お前のせいでこの姿でいられなくなっただろうが
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始めの方はマローネ男爵令嬢、中頃からはロッソ伯爵令嬢が心情を語っております。
「はぁ~めんどくさ。」
私は扇で口元を隠し、誰にも聞こえないよう位の小声で独り言ちました。
なぜ面倒なのかと言いますと、今日も今日とて仕事だからです。ええ、私は成人していますので自らの食い扶持は自分で稼がないとなりません。今日は仕事で王太子殿下が王宮の大広間で開催する夜会に参加しています。仕事とはいえ夜会に参加するのって、はっきり言って面倒なんです。夜会ですから当然、始まるのは夜です。それなのに「夜会のお支度は早朝からするのが普通です」と私の身支度を手伝って下さる方々には散々言われますが、私が自分で出来る所は自分でするから、と度重なる「お願い」という名の交渉をした結果、半日程お支度の時間を短くして貰うことになりました。それでも十分面倒なんですけどね。
本日の夜会のテーマは「花」となっております。私の色は茶色い髪に黄土色の瞳です。顔だちは可もなく不可もなく、と言ったところでしょうか。本日のテーマに合わせて木苺の花と実の刺繍の入った苔緑色のドレスを纏っております。仕事で夜会に参加している私自身、この場にいることすら気後れしてしまいますが、無駄に煌びやかな夜会の会場ではせいぜい壁の花、いえ、壁の花と名乗るのも烏滸がましいので、せいぜい壁の染みとなるべく会場の隅に潜んで空気となることにします。ですが、その前に腹ごしらえを致しましょう。普段はありつけない豪華な食事を少しでも多く我が胃袋に収めることにします。ドレスを着ているのでコルセットが苦しいです。今日もせめてもの抵抗とばかりコルセットを締めてもらう時に、こっそりお腹に目一杯力を入れてお腹を膨らませておきました。出ている料理はどれも美味しそうなので一口ずつ味見したいのは山々ですが、どう考えても無理です。一口をほんの少しにしても、王宮の夜会で出された料理を全種類制覇したことは未だにありません。夜会に来ている大勢の方をもてなす料理ですから、出されている料理の種類と量も沢山ありますからね。あら、あちらの席が空いていますわ。丁度良いですわね。私は目ぼしい物を一通り給仕に取り分けてもらって椅子に座り、皿の上の肉料理をフォークに突き刺して口に入れた時でした。
「マローネ・オクライア男爵令嬢!」
会場の前の方で、男性が大きな声で私の名を呼びました。私はフォークを口に咥えたまま声の主の方を見ると、彼は私の目を見て微笑んだような気がしました。
確か、あれはヴォート・マリーノ公爵令息―――えっ、ちょっと待ってよ!どういうこと?
私の戸惑いを余所に、マリーノ公爵令息は私を目指してスタスタと歩いてきます。ただでさえお顔の整った高貴な方が正装していらっしゃるのです。彼の周りにキラッキラの何かが見えるような気がします。彼の動きに合わせて、会場の人々が波が引くように道を開けていました。私は公爵令息がこちらへ来る前に口の中の肉料理を何とか咀嚼して飲み込もうとしました。
「んんっ。」
私は立ち上がろうとしましたが、口の中のお肉がつかえてうまく飲み込めません。
「ああ、食事中だったのか。済まない。私が勝手に貴女の名を呼んだのだから、貴女はそのまま、そこに座っていてくれて構わない。」
マリーノ公爵令息はすっと左脚を引くと私の前で跪きました。それは私の周りの方達が息を呑んだのが分かりました。
「マローネ・オクライア男爵令嬢。私はあなたの穏やかで品のある所が気に入った。是非、私の伴侶として共に人生を歩んで欲しい。」
と言うと、マリーノ公爵令息は一輪の赤いバラを私に向かって差し出しました。
―――ええっ?まさかこれって小説によくある公開プロポーズ???あなた、婚約者いましたよね?
