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君がくれた風

作者: 浜里 香子
掲載日:2026/07/21

「二人だけの言葉」にて。

主人公の友人視点の話です。

「涼しいね」


友人は言った。


「何言ってんの、超暑いでしょ」


私は言った。

すると、「涼しいの」と友人はもう一度言った。


「暑すぎて、頭おかしくなったんじゃないの?」


じりじりと照りつけ、まるで引っ込む気のない太陽に苛立ちながら、私は言った。


彼女はいつもそうだ。

たとえ暑かろうと寒かろうと、決して「暑い」「寒い」とは言わない。

「涼しい」「暖かい」と言うのだ。

暖かいはともかく、こんな暑い日に「涼しい」はない。

暑がりの私からすれば、到底ありえない言葉だった。

本当に頭がおかしいのではないか、そう思ってしまうくらいには。

なんて、これが彼女の通常運転。

確か、昔憧れた映画の主人公の台詞何だと、前に話していた。

だけど、私が「アイス食べたい」と言った時、彼女が頷いたのを私は見逃さなかった。

……素直に言えばいいのに。

でも、言わないのが彼女。だから、話題を変えた。


「最近彼氏からの返事が遅いんだよね」


咄嗟に口をついて出た言葉だった。私はすぐに後悔した。だから、また話題を変えた。


「そっちは?彼氏できた?」


分かりきった質問だった。

彼女は恋愛に全く興味がない。

それでも聞いてしまう。

恋バナが好きだから。

友達と恋バナがしたいから。

なのに……。


「できてない。ていうか別にいなくていいかな」


これだ。全く理解できない。

恋愛、恋人。一度は憧れないのだろうか。……いや、正直私も思い描いていた恋愛とは違うことばかりだけど……。

そんなことより、彼女だ。

彼女は確かに変わっているけど、美人でスタイルも良い。頭も良くて、元バレーボール部だから運動神経も抜群。モテる要素を全部集めたような人だ。

……そうだ。彼女自身が興味なくても、いるはず。彼女のことを好きだと言う人が。

そう思って私は、本気半分、冗談半分で、案外身近な人に告白されるかもしれない、と彼女に言った。


まさか、本当に告白されるとは。

しかも相手があの、バスケ部のエースだなんて。

全く想像もしていなかった。



――



昨夜。

私はベッドに仰向けになり、顔の上に掲げた携帯を眉間にしわを寄せたまま見つめていた。


……いつ来んの、これ。


……


全然来ない。

もう無理。耐えられない。


そう思って、送った。


別れよう。

待たせる人とは付き合えない。


それだけ送ると、私はそのまま眠りについた。


朝起きると、一件の着信が残っていた。

ベッドの上でその通知をぼんやりと眺めていると、突然携帯が震えた。

思わず目を見開く。


今?


