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共鳴

作者: 通りすがり

人が自殺する現場に出会うことがよくある。

この話を人にするとほとんどの場合引かれるので、自分からすることはない。

実はつい先日も飛び降り自殺を目撃した。

その日は仕事で外回りをしている最中だった。

駅前に商業ビルが立ち並ぶ一画にある雑居ビル、そこの4階にある会社で打ち合わせがあり、終わったのは午後3時くらいだった。

ビルを出て、これから帰社することを連絡しようとスマホをスーツの内ポケットから取り出そうとしたときだった。

自分が今いたビルの向かいの10階建てのビルの屋上から突然人が落ちてきた。

それはまさに一瞬の出来事で、すぐに人が地面に叩きつけられる音が周囲に響き渡った。

一瞬の静寂のあと、周囲から悲鳴と喚き声が湧き上がり、一気に騒然とした雰囲気となった。

私は、またかとの想いで見ていたが、周囲の人々が駆け寄り、その地面に横たわる人はすぐに見えなくなった。

私は、これだけ人がいるのだし、自分に出来ることはないだろうと、足早にその場を立ち去るのだった。

会社に戻ると、上司に報告を簡単にすまし自席に着く。

私の会社の終業時間は5時なので、残りはもう30分も無い。

慣れているとはいえ、飛び降りの現場を見たことで私は精神的に非常に疲れていた。

私は適当に時間を過ごし、終業時間が来るのを待っていた。



その時、オフィスで私の隣の席に座る中井という同僚の男が話しかけてきた。

「本村はさっきまでどこに行っていたんだ」

私はその質問に嫌な予感がしたが、無視をするわけにもいかずに答えた。

「〇〇のところに先日渡した資料の件で話をしに行っていた」

中井はうんうんと頷きながら「〇〇って◆◆のところだったよな」と言う。

私は嫌な予感が的中したことを直感し、それには答えなかった。

「さっき、SNSで◆◆で飛び降り自殺があったって書き込みがあったぞ」

「ちょうどお前がいたくらいの時じゃないか」

中井は真剣な顔をしてはいるが、目は好奇心丸出しでギラギラとしている。

私は観念して、答えた。

「そうだよ、ちょうど俺がビルを出た時に、向かいのビルから飛び降りた」

中井は「やっぱり」と言って少し嬉しそうだ。

私は嫌悪感を隠さずに言った「不謹慎だぞ」

それを横で聞いていた上司が口を出してきた。

「まだ終業時間まで時間があるぞ、私語はほどほどにしろよ」

私は助け船だったが、中井はつまらなそうに自分のパソコンの画面に向き直った。

私はこれ以上、中井とこの話がしたくなかったので、終業時間になるとすぐに席を立った。

後ろから中井が何か話しかけてくるが、それを聞かないふりして急いで会社を出た。



帰りの電車の中、私はどうして私ばかり自殺の現場に出会ってしまうのだろうかと思った。

いつかこの話を知っている友人の一人が私に、「出会ってしまうのではなく、お前がいると自殺者たくなるんじゃないか」と言ってきたことがあった。

それは友人は冗談で言ったことだったが、私はそれが真実なのかもしれないと思うようになってきていた。

私は死神、もしかしたらそうなのかもしれない。


それから私は、ただ電車の窓から流れる街並みをぼんやりと眺めていた。

電車が揺れ、視線が車内の広告へと自然に移る。ふと、目に留まったのは精神医療クリニックの広告だった。

『あなたの無意識は、他人に影響を与えているかもしれません』

何気ない一文だったが、その言葉に私は心を捕まれた。



数日後、私は有給休暇をとって仕事を休み、一人の精神科医を訪ねた。

この病院は、少し前に妹が良い精神科医がいると教えてくれたものだった。妹が「変な夢ばかり見る」と言ってかつて通院していたところだった。

初診の問診票を書きながら、そこに書かれた内容に、私は自分でも自分の正気を疑わずにはいられなかった。

「自殺の現場に何度も遭遇するんです」

それを見た医者も最初は驚いた顔をしたが、私が真剣に話をしていると分かったのか、真面目に話を聞いてくれた。

「本村さん、催眠療法というものはご存じですか」

催眠療法を行うと、自分自身でも分からない深層心理が分かるらしい。

私は少し迷ったが、試してみることにした。

催眠の中で、私は思いもよらない“記憶”を見た。


それは、見知らぬ場所だった。古いビルの屋上。私は誰かと話している。

彼は泣きながら、「生きていても意味がない」と言っていた。

私はなぜか、その男の肩に手を置き、静かにうなずいた。

そして彼は、笑ったのだ――

「ありがとう。これでやっと終われる」

――彼は、飛んだ。


目が覚めたとき、私は汗だくだった。

「……これは夢ではなく、あなたの“共感記憶”かもしれません」

医者はそう言った。

「ごくまれに、他人の強い感情や死の衝動と“共鳴”してしまう体質の人がいます。あなたはそのタイプかもしれません」

「共鳴……?」

「つまり、あなた自身の存在が、周囲のそういう人々を引き寄せてしまうのです。そして、あなたの中に『死にたい』という他人の念が入り込み共鳴してしまう。そしてその念が増幅されてしまう。これは別にあなたが死を望んでいるというわけではなく、あくまであなたが“触媒”のようになってしまっている」



それ以来、私は人混みを避けるようになった。

とくに、高い建物や鉄道などの近くでは、無意識に足がすくむ。

なぜ私がそのような共鳴体質になったのか、理由は分からない。

だが、ひとつだけ思い当たることがある。

それは、小学生のときに隣の家で起きた自殺事件。

当時、私はその場に居合わせたわけではなかったが、妙に詳細な情景が頭から離れなかった。

まるで――その瞬間を“自分のこと”として体験したかのように。

そして私はそれが当然のことであるかのように感じていたのだった。



それからしばらく経ったある日。

私は地下鉄のホームで、ふとある男性と目が合った。

歳は30代後半くらいだろうか。彼は疲れた顔でベンチに座り込んでいた。その様子を見た私はある予感を感じていた。このままだと彼は次に来る電車に飛び込むかもしれない……。

私は彼のそばを通り過ぎようとしたとき脚を止め、意を決して彼に声をかけた。

「近くにおいしい焼き鳥屋、知ってるんだけど、一緒に行きませんか?」

彼は最初、「はっ?」と声を発すると怪訝な顔をして私を見ていた。私はただ黙って彼の返答を待った。次の瞬間、少しだけ笑った。

「あんた……変なやつだな」

「よく言われる」そう言って私も笑った。



私が自殺をしたいと考えている人を引き寄せてしまうのなら、逆に自殺を止めることも可能ではないかと私は考えた。そして、それが、初めて私が“自分への共鳴”を意識的に断ち切った瞬間だった。

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