「お、お言葉ですが。」
私はようやく口の中のお肉が飲み込めたので、立ちあがりました。
「何だ?マローネ嬢と呼んでも?」
「それはご容赦下さいませ。例え爵位が上の方とはいえ、婚約者のいらっしゃる方にそのような呼び方をされては、オクライア家が困りますわ。」
爵位が低いながらも、上位の者に向かって真っ当なことを私が答えたので、周囲の方の目も心なしか温かく感じます。視界の隅で年配のご婦人がうんうんと頷いているのが見えました。私も自分の受け答えが間違えってはいないことに安心致しました。
「いや、今の婚約を見直せば問題ない。」
公爵令息の発言で、再び周囲の雰囲気がパキッと凍りつきました。
―――ちょっとぉぉぉっ、この公爵令息ってば何言ってるのよぉぉぉ!ううっ、まだ、この場で婚約を破棄するとか解消するとか明言してくれないだけましだけどおぉぉっ、ほぼそれに近い内容じゃないのぉぉぉっ!この発言、ほぼ黒に近い灰色よねぇぇぇっ?折角、せーっかく私が温めた周りの空気が一気に冷え込んだじゃないのおぉっ。
「マリーノ公爵令息様、恐れながら申し上げます。」
深みのある赤色のドレスを纏った令嬢がすっと私の隣に出て来て公爵令息の前で一礼をして話し始めました。ローゼリア様が、来て下さったのですね。私も一安心ですわ。
「ああ、君はアルジェの友人だったか。」
「はい。マリーノ公爵令息様が私のことを覚えていて下さるとは大変光栄ですわ。ここは王太子殿下主催の夜会の場ですわ。このような話、夜会の話題としてはいかがなものかと。オクライア男爵令嬢とお話の続きをなさりたいのでしたら、場所を変えた方が宜しいかと存じますわ。」
公爵令息は周囲をさっと見回すと我に返って咳払いをしました。
「ああ、そうだな。私が浅慮だった。王太子殿下にご挨拶をしてから、場所を改めよう。」
公爵令息はさっさとその場を離れて王太子殿下に挨拶に向かいました。
「ほらマローネさん、あなたも行かないと。」
「えっ?!」
―――ええぇ~私も行かないとならないんですかぁ・・・わ、私の晩御飯が・・・
ローゼリア様は私に向かって微笑むと扇で口元を隠し、
「マローネさん、大丈夫よ。あなたのお食事は控室に取り置いてもらうようにしましたから、ね。」
私の耳元でそう囁きました。ローゼリア様は私からすっと離れると、私に向かって大きな瞳をパチリとウインクしました。
―――まあ、ローゼリア様ったら、目が瞼から零れそうなくらいのウインクですわ。
どうやら、私もこの方達と一緒に王太子殿下にご挨拶に向かわないとならないようです。私は席を立つと、ローゼリア様と共に公爵令息の後をついて行きました。
◇
主催の王太子殿下に退出の挨拶をしてから夜会の会場を離れ、王宮内の一室に入ると意外な人物が待っていました。
「ヴォ―。さっきの余興は一体どういうことかな?」
長椅子にこれまた長い脚を組んで座っているだ王太子殿下が笑顔でこちらに向かってに話し掛けました。王太子の口元は笑っていますが、目元は全く笑っていません。
―――ひいいぃぃっ、王太子殿下、これ、絶対っ、怒ってるよねぇぇぇっ!
