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SnowSmile  作者: 宇佐美拓都
4/4

~雪色の笑顔と~ 後編

「じゃあ、14時に学校集合で」

「うん」


明日の新年会の予定を決め終えると、話題は自然とそちらへ向く。私も覚悟は出来ていた。冬休みに入る前から、私は新年会は出られそうにないと告げてしまっていたから。それがここへ来ての一転ぶり。「何で?」とか「彼氏は?」とか「帰って来ちゃって良かったの?」とか、覚悟はしていたけれど、実際に聞かれてしまうと言葉に詰まってしまうのだった。


「喧嘩?」

「喧嘩じゃない……けど」

「喧嘩でしょ、それ」

「そうかもしれないけど……」


「そうなんじゃん」とあっさり断定されてしまい、私はさらに言葉を失くす。


「まぁ、それは彼が悪いわ」

「だよね……?」

「ってか――」


「ホントにちゃんと付き合ってるの?」と、最も脆い場所を深く鋭く抉られる。


「たぶん……」


私にはそれしか返す言葉がない。


「たぶんって……」

「幼馴染みの延長線上みたいな……」

「それ、付き合ってるって言わない」


そう、私達ははまだ正式な恋人になってはいなかった。夏休みと冬休みには必ず帰省して、その度にデートのようなことを重ねてきたけれど、まだ私もカズキもハッキリとその言葉を口にしたことはなかった。

小さい頃からずっと仲が良くてずっと一緒にいたからお互いに気付いていないわけではなかったけれど、改めてそれを意識して声にしてしまうと、何か今までのようには上手くいかなくなってしまうのではないかという怖さもあった。


でも……。


そんな友達以上恋人未満のような状態になってもう2年。この曖昧な関係もそろそろ変えなければいけないと私は思っていた。それに、もしこれから先カズキの前に大きな誘惑が現れたとして、今ここでカズキをしっかりと掴まえておかなければカズキがいつその誘惑に負けてしまうかもわからない。だから、今年の冬休みの帰省の目的はただひとつ。

カズキに好きだと言わせること。そして正式に恋人になること。

自分から言うのはたぶんもっと簡単なのかもしれないけど、自分から言ってしまったらまたカズキにお姉さんという印象を持たれてしまいかねないし、そういうのはやっぱり男性から言ってもらいたいというのが本音だった。


「皆には言わないでいてあげるし、そういう話にもならないようにしてあげるから、

 新年会だけやったらちゃんと帰って話し付けて来なさいよ」

「うん……」

「分かったの?」

「分かった……」

「じゃあ、切るよ。また明日ね」

「うん、またね」


電話が切れると共に私は深く溜め息を吐く。


「ゆーきーちゃん。あーそーぼ!」


ふと間髪を容れず遠くからそんな声が聞こえて、私は我に返り窓から外の様子を窺った。いやしかし、そんな風に私を呼ぶ人は今ここに居るはずがない。ましてやその声はまだ子供。ほら、どこの子かは分からないけど、とある一軒家の玄関先で健気にそのゆきちゃんが出てくるのを待っている男の子が居る。

ふと、その男の子に誰かの影を重ね合わせてしまう。

きっとアイツもあんな風に私のことを待っていたのか……。

そんなことを思ってしまうと、この二人の様子をもう少しだけ見ていたい。そんな気持ちになってしまった私は、窓を開けてベランダに降りた。

奇遇にも同じ呼び名だった女の子。しかし奇遇なのはそれだけではなかった。男の子に呼ばれて姿を現したその子は、幾分男の子よりも大きく見えて、どうやらその子のほうがいくつか年上のようだった。


(なにそれ……)


もしも神様が居たとしたら、私になんてものを見せ付けてくれているのか。やめてと言わんばかりの苦笑が否が応にも込み上げてきていた。


「どこ行く?」

「どこ行く?」

「公園行く?」

「公園行く?」


ゆきちゃんが聞いて、男の子が木霊のように返す。男の子にすれば、きっとお姉ちゃんであるゆきちゃんの真似をしたくなる年頃なのだろう。私もそれは実体験として持っているから、なんとなく察しが付く。いつも私のやることを真似しようとして、出来なくて失敗してよく泣いていた男の子が居た。その度に「ずるい!」なんて言われて、でもそんな彼をとても可愛く思っていた。