驚きを抱えたまま、私は慌てて通話ボタンを押した。


「はい」


「……もしもし?昨日はごめん。すぐ返せなくて」


いつものことじゃん。そう言いたかったけど、小さく震えた彼の声を聞いていると、その言葉は喉の奥へ引っ込んだ。


「今日話せる?昼休み、そっち行くから」


「……わかった」


「ありがとう」



――



……って、昼休みもうすぐじゃん。

あー、なんで同じクラスじゃないんだろ。


今朝の友人との何気ない会話を思い返しながら、私はため息をついた。

昼食の弁当には一口も手を付けず、私は教室の隅で、一人机に突っ伏した。


私はいわゆる、女子から嫌われる女子だ。

小学生の頃から、色んな人に告白されてきた。それが、友達の好きな人であることが多かった。

そのたびに目の敵にされ、いつしか女子とは距離を置くようになった。

高校生になってからも、それは変わらなかった。

そんな高校一年の春。初めて席替えをした日。

前の席になった一人の女子生徒が、私に声をかけてきた。


「それ、いいね」


「ん?どれ?」


「それ」


そう言って彼女が指さしたのは、私がいつも肌身離さず持っている手持ち扇風機だった。

私は生粋の暑がりで、春でさえこれを持っていないと耐えられなかった。


「私も買おうかな」


「最近暑いもんね」


私がそう言うと、彼女は黙り込んだ。

何でだろうと思っていると、不意におかしなことを口にした。


「涼しいけど、欲しいものは欲しい、かな」


意味わからないことを言う人。それが彼女の第一印象だった。でも、それから話すことが増えて、彼女の言動を面白いと思うようになった。

そして私は、高校生になってから初めての告白をされた。

前はクラスメイトの目が気になって、告白を受け入れることはできなかった。

でも、友達ができた今、そんな必要もない。

恋人が欲しい。映画やドラマのようなドキドキする恋愛をしてみたい。

私は、人生で初めての彼氏ができた。


……だけど。


「ごめん。私たち別れよう」


「え、どうして?」


「……価値観が、合わないなって思ったの」


「どんなところ?」


そういうところ、って言いたかったけど、本当の理由は距離感だった。

毎日「好き」と言い合い、手を繋いだり、抱きしめ合ったり。

なんていうか、そういうのが無理だった。

生理的に。

映画やドラマで見るような恋人同士の距離感は、私には向いていないんだと思った。

憧れていたのは恋人らしいことではなく、恋人という存在だったんだ、と私は気づいた。

そもそも私は、この人のことを好きではないのかもしれないとも思った。

でも、どれだけかっこいい人でも、良い人でも、いつだって別れの理由は、距離感だった。


「私、恋愛向いてないのかも」


友人と帰る道で、私は思わず言った。


「え?」


困惑していた。それもそう。彼女が恋愛に興味が無いのを知っていたから、これまで恋愛に関する相談をしたことは一度もなかった。


「向いてないとかそういうのはよくわかんないけど……」


あー、気遣わせちゃってる。


「誰にだって向き不向きはあるし、いっぱい経験してそう思ったのなら、そうなのかな……」


ごもっとも。


「でもさ、もう一回、今度は今までと違う形で誰かと恋愛したら……何か変わるんじゃない?」


「え?」


「もし同じことが続いてるなら……少しやり方を変えてみるのもありなんじゃないかな。今までとは全然違うタイプの人と付き合うとか……自分から告白してみるとか」


彼女は恋愛をしたことがない。

じゃあ、どうしてここまで具体的な助言ができるのか。

きっと彼女は、自分の経験を恋愛に置き換えているんだ、と私は思った。

部活とか、勉強とか。

そういうところで培った経験を、私にも伝わるように話してくれたんだ。

後ろ向きなことを決して言わない彼女は、そうやって前を向いてきたんだと、その日私は知った。


ただの変な人だと思っていた。でも、その考え方は誰よりも真っ直ぐだった。


私にとって、その助言は本当に大きいものだった。


「好きです。私と付き合ってください」


高校二年生。

私は人生で初めて、告白をした。


……うわ、こんなに緊張するんだ。

みんなすごいな。

私は震える手を抑えようと、スカートの裾をぎゅっと掴んだ。


「はい。お願いします」


その言葉が聞こえてきた瞬間、飛び上がりそうなくらい嬉しかった。

それでもぐっと堪えて、小さく「ありがとう」と笑った。


「私、友達みたいな恋人になりたいの」


付き合ってすぐ、私は言った。

最近、クラスに恋人が増えてきた。

手を繋いだり抱きついたりするわけでもなく、ただ隣で楽しそうに笑い合っている。

そんな姿を見て、ああいう関係がいいなと思った。


「うん。俺もそっちの方がいい」


彼は低い声でそう言った。

彼は野球部だった。部活で放課後は一緒にいられなかったけど、隣のクラスだから昼休みはほとんど彼のクラスへ行った。


……でも、全然話さないんだよな、この人。


かっこよくて、頭が良くて、運動神経抜群。

こんがり焼けた肌、短い髪、がっしりとした体型、真面目な性格。

好きな箇所を上げると、無限に出てくる。

体育の授業で同じグループになったとき、うちの学校にこんな人がいたんだ、と私は彼に一目惚れをした。今まで付き合った人とはまるで違う、独特な空気感。掴めそうで掴めないその空気感に、私はどうしようもなく惹かれている。

ただ一つ。


……こんなに会話が続かないなんて。クールなところに惹かれたのはあるけど、まさかここまでとは。

……何かないかな。そうだ。


「あのさ、メールってする?」


面と向かっては話さない人でも、メールなら案外話してくれることがある。そう思って、提案した。


「うん」


「じゃあ交換しない?そしたら家に帰ってからも連絡取れるし」


そうして私たちはメールという新しい会話の手段を手に入れた。

これならもっと彼と話せるかも。そう期待していた。



こんばんは。

今日は交換してくれてありがとう!

これからここでもいっぱい話そうね。



送信っと。


……これでいいんだよね。


……


……


え?もしかして違った?