私は王太子殿下の様子に恐れ慄きました。
「オクライア男爵令嬢。」
「はいぃぃぃっ!」
「折角の夜会だったのに、会場を去る羽目になってしまって済まなかったね。」
「いいえ、私ごときが殿下にお詫びをして頂くようなことはありませんっ!」
私が恐縮している様子を見て王太子殿下は肩を揺すって笑いました。
「はははっ、私は君に対しては怒っていないんだから、そこまで恐がらなくてもいいのに。君は爵位が下にも関わらず、ちゃんとそこの公爵令息に婚約者がいることを弁えていたからね。むしろ君は今回の騒動の被害者だ。さっきの茶番で食事の邪魔をされたんだろう?会場に並んでいる物全部は無理だったが、今日の夜会で出している物と同じ物をあちらにも用意させてもらった。向こうのテーブルで好きなだけ食べるといい。」
「え、いいんですか?あ、ありがとうございますっ!」
私は王太子殿下に感謝の意を込めて淑女の礼をしてから王太子殿下の前を離れると、部屋の隅に用意してくれたテーブルに着きました。テーブルには給仕の方までいらっしゃいました。よく見ると、先程大広間で私が手を付けかけた料理の皿までありました。王太子殿下のご配慮を無にするわけにはいきません。遠慮なく頂くとしましょう。まずは、先程食べかけていた料理のお皿からですわね。
◇
王太子はオクライア男爵令嬢が嬉しそうに食事にありついている姿をちらっと見ると、マリーノ公爵令息達に向き直りました。
―――マローネさんはお食事中なので、ここからは私、ローゼリア・ロッソがマローネさんに代わってこの場を見守りますわ。
「さて、マリーノ公爵令息。ああ、ロッソ伯爵令嬢もここにいてくれ。じきにヴィットーリア公爵令嬢もここに来る。」
二人は王太子に向かって上位者に対する礼をしてから、マリーノ公爵令息は王太子の向かいのソファーに、ロッソ伯爵令嬢は公爵令息とは反対側の一人掛けのソファーに座りました。
「アルジェッタ・ヴィットーリア、王太子殿下のお召しに参上致しました。」
マリーノ公爵令息の婚約者であるヴィットーリア公爵令嬢が、王太子に向かって挨拶をしました。
―――アルジェッタ様・・・。
「アルジェ、折角の夜会なのにこんな所に来てもらって悪かったね。」
「いいえ、私も夜会で婚約者にあのようなことを大々的に言われた身です。問題ありませんわ。ローゼリアさんも、夜会を途中で抜けることになってしまってごめんなさいね。」
―――アルジェッタ様の取り巻きの一人でしかない私のことまで気に掛けて下さるなんて・・・。
私はアルジェッタ様のお気持ちを考えると、心の中でマリーノ公爵令息に対して怒りの感情が湧き起こりました。マリーノ公爵令息を睨みつけたいのは山々ですが、扇で口元を隠して目を伏せ、手に持っていた扇を握り締めて我慢致しました。ええ、扇がミシッと言ったのは気のせいだということにして下さいませ。
「一応、君達はまだ婚約者同士だから、アルジェはそこのマリーノ公爵令息の隣に座ってもらえるかな。」
「はい、仕方ありませんわね。」
ヴィットーリア公爵令嬢は王太子に言われた通り、マリーノ公爵令息の隣に座りました。しかし、ヴィットーリア公爵令嬢はマリーノ公爵令息となるべく距離を置こうと、公爵令息とは反対側の肘掛けに身を寄せて座りました。
―――うわ~アルジェッタ様、めっちゃ避けてる。
「さて、先程の事は叔父上達とは明日ゆっくり話し合うつもりだけど、その前に君達の婚約について、アルジェとヴォ―それぞれの意向を聞いておこうと思ってね。まずはアルジェから聞いておこうか。」
涼しい顔をして王太子はヴィットーリア公爵令嬢に話し掛けました。
「私はこの婚約が政略であると十分理解しております。私は陛下のご意向に従うだけですわ。」
とヴィットーリア公爵令嬢は答えました。
「アルジェはそれでいいんだね?」
王太子の問いに、ヴィットーリア公爵令嬢は頷きました。
「アルジェの意向は分かった。それではヴォ―の意向はどうだろうか。」
「アルジェとの婚約は継続します。」
「「「は?」」」
―――いっけない、思わず声が出ちゃったわ。
「も、申し訳ありませんっ!思わず声が出てしまいました。」
私は口元に扇を当てて謝罪しました。
「いや、ロッソ令嬢が驚くのも無理はない。私も驚いたからね。」
「ヴォ―、いや、ヴォート・マリーノ。君は婚約者がいる身でありながら、大勢の者達がいる夜会の場でオクライア男爵令嬢に公開プロポーズまがいのことをした。これはどういうことかな?」
「マローネ嬢を手元に置いておきたかったからです。」
「手元に、というのはどういう意味かな?」
王太子の口元からすっと笑みが消えました。
―――まずいまずいまずいっ、王太子殿下が怒ってるっ!これ、ひっじょーにまずいやつだわっ。
そんな王太子の様子に気付かないまま、マリーノ公爵令息は自分に酔いしれたまま話し続けています。
「マローネ嬢をアルジェの侍女としてアルジェと共に来てもらい・・・。」
「ゆくゆくはヴォ―の愛人にでもするつもりだったのかな?」
途切れた言葉に、王太子がマリーノ公爵令息の本音を付け足しました。発した言葉は王太子殿下の推測でしたが、公爵令息の様子を見ると、その推測は恐らく正しいのでしょう。
―――マローネさんを愛人にしようですって?