思えば、私達にもそんな頃があったんだ……。

生意気にもすっかり大人びてしまって、憶えているようで忘れてしまっていた懐かしい日々。公園へ行ったのか、いつの間にか二人の姿はどこにも見えなくなっている。あの2人もいつかは大人になって、こんな風に思い返す時が来るのだろうか。

その時、2人は同じ場所に立っているのだろうか。

少なくとも、私はそうはなれなかった。

人は出逢い、そしていつか必ず別れの時が来る。

”死ぬまで一緒”

諦めではなく半ば当然のようにそう思い、そこに居続けるものだと思っていた存在。

でも、今、私の隣には誰も居ない。

自分から距離を置いてしまって、今さら恋しくなんて思っているわけではないけれど、当然だと思っていたことがある日突然そうでなくなってしまったら、戸惑いもあり寂しさもある。

心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚。

本はと言えば、カズキが私との約束を忘れて飲み明かしていたのが悪いんだ。私だって忘年会には行ったけど、ちゃんと時間通りに家に帰っていた。それが当然だし、カズキは何も言っていなかったから家に居るものだと思っていた。でも、23時を過ぎ何分が経っても玄関が開くどころか、連絡一つ私には届かなかった。家に電気は点いているけれど、もしカズキが居ないとすれば他には誰も居ないのは分かっていた。おじさんもおばさんも、毎年町内会の人と集まって年を越す。私達も小さい頃は一緒についていって、そこで年を越していた。もう親と一緒に行くような歳でもなくなってくると、自然と私達はあぶれた者同士で一緒に年を越すようになって、それが自然な成り行きで何の違和感も感じない当然のことだと、その時は思っていた。

でも、それは私だけだったのかもしれない。

去年はカズキが風邪をひいてしまって、一緒には過ごせなかった。私としては、看病するのが当然だと思って、何か消化の良い物を作ってあげようと買い物まで済ませてカズキを訪ねた。しかし、カズキはうつすといけないからと私を家には上げてくれなかった。初めてではないけれど、一緒に新年を迎えられないことがこれほど寂しく感じた年はなかった。

そして、今年。

前回の反省を活かし、健康には充分注意している様子が見えていたからその心配は要らなかった。むしろ、今回は私のほうに予定が入ってしまって、自分のことに神経を使わなければならない状況だった。そんな中で起きてしまった事件。でも、約束だから初詣には行った。やっぱりそれがないと一年が始まらないような気がして、前回一人で行ったという虚しさもあったから、カズキは何も話しかけて来なかったし隣さえ歩こうとしなかったけど、でも2人で行った。カズキがそうしようとしなかったのは、私が少し強く当たってしまったせいだとは思う。最初はツンとして不機嫌さだけをぶつけようとしていたのだけど、そんな気持ちが本当にあったのかと自分でも疑いたくなるほど、強く当たってしまっていた。

頬にビンタ・肩をぶつける・1人で先を歩く。

強弱の順序が真逆になってしまっていた。さすがに頬を叩いてしまったのはやりすぎたと後悔した。冷えきった手で叩いたから、家に帰ってからもジンとした痛みと痺れが消えなかった。でも、最初にそんなことをしてしまったから、もう自分の中で後には引けなくなってしまっていたのだと思う。

本当なら映画を見る約束があった。でも、仕返しのようにそれをドタキャンした。

こっちの友達に新年会に誘われていたのは本当。でも、いつもの私ならカズキを優先させた。だけど私は友達を優先させて今ここにいる。

帰るのはまた次の長期休暇でいい。このままで良いわけなんて一つもないけれど、会いたくないわけではないけれど、会えない。もしそれで距離が開いて溝が埋められなくなってしまっても、それで答えが出るのなら私はそれでよかった。

いずれにしても、私は答えが欲しかったのだ。

曖昧な関係に終止符を打って一つ先へ進むのか、それとも本当に終止符を打ってしまうのか。

どっちでもいいなんて言ったら嘘になるけれど、今の状態が続くよりはそれでもよかった。

諦め半分、後悔半分。

別れることなんて慣れている。私とカズキの間には年齢という境界線が常に存在していたのだから。

「小学校って楽しい?」「中学校って楽しい?」カズキのそんな声は忘れない。「楽しいよ」と決まって返していたけれど、本当は何か物足りなさも感じていた。それが何かに気付いたのはもっと大人になってから。その頃はまた来年になればと無意識で思っていたから、たった一年の別れはそれほど気にも留めていなかった。そして、私が東京に出てきてからもそれは同じだった。長期休暇になれば帰省するわけだから、ずっと会えないわけではない。今までもそうやってきたし、それを続けられるのだと思っていた。

