名探偵佐々木小太郎 コーヒーは事件の香り
名探偵佐々木小太郎の朝は一杯のモーニングコーヒーで始まる。
「うん、今日のコーヒーはまあまあかな」
窓から朝の光景を眺めながらコーヒーを味わう小太郎。そこへ助手の次郎少年がやってきた。
「おはようございます、先生」
「ああ、おはよう」
二人がそろい、佐々木探偵事務所の一日が始まる。
次郎少年は小太郎が飲んでいるコーヒーをみて顔をしかめた。
「先生、コーヒーのいれ方がわからないのにかっこつけたいからって、醤油を水で薄めて飲むの止めてもらえますか」
「いいじゃないか。誰にも迷惑をかけているわけでなし」
「健康に悪そうですし、僕がいない時にお客さんにそれ出したら終わりますよ」
「心配のしすぎだよ次郎君、お客さんにはちゃんと聞いてから出すから」
「出さないで下さい!」
次郎少年は小太郎が持っていたコーヒーカップを奪い取ると、そのままキッチンにいって中身を流してしまった。
「あー、もったいない」
「先生! 今日は先生にコーヒーのいれ方をおぼえてもらいます! いいですね!」
次郎少年の剣幕に押され、「う、うん」と返すしかない小太郎。
応接室にコーヒーをいれる道具一式をそろえて、次郎少年のコーヒーいれ方講座が始まった。
「先生、まずはコーヒー豆を出してみてください」
次郎少年の指示に従い、袋からコーヒー豆を出す小太郎。
「先生、これがコーヒー豆です。まずこれをコーヒーミルで……何だこれ?」
次郎少年がコーヒー豆の中からつまみ出したのは、コーヒー豆よりさらに黒く、表面が滑らかな粒だった。
「ああ、こないだ黒大豆もらったから袋の中に入れておいたんだ」
「いれるなあああ! 最近なんか妙な味のコーヒーになるからおかしいと思ったら……別の物は別の場所に入れてください!!」
「ごめんごめん、次から気をつけるよ」
胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、次郎少年は落ち着きを取り戻した。
「今からコーヒー豆と黒大豆を分けるのは時間もかかるからやめておきます。それじゃ先生、豆をミルにいれて挽いてください」
「よっこらせ」
小太郎は素直にミルのハンドルを回し、コーヒー豆(黒大豆含む)を挽いていく。
コーヒーの香り(黒大豆含む)が応接室に漂い始めた。
「それじゃ次はドリッパーにペーパーをひいて、そこに挽いたコーヒー豆を入れてください。あ、平になるようにお願いします」
おぼつかない手つきで作業をこなす小太郎。後はお湯を注ぐだけになった。
「次は全体を濡らす位お湯をいれて蒸らしてください」
慎重な手つきでドリッパーにお湯を注ぐ小太郎。しかしドリッパーからあふれそうなくらいにお湯を入れてしまった。
「まあ、なれないうちはしょうがないですよ」
次郎少年の慰めとともにコーヒーの良い香りが部屋に満ち、ペーパーとコーヒー豆が渾然一体となって黒い水の中に白いカスが所々浮いた。
「……? 何これ。先生、このペーパーどこから持ってきたんですか?」
「ん、便所だけど」
「トイレットペーパーじゃないですか!! もう死ねよおまえ!!」
次郎少年の暴言が応接室に響く。
「ああ、ごめん。足りなかった?」
そう言うと小太郎はペーパーをドリッパーに追加した。
「入れるなあああああああ!!!」
次郎少年の絶叫が応接室を満たしていく。そこへ間の悪い事に客がやってきた。
「すいません、いいですか?」
次郎少年が制御不能となったので、代わりに小太郎がにこやかに応対した。
「いらっしゃいませ、佐々木探偵事務所へようこそ。コーヒーはいかがですか?」
「え? ああ、いただきましょう」
小太郎は応接室の椅子に腰掛けた客の前にコーヒーカップを置き、ドリッパーを傾けて直で注いだ。カップの中では黒い液体と白い綿雪のようなトイレットペーパーのカスが絶妙のハーモニーを奏で、客はそれを見て何もいわず帰っていった。
小太郎は触れられもしなかったコーヒーカップを手にとり、一口飲んだ。
「うん、今日のコーヒーはまあまあかな」
窓から朝の光景を眺めながらコーヒーを味わう小太郎。次郎少年はいつの間にか帰っていた。
こうして佐々木探偵事務所の一日が始まる。
『名探偵佐々木小太郎 コーヒーは事件の香り』 終