ベキッ、ベキッ。
扇子が二本へし折られた音が聞こえました。アルジェッタ様と私の扇です。あ、マローネさんはここから少し離れた所にいますしお食事に夢中のようですから、扇をへし折った音も、こちらで何を話しているのかも全く気付いてないようですね。マローネさんが美味しそうにお食事をしている所はいつ見ても癒されますわね。いけない、余所見をしてばかりではいけませんね。
アルジェッタ様が壁際に控えている王宮のお仕着せを着た女性に目配せをすると、その女性は空のトレイをアルジェッタ様の横に差し出しました。アルジェッタ様は空のトレイの上に、折れた扇を乗せるとドレスのポケットから予備の扇を取り出して広げ、口元を隠しました。アルジェッタ様の目からも笑みが消えました。
―――あ、アルジェッタ様も怒ってるぅぅぅっ!アルジェッタ様を怒らせたら、幾つ家が消えるか知りませんわよぉぉっ!
いつの間にか、アルジェッタ様の折れた扇を受け取った女性が私の隣にいて、アルジェッタ様の折れた扇の乗ったトレイを私の横に差し出していました。
「あっ、ありがとうございます。」
私も手に持っていた折れた扇をトレイに乗せてお礼を言いました。
「お話し中のところ声を出してしまい、大変申し訳ありませんっ。」
私は慌てて王太子殿下に謝罪しました。
「ロッソ伯爵令嬢。礼を言う口まで噤んでしまったら、王宮で働く者達も働き甲斐が無いだろう。是非、気付いた折には彼らを労ってくれ。」
「ありがとうございます。お邪魔致しました。」
私は王太子殿下に頭を下げて感謝の意を伝え、再び口を閉じてこの場の成り行きを見守ることにしました。
「それで、ヴォ―は結婚もしていないうちに愛人候補を見繕ったわけかな?我が国で第二夫人を持てるのは、婚姻後五年後に夫人が子を成さなかった場合のはずだが。」
「いえっ、愛人ではっ!」
「それでは先程の、『アルジェとの婚約は継続する』という君の発言はどういう意味かな?」
「こ、婚約者候補として・・・。」
「我が国では血を残す目的でしか重婚は認めていないし、婚約は一人としか認めていない。それに、君とアルジェとの婚約は陛下のご意向だ。王命にはしていないが、それに近い物だと言うことは分かっていたのかな?」
「えっ・・・?」
―――あ~このお坊ちゃん、分かっていらっしゃらなかったのね。父親はとても優秀な宰相だと評判なのに、嫡男は残念に仕上がっちゃったのね。マリーノ公爵家には他にも子供がいるから、恐らくマリーノ公爵家は他の子供が継ぐことになりそうね。
マリーノ公爵令息に、ヴィットーリア公爵令嬢と私は冷たい視線を向けました。
「分かった。ヴォ―は今日このまま王宮に留まってもらおうか。マリーノ公爵令息をこのまま客間に連れて行き、監視を付けておくように。」
「はっ。」
入り口に控えていた騎士がマリーノ公爵令息の腕を掴み、部屋から退出して行きました。王太子はマリーノ公爵令息が出て行くのを見届けると、溜息をついてヴィットーリア公爵令嬢に向き直りました。
「アルジェとヴォ―は私の従姉弟同士とはいえ、血の繋がりの無い高位貴族同士の婚約として国内貴族のバランスが取れると思って結んだ婚約だったんだが。」
「仕方がありませんわ。ヴォート様は王太子殿下の父方の従姉弟、私は王太子殿下の母方の従姉弟ですもの。親族同士が集まっても、お互いに顔を合わせる機会は殆どありませんでしたわ。」