でも、それは少し甘い考えだった。

今までの別れは単に通う場所が違うだけ、家に帰れば普通に顔を合わせられた。でも、今回は違う。家に帰ってもカズキを確認できるのは携帯電話の中の味気ない文字だけ。だから、私は他の男にすがったりもした。浮気ではないから、それくらいのことはしてもいいと思っていた。そんなことそれまでの自分だったら考えもしなかったことだっただろうに……。

それでいてそのショックをカズキに慰めてもらったりもしていた。

結局、何もかも耐えられなかったのは私のほうだった。

カズキは何も変わっていなかった。会うたびに少しずつ大人になっていたけれど、いつでも純粋で、子供っぽく弟のようなところもあって、ずっと私のことを好きでいてくれていた。だけど、相変わらずそれを私に言おうとはしなかった。言わなくても分かっていることだけど、それがあるとないとでは大きな差があった。だから、私はそれにも耐えきれなくなって答えを求め急いだ。

そして私達は危機的状況に陥ってしまった。

このベランダから遠くの空を眺め続けている限り、やっぱり後悔のほうが大きいのかもしれない。向かいのマンションで布団を叩く主婦のその生活観を漂わせる音も、さっきの子供達の発する無駄に大きなはしゃぎ声も、付けっぱなしだったテレビから流れ続けているアナウンサーの陽気な声も、すべてが虚しく色が無い。


”――ピンポーン”


そんなチャイムの音だって、うっかり聞き落としてしまうところだった。

宅配業者だろうか……。

何かを頼んだ憶えはないけれど……。

それとも友達でも来ただろうか……?

隣のおばあちゃんが煮物でもお裾分けに来てくれたかな……?

様々な推測を浮かべては消しながら、私はインターホンを取った。


「――はい?」

「あ……ユキちゃん?

 俺……カズキだけど……」

「えっ……」


半信半疑。でも、その声は確かに彼のもの。

チェーンを掛けたままのドアを少しだけ開き外の様子を伺うと、確かに間違いなくカズキはそこにいた。


「えっ……何で……?」

「これ……」


カズキが何かを差し出そうとして、私は「ちょっと待って」と一度ドアを閉め、チェーンを外して再びドアを開いた。


「入っていいよ」

「……うん」


一月の寒空の下に置いておくのは可哀想だから、私はそれまでの何もかもを無しにしてカズキを家に上げた。私が先にコタツに入ると、カズキは向かい側に座る。そして、先ほど渡しかけた物をコタツの上に置いた。


「これを渡しに……」

「チケット……?」

「先輩のライブチケット、2人で来ないかって」

「わざわざそのために来たの?」

「うん……」


そんなものは郵送でもすればいい。と、この期に及んで悪態をつきそうになってしまい、いつまでもそんな強情な態度を取り続けようとする自分を反省した。しかしそれ以外の言葉がなかなか出て来ず、妙に空いてしまった間を埋めるため、私はチケットを一枚手にとって眺めてみた。


「だめ……?」

「何で? 先輩が2人で来いって言ったから?」

「え……」

「もしそうだったら行かない……」


チケットを戻し、カズキに委ねた。

そんなつもりはなかったけれど、その答えによっては私の答えも決まる。

でも、信じていた。

そんな人ではないと。


「違う。ただ仲直り出来ればいいなって……」

「仲直りしたいの?」

「したくないの……?」

「別に怒ってないから大丈夫だよ」

「怒ってなくても、このままは嫌なんだよ……」

「何で?」

「こんな喧嘩が原因で会えなくなっちゃうとか、嫌だろ……」

「大丈夫だよ、ちゃんとまた次の休みにも帰るし……」


素直じゃないなと自分でも思った。こうして仲直りするためにわざわざ来てくれたというのに、それだけで無条件に受け入れてあげればいいだけなのに、なぜそれが出来ないのかと自分に問い掛けていた。


