Episode25 賢人の導き
人は人生で起きる事象や他人との巡り合わせに、運という言葉を使う。
例えば、何か良くない事が起きると運が悪かったと言う。一口に運が悪いと言っても、様々な種類がある。電車の遅延で学校に遅刻したり、傘が無い時に限っていきなり雨が降り出したりといった感じに。
そして今、紅崎は自分の運の悪さを恨んでいた。
何故なら−−−。
「どうしてあんたがそいつと一緒に来ているのよ?」
いかにも不機嫌です、といった感じの美咲が目の前にいるからだ。何も病院の入り口で会うことは無いだろ、と紅崎は嘆くが会ってしまった以上は仕方ない。素直に目的を白状することにした。
「実は……こちらのクローリーさんが美穂ちゃんの病気を治してくれるという事なので………」
その言葉を聞き、美咲は激昂する。
「ふざけないで!!何でそんな奴の手を借りなきゃいけないの!!そいつは必要無い、私自身の手で助けてみせる!!」
激昂した美咲を宥めたのは、クローリーだった。
「それでは、貴女はその美穂嬢を助ける手段や必要なものを分かっているのですね?」
「ッ!?……それは……………その………」
「悠一から話しを聞く限り、彼女の病気は普通のものではないでしょう。恐らく、アルカナムが関わっていることだけは確実です」
「………それなら、あなたに頼むわ。けど、変なことしたら「分かっていますよ。安心しなさい、余計なことはしませんから」……安心出来ないから言ってんじゃない」
ぶつぶつと文句を言いながら美咲は紅崎達を美穂の病室へ案内する。美咲が一室の前で立ち止まり、扉をノックすると「は〜い」という声が聞こえ、ややあって扉が開かれた。中から車椅子に乗った美穂が出て来て美咲達の顔を見ると顔を輝かせ、
「お姉ちゃん、それに悠一さんもお久しぶりです」
と歓迎する。
が、クローリーを見ると顔を曇らせ、美咲に質問する。
「え〜と、この方は?」
「この人はあなたの病気を治療してくれる人、クローリーさんよ」
「えっ!?じゃあ、見つかったの!?」
「うん、もう大丈夫。これ以上痛い思いをする必要は無くなったわ」
その言葉を聞き美穂は安心し、クローリーはその様子を見て、
「それでは、治療を開始しましょう」
そうして美穂の治療が始まった。
「まずはベッドの上で横になって下さい」
美穂は言われた通りに横になる。それを確認するとクローリーは、
「防護結界起動。対象、時間停止」
と唱えた。空気が一瞬細やかに揺れたと感じると、次の瞬間には時間が止まっていた。外を見れば全ての存在が止まっていて、どうやらこの結界内で動けるのはアルカナムとコネクターだけらしい。
「これは………一体……………?」
「こんな事をして大丈夫なんでしょうね?」
美咲の懐疑的な声にクローリーはこちらに背を向けたまま、
「大丈夫だからやっているのです。それに、これから行う治療はとても繊細なものなので、邪魔を入れる訳にはいかないのですよ」
そう言うクローリーを美穂の脚に手を翳して何かを読み取っているようで、しばらくの間目を閉じて黙っていた。
手を翳しているが特に変化が無いので、紅崎には美穂の極端に色白な脚が見えている。いや、脚だけでなく身体全体が色白になっていた。
(やっぱり病気だったから自由に外へ出られなかったんだろうし、辛かったんだろうな………)
そんな風に紅崎が考えていると、いきなり左腕をつねられた。驚いて左を見れば、怒りの表情の美咲がいた
『あんたは、なに人の妹をじろじろと見て欲情しているのよ!!頭撃ち抜くわよ!!』
とても素晴らしい誤解を頂き、紅崎は泣きたくなった。
『してねえよ!!いろいろと苦労していたんだろうな、って考えていただけだよ』
『どちらにしろ問題よ。別に同情なんてしなくていいわ』
そんなコントをしていると、クローリーは読み取りが終わったようでこちらを見て呆れている。
「随分と今代のコネクターは仲が良いようで。それに男女という事なので、今後が楽しみですね」
含み笑いで言うクローリーに対して紅崎達は、
「「な、なに馬鹿な事を言っているんだ(のよ)!?」」
揃って反論するが、否定の言葉が重なってしまったので、EmperorやEmpressにまで弄られる。
「そうやって重なっている時点で随分と怪しいけどな………」
「うるさい、これはたまたまだ!!」
「赤くなって否定するのも怪しいけど?」
「黙りなさい!!それより、美穂はどうなの?」
話題を変えようと、美咲は美穂の病状を問いかける。
「この様子だと大丈夫でしょうね。幸いにも進行が早いだけの神経麻痺です。簡単な治療で治りますよ」
クローリーはそう答えながら、再び手を翳す。今度は翳した手から淡緑色の光が出る。その光は木漏れ日のように暖かく、慈愛に満ちた光だった。
「精神よ、賢人の導きに従いて呪縛から解き放たれよ」
その言葉と共に淡緑色の光は収まり、結界も解除された。
すると−−−。
「あれっ?脚がちゃんと動く………」
横になっていた美穂は、今まで自分の意志で動かせなかった脚をゆっくりと動かしていた。
「これで……治療は…………?」
「ええ。彼女の病気は完治しました。後は検査を受けて医師の承諾が出れば、退院しても大丈夫でしょう」
そう言ってクローリーは病室を出ようとしたが、美穂が止めた。
「あの………治療してくれてありがとうございました」
その言葉を聞くとクローリーは笑顔で、
「お気になさらずに。己の成すべき事をしただけですよ」
病室を出たクローリーを追って紅崎も出ようとしたが、
「待って、悠一」
美咲が呼び止めた。振り返ると顔を赤くしながら、
「その…………ありがとね。もし、あなたがクローリーを連れて来てくれなかったら、美穂は…………」
「別に謝るほどでもないよ。それより、今は姉妹水入らずで過ごした方が良いんじゃないかな?」
「えっ、あっ、うん。それじゃ」
紅崎は姉妹水入らずで過ごす美咲達に別れを告げて、クローリーを追いかけた。