「派閥も違うか。」
「派閥というよりも、派閥の筆頭、保守派のマリーノ公爵家と穏健派のヴィットーリア公爵家の婚約ですわ。革新派や急進派と比べればまだ折り合える余地はあったかもしれませんが、やはり根本的な考え方がお互いに違っていましたから、婚約者同士としても分かり合えなかったのかもしれません。」
「ん~国内貴族のパワーバランスとしては丁度良かったんだけどなぁ。」
「王太子殿下、それは一公爵令嬢と一伯爵令嬢が聞いて良い話ではありませんわ。あちらにも男爵令嬢がいらっしゃいますし。」
「済まない、つい従姉弟のアルジェの前だから口が滑ってしまったよ。わかった、派閥の件に関しても陛下に奏上しておこう。」
「ありがとう存じますわ。私から父にも伝えておきますが、王太子殿下からも『私は陛下のご意向に従います』とお言付け下さいませ。」
「心得た。ひとまずこの話は一旦ここで終わりにしよう。」
王太子殿下が、この話は終わりとここで宣言なされました。後は明日以降、大人達の話し合いになるでしょう。
「さて、アルジェとロッソ伯爵令嬢。それからあちらで食事をしているオクライア男爵令嬢は夜会に戻って構わないのだが、どうする?」
「今更ですわ。今日はこのまま失礼致します。先触れをお願いしても宜しいでしょうか。」
「ああ。アルジェはこのまま帰るそうだ。ヴィットーリア公爵家の者に伝えるように。」
「アルジェッタ様・・・。」
アルジェッタ様はこのままお帰りになられるそうです。
「ローゼリアさん、大丈夫よ。これしきの事で、我がヴィットーリアが折れることはありませんわ。」
アルジェッタ様は私にそう言って微笑むと、退出の挨拶をしてお帰りになられました。
「さて、ロッソ伯爵令嬢とオクライア男爵令嬢はどうするのかな?」
「マローネさんのお食事が終わりましたら、一緒に帰りますわ。来るときもロッソ家の馬車に乗り合わせて来ましたので。」
「そうか。そろそろ彼女の食事も終わるんじゃないかな。女性の正装だとあまり量は食べられないだろう?」
「そうですね。マローネさんの様子を見てきますわ。」
私は一旦王太子殿下の前を離れると、部屋の隅で食事をしているマローネさんの所へ行きました。
「マローネさん、お食事はお済みになって?」
「はい!ローゼリア様は、お食事を召し上がられていらっしゃらないようですが、宜しかったのですか?」
「ええ。アルジェッタ様もお帰りになられたし、この服装では大して食べられないから、家で食べることにするわ。では、王太子殿下の所へ行きましょうか。」
「はいっ。」
私はマローネさんと一緒に王太子殿下の側へ戻りました。
「オクライア男爵令嬢、王宮の料理は楽しんでもらえたかな?」
「はいっ!出される物全てが目にも美しく、それでいて美味しさも兼ね備えていて感激致しました。どれも美味しく頂戴致しました。王太子殿下には格別のご配慮ありがとうございましたっ。」
「そうか、喜んでもらえて何よりだよ。王宮の料理人にもそう伝えておこう。」
「はいっ、是非是非王宮の料理人の方に地の底よりも深い感謝をお伝え下さいませっ。」
「地の底ね。はははっ。料理長もさぞかし喜ぶだろう。どの料理も大変美味しかったと伝えておくよ。」
オクライア男爵令嬢は勢いよく王太子に向かって頭を下げました。オクライア男爵令嬢が頭を下げている間に、王太子はすっと表情を戻すと二人に告げました。