「好きな人と喧嘩して、そのままでいい奴なんていないだろ」


一瞬、ドキッとした。

視線を上げると二つの視線が重なり合う。

カズキは真っ直ぐに私だけを見ていた。


「俺は、ユキコが好きなんだよ。

 だから仲直りもしたいし、来年こそはちゃんと2人で初詣に行きたい。

 このまま離れ離れにはなりたくないんだよ」


視線を落とし「……ごめん」と、私は謝った。


「そんなこと言わせるつもりじゃなかった……」

「いいよ、分かってたことだろ……」

「でも……」


込み上げる涙が視界を歪ませる。

カズキがコタツを抜けた気配を遠くに感じ、視線を上げようとした次の瞬間、頭上のほうからスッと長い腕が伸び、私の身体は温もりに包まれた。


「ずっと言えなくて、ごめん……」

「……うん」


私が望んで待ち焦がれていたのはたったそれだけのこと。たったそれだけのことが待ちきれなくて、出来もしない駆け引きなんてしようとして、それがすれ違いを生んで……。

信じて待っていようと決めたのは自分だったのに、いつの間にかそれすらも忘れてしまっていた。そんな愚かな自分を一途に見つめ続けてくれていたのだから、今度は私が素直にならなければいけない番だった。


「私こそ、いっぱい謝らなきゃいけない……。

 カズキの気持ちを知ってたのに彼氏作ってその相談をカズキにしちゃって、

 年下なのがコンプレックスだって知ってたのにお姉さんぶっちゃって、

 色々思わせぶりな態度を取って惑わせちゃって、

 全部がただ私が寂しさに耐えられなくて焦ってしちゃってたことで、

 いつも振り回されてたのはカズキのほうで……」


「もういいよ」


抱きしめる腕がギュッときつくなり、それ以上の言葉が遮られた。


「ユキコが俺を好きでいてくれたら、俺はそれでいいから」

「――大好きだよ」

「もう幼馴染みには戻れないかもしれないけど、いい?」


腕の中で深く私は頷いた。

気付けばいつも一緒にいて、でも、自分がいつも一年先に進学するから常に一年間の別れがそこにはあった。一年経てばまた必ず会える。一定期間ごとに繰り返す別れと出会い。プライベートではずっと一緒に遊んだりしてきたから、そんな別れと出会いはすっかり忘れてしまっていた。

しかし、今、それとは違う形で別れてしまおうとしている自分。年齢というどうしようもない壁によって別れさせられてしまっていた頃とは違う。今は自分が年の差を言い訳にして、別れを切り出してしまおうとしていた。別れても100%離れ離れになってしまうことは絶対にないんだという根拠の無い自信。たしかに実家に帰れば近くにいるし親同士も知らないわけじゃないから会うことは出来る。でも、だからと言ってそれが別れてもいい理由になんてならない。それに、また会えることを期待して別れるなんて、それは変な話。想いが届かないから、思い通りにいかないから、少し距離を置きたくなっているだけ。そんな一過性の感情ですべてを終わらせてしまったら、この先絶対に後悔する。大丈夫。こうして後を追ってきてくれる彼なのだから、素直に言いたいことは言えばいい。そうでなくともずっと一緒に生きてきた人なのだから、今さら何も躊躇うことはない。ただ今までとは少し違う何年間かを過ごしてしまって、その感覚が薄れてしまっただけのこと。だったらその感覚に戻るために、彼といるときは思いっきり羽を伸ばしてしまえばいい。そのほうが彼も喜んでくれることはもう知っているし聞いている。それならば、迷う理由はもう何もない。彼の想いを受け止めて、自分の想いもぶつけよう。だって、それが私の望み。彼とは絶対に別れたくない。彼のことが好きだから。彼を愛しているのだから。そして、いつか来る新たな出会いの日を夢見て、私は彼の全てを受け止める。もう涙なんて要らない。好きなだけ泣いたから、今度は泣いた分だけ笑えばいい。

私が笑えば、彼も笑ってくれるから。


「やっと笑った」

「泣いた分だけ笑わなきゃ」

「そうだね」


好きな人が笑ってくれる。そんな単純で当たり前のことが幸せで、私達は自然と笑みがこぼれた。


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