奴なんだな。そんな奴に有効な対処法か……」
「そう簡単に見つかるものではないですね」
「とりあえずこの家を襲うつもりは無いらしいけど……」
「信用出来るか?」
「あんまり出来ないわね」
Empressの頼りない言葉に紅崎がため息をついていると、ふいに廊下が騒がしくなった。
紅崎達が覗いて見ると、
「ちょっと、お姉ちゃん。まだ動いちゃ駄目だよ」
「大丈夫よ、クローリーが治療したんだから。もう動けるわ」
美穂の静止を振り切って、美咲が歩いていた。
「姫矢さん、まだ寝てないと――」
「あなたも美穂と同じ事を言うのね。心配しなくても大丈夫よ。迷惑かけてごめんなさい。私達はもう行くわ」
「………その状態で行くのか?」
美咲は何も答えずに紅崎の静止も振り切るので、強行策を取ることにした。
紅崎は美咲の左腕を軽く押す。すると、
「あっ!?ぐっ、うっ!!」
美咲は短い悲鳴を上げて崩れ落ちた。美穂が駆け寄ろうとしたが、クローリーがそれを抑えた。
「いきなり何をするの!?」
美咲は激昂し、紅崎へ抗議の視線を向けるが、
「軽く刺激しただけでそれだけのダメージだ。そんな状態で外に出れば、またHierophantのコネクターに狙われるぞ」
それに、と紅崎は一呼吸置いて美咲に優しく語りかける。
「DeathはHierophantから助けてくれて、ここに来るように指示したんだろう?確かに信用出来ないかもしれないけど、今はDeathの厚意に甘えてここに居れば良い。俺は拒んだりしないよ」
その一言が決定的であり、美咲は大人しくなった。ため息をつき、諦めた表情で、
「わかったわよ。ここに残るわ」
悶着が収まったのを見て、クローリーが一言告げる。
「もう夜も遅いです。そろそろお休みになられた方がよろしいかと………」
それにより、その夜の対策会議はお開きになった。