「今後のことは御父上に連絡しておくので確認するように。二人共、もう下がっていいよ。」
「「御意。」」
二人の令嬢は王太子に退出の挨拶をすると、ロッソ伯爵家の迎えの馬車に乗り込みました。
◇
「只今戻りましたわ。」
「只今戻りました。」
ローゼリアとマローネの二人はロッソ伯爵家に帰って来ました。
「お帰り。今日は夜会で大変だったみたいだね。」
「「お義父様っ!」」
家ではロッソ伯爵が二人を出迎えてくれました。二人は恰幅の良いロッソ伯爵に飛びつきました。父と呼ばれたロッソ伯爵は、難なく二人の令嬢を左右に受けとめて優しく抱き締めます。
「王太子殿下のご指示だ。二人共、心して聞くように。」
二人を抱き締めたまま、二人にだけ聞こえるよう耳元でロッソ伯爵は囁きました。二人の令嬢もロッソ伯爵に抱き着いたまま頷きました。ロッソ伯爵は自分の口元を周囲から見えないように、顔を二人の令嬢の髪の毛の間に隠しました。
「オクライア男爵家はヴィットーリア公爵家に詫びを入れた後、商いの拠点を他国に移すとして爵位を返上して出国することになった。オクライア男爵令嬢は明日両親と共にこの国を出る。ロッソ伯爵家はしばらくは現状維持。」
「「御意。」」
二人は義父に抱き着いたまま返事をしてから、ロッソ伯爵から離れました。
「いやあ、マローネ嬢がいなくなるのは寂しいなぁ。何か手伝えることがあったら、遠慮なくうちの使用人達を使いなさい。」
ロッソ伯爵はその場にいる皆に聞こえるよう、わざと大きな声で二人に語りかけました。
「ロッソ伯爵様、ありがとうございます。急な出立となってしまい申し訳ありません。」
「いやいや、これはオクライア家の都合だから仕方ないだろう。君のせいではないよ。」
「そうよ。マローネさん、私も荷造り手伝うわ。」
「ローゼリア様も・・・ありがとうございます。」
二人の令嬢はマローネの部屋に向かいました。二人は部屋に入ると、扉に鍵を掛けました。
◇
「あー終わった終わった。これ蒸れるんだよなぁ~。毎日これ付けてると、自分の頭が禿げないか心配になるよ。」
マローネ・オクライア男爵令嬢と呼ばれていた者は頭をボリボリと掻くと、カツラを外しました。カツラの下の髪色こそ同じですが、髪の毛は短く刈り揃えられていました。声も男爵令嬢にしてはかなり低めの声に変わっています。
「今回、ヴォート・マリーノ公爵令息について誰が調査したのかしらね?婚約者のアルジェッタ様はマリーノ公爵令息の好みのタイプではない、っていう調査結果は合ってたけど。ふふっ、まさか私じゃなくて、地味なあんたの方が好みだったとはね。私だってアルジェッタ様にはない魅惑的な体型になるよう頑張ったのに。」
ロッソ伯爵令嬢は鏡の前で腰に手を当てると、胸元が綺麗かつ豊かに見えるポーズを取りながら文句を言いました。
「あんたはいっつも綺麗に化けてるんだから、そんなに大変じゃないだろう?」
「美しさを維持するのに、日頃のお手入れは欠かせないのよ。」
ロッソ伯爵令嬢はツンとそっぽを向きました。
