Episode17 偽善
さすがにアルカナムについて何も知らない美穂の前で話すことには両者とも気が引け、屋上に移動してから話すことにした。
「それで、何であなたが美穂と一緒にいたの?」
「自販機に背が届いていないから代わりにジュースを買ってあげただけだよ。別に餌付けとか疚しい気持ちがある訳じゃない」
「……………怪しいわね」
美咲の反応はもっともである。見ず知らずの他人に対して親切にするなど、何か下心があると受け取られて当たり前であった。
「本当だって。それより、こんな事を話す為にここに来たのか?」
「違うわよ。でも、あなた大丈夫?ここに来たってことはかなり重症だと思うけど?」
「あぁ、それなら大丈夫。もう治った」
「馬鹿な事言わないで。そう簡単に治らないでしょ」
「帝がすぐに応急処置してくれたから軽症だったよ。なんだか、心配してくれているみたいだな」
「なっ、馬鹿っ!!違うわよっ!!それよりも、美穂から何を聞いたの?」
美咲にしてみたら少しやり過ぎたと感じていた為申し訳ないと思っていたが、見事に紅崎にからかわれてしまった。
「聞いた事か………。自分の病気と他にも似た患者を治療してくれたヒトがいる、そのヒトを捜す為に周囲が頑張ってくれている。こんなところかな」
「そう………なら良いけど」
自分が一番知られたくないものに気づいてなくてよかった、と思っていたが紅崎は違った。
「姫矢さんはあの娘−−美穂ちゃんの為に闘っているんだろ?」
「ッ!?……………そうよ。私が闘う理由はあの娘よ。それがどうかしたの!?笑いたければ笑えばいいわ!?散々偉そうな事を言っておいて、自分は妹の為に他者を犠牲にする醜い人間なんだから!!」
美咲にとっては自分の我が儘の為にEmpressの力を使うのは気が引けていた。何より、皆を巻き込みたくないと考え自分よりも他人を優先してEmperorの力を使う紅崎に対して自分の醜さを感じていた。
だが。
「俺は笑わないよ」
紅崎の答えは自分が予想したものとは違った。聞き間違いだと思い、
「え?今、何て言ったの?」
「だから、俺は笑ったりしないよ。むしろ、自分にとって本当に大切なモノがあって、それを護る為に闘える姫矢さんが羨ましいよ」
自分は醜い人間だと思いながら闘ってきた美咲にとって、紅崎の言葉は心に響くものだった。
「何でよ?他人の為に闘う心優しいあなたの方が褒められるべき人間なのに、どうしてそんな風にいられるの?」
「悠一……お前…………」
「悪いな、帝。なんか姫矢さんの闘う理由を知ってさ、そんな風にしか考えられなくなったんだよ」
皆を巻き込みたくないという想いは本物である。だが、そんな曖昧な気持ちで、しっかりとした願いを持っている美咲と闘うことは紅崎には出来なかった。何より、自分には無いもの−−家族の為に闘う美咲の姿が眩しかった。
だが、そんな考えは今まで沈黙を貫いていたEmpressが否定した。
「何馬鹿な事を言っているのよ。偽善でも良いじゃない。あなたは初陣の時に子供を救った。それだけは変わらない事実よ。偽善っていうのは『人』の『為』に『善』い事をするっていう事じゃないの?少なくとも、私はあなたみたいな心優しいコネクターを初めて見るわ」
今までEmperorやEmpressが見てきたのはアルカナムの力に溺れ、破滅していくコネクター達の悲劇だった。だからこそ、紅崎の様に他人の為に闘えるコネクターは何か惹かれるモノがあった。
「とにかく、あなたが私の事を笑わないんだったら、それで良いわよ。それじゃ、私は美穂の所に戻るからね」
「あぁ。お見舞いなのに貴重な時間を無駄にして悪かったな」
「気にしないで。あなたが悪い人じゃないって分かったんだから、無駄だと思ってないわ。じゃあね」
そう言って美咲達は病院内に戻った。屋上に残っている紅崎は先程までと違って、すっきりとした表情であった。
「なぁ、帝。俺は間違ってないんだよな?」
「あぁ、何も間違っていないさお前の願いの為にも迷わずに闘っていけば良い」
「そうさせてもらうよ。その為にもよろしく頼むぞ、帝」
「分かっているさ、悠一」
心機一転して、迷わずにコネクターとして闘っていくことを決意しながら紅崎達は帰宅した。