三時間経っても返事が来ない。ここまで返事が遅い人は初めてだった。

……いや、忙しいだけ。もう少し経ったら来るはず。そうだお風呂に入ろう。


お風呂から出て、私はすぐに携帯を手に取った。


返事きてる!



こんばんは。

こちらこそありがとう。

うん。よろしく。



実際に話している時と全く変わらない。それがすごく嬉しくて、声は聞こえないはずなのに、あの低い声が聞こえてくるような、不思議な感覚だった。


次の日も、その次の日も、私はメールを送った。

返事は数時間かかることが多かったけど、彼が忙しいことを知っていたから、あれからは気にしないようにしていた。


付き合って三週間が経つ頃までは。


……遅い。

寝る前に携帯を見るといつも必ず来ていたのに。

その日は全然来なかった。

朝起きると、ようやく返事が来ていた。

だけど次の日は、朝起きても通知は来ていなかった。

昨日の夕方六時に送ったメールが、返ってきたのは次の日の夕方六時を過ぎてからだった。

もう限界だった。面と向かってもあまり話せない。メールでも話せない。

これ、付き合ってる意味ある?

私はメールで別れを告げた。

そしたら、話したいと……。


嫌だ。とても嫌。


会ってしまったら、メールにした意味がない。

あの声を聞いてしまったら、あの顔を見てしまったら、間違いなく私の心は揺らぐ。


そんなこんな考えていると、時刻は昼休みになっていた。


クラスメイトが、私の名前を呼んだ。


あー、行きたくない。

だってあの顔面だよ。反則だよ。

あの顔を目の前にされたら、私もう無理だよ。


もう一度、クラスメイトは私の名前を呼んだ。


……行くしかないか。

私は重い腰を上げた。

教室の扉へ向かうと、そこには高身長で綺麗な顔立ちの彼が立っていた。

その顔を見た瞬間から、私は悟った。

無理だこれ。

そもそも彼から来てくれるのは初めてで、今嬉しい感情が込み上げてきているのだ。無理に決まっている。


「昨日はごめん」


静かな声。

その声を聞いて、少し思考が落ち着いた。


「俺……」


ちょっとまって。


「昨日だけ?」


「え?」


「最近ずっとだよ、返事遅いの」


「……それもごめん」


うん。それでいい。


「俺、女子とメールしたことなくて、なんて返したらいいかわからなくて……」


え?何それ。


「何か一言、スタンプでもなんでもいいの。全然既読つかないし、返ってこないのが一番嫌」


「……ごめん」


「前は返してくれてたじゃん。なんで?」


「……緊張しちゃって」


意味わかんない。


「……誤解させちゃったらごめん」


彼は少し照れくさそうに言った。


「告白してくれた時、嬉しかった。でも、あの時俺、本当に好きじゃなかった」


「は?」


「最近、全然集中できなくて。

勉強も、部活も。

……君のことばっかり考えちゃって」


え?まって。


「いっぱい話してくれるところとか、よく笑うところとか、友達想いなところとか、本当に……」


「まった!」


これ以上は私の身が持たない。


「わかった。わかったから」


繰り返す私に、彼はそっと袋を差し出してきた。


「え、どうしたのこれ」


「今日、付き合って一ヶ月だから」


……覚えててくれたんだ。


中を見ると、そこには私にとって欠かせないものが入っていた。


「この間壊れたって言ってたし、いるかなって思って」


無愛想だし。

何考えてるかわかんないし。

全然話題振ってくれないし。

返事は遅いし。


でも、今、そんな彼のことが、どうしようもなく愛おしく思えた。


「ありがとう……え、これ折りたたみ式!?」


「便利かなって」


「最高だよ!ありがとう!」


私のために一生懸命選んでくれたんだ。

どうしよう。私今、すっごく幸せだ。

……私も後で何か買わないと。

今日が一ヶ月だって、すっかり忘れていた。

いや、元々は彼のせいだ。うん。仕方ない。

それより今は、この幸せを噛み締めよう。


「あ、そういえばこれ友達も欲しがってたんだけど、お揃いにしたいからどこで買ったか教えてくれる?」


「確か……」


その日。

一つの恋が始まるその裏で、終わりかけていた恋にも、やさしい風が吹いていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
友達も幸せになってよかった〜!! 返信が遅くなってしまった理由がマジで恋に落ちたからって…も〜!最高かよ!?メロすぎ野球彼氏⚾️ 私もそんな相手が欲しくなりました
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