「俺だってマリーノ公爵令息があんな地味な女が好みだとは思わなかったよ。あ~あ。地味がマローネちゃんの売りなのに、王宮の夜会であんなに目立っちゃったら困るんだよねぇ。しばらく夜会に参加した者達の恰好の話題にもなるだろうし、顔もばっちり見られちゃってるからなぁ。そりゃあオクライア男爵家は悪くないけど、ヴィットーリア公爵家に迷惑をかけたって聞いたら、さっさとヴィットーリア公爵家に詫びを入れて爵位返上して出国するよなぁ。マローネちゃん、存在が認識されない位に周囲に馴染んで溶け込めるから使い勝手良かったんだけどなぁ。くっそー、あいつのせいで、もうこの姿は使えないないじゃん。マローネ嬢はマリーノ公爵令息と面識がないのに、どこでマリーノ公爵令息に目を付けられたんだろう。あー忌々しい。」
「どうやら公爵令息の一目惚れらしいわよぉ。アルジェッタ様をはじめ、マリーノ公爵令息と面識ある高位貴族の皆様は華のある方達ばかりだから、逆にマローネちゃんみたいな地味な人が新鮮に感じたんじゃない?素朴さに癒しを求めてしまったのかしら。ふふっ。あはははっ。」
ローゼリアは自分で考えながら笑い出してしまいました。
「バラ園は見飽きたから雑草とか野に咲く花とかが新鮮に見えたってか。あーあ、ホントいい迷惑。俺、マリーノ公爵令息に直接文句言いたいわ。」
「そんなのダメに決まってるじゃない。王太子殿下がお許しにならないわよ。」
「分かってるけどさぁ。また、一からやり直しだよ?俺の今までの努力をどうしてくれるんだよ。」
「何なら、私の新しい執事見習いか従僕として雇って差し上げてもよろしくてよ。」
「二人で同じ所に行って、どうすんだよ。意味ないじゃん。」
「ふふっ、冗談よ。とりあえず、マローネちゃんは明日この屋敷を出て行かないとね。」
「そうだな。明日の朝、挨拶もそこそこに辻馬車を拾って出て行ったってことにしないと。それじゃ、俺明日の準備があるから先に風呂入って寝るわ。」
マローネ令嬢だった男は肌着だけになると、部屋に備え付けの浴室へ向かおうとしました。
「あーもうっ、ちょっと待ちなさいよ。」
ロッソ伯爵令嬢が男の手首を掴みました。
「ん、何?」
男は呼び止められたのでロッソ伯爵令嬢に向き直りました。
「折角マリーノ公爵令息の好みになろうと頑張ったのに、あんたの方が好みだったなんて、やっぱり納得いかないわ。」
「おや、俺のお姫様は随分と我儘だねぇ。俺意外にもちやほやされたかった?」
「そ、そうじゃないんけど・・・何か、私の努力が報われなかったっていうか・・・。」
「それは俺もそうさ。明日は早いから、今日はこれで我慢しといてよ。」
男はロッソ伯爵令嬢を抱き締めて額に口付けると、浴室へ行ってしまいました。
「あーもう、全くっ!何かっ、滅茶苦茶悔しいんだけどっ!」
拳を握り締めながら顔を真っ赤にしたロッソ伯爵令嬢は、部屋の中で独り言ちたのでした。
今回のテーマ:せっかくハニトラ(ハニートラップ)要員仕込んだのに、想定外の地味子が釣れてしまって大迷惑
ざっくり補足:マリーノ公爵令息とヴィットーリア公爵令嬢も知らないけれど、マローネちゃん(中身は男)とローゼリア(中身も女)の二人は王太子殿下子飼いのカップル。事情を知らない人達がいる前では、上司である王太子の前でも茶番を承知でマローネ男爵令嬢とローゼリア伯爵令嬢として振舞っています。ロッソ伯爵も王太子の部下の一人なので、事情を承知の上この二人を養女としています。
一応、前回の予告通り婚約破棄もの・・・ですが、何がどうしてこうなった感もあり、執筆の難しさを改めて感じました。意外とマローネちゃんとローゼリア嬢の中の人達結構気に入ったので、またどこかの作品で出せたらいいなと思います。
今回も最後までありがとうございました。




