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早春の夕暮れ 3

 新しいクラスでは、菊池亮介と同じになれるだろうか。

 家に向かう道を歩きながら、千紗は考えた。すでに二三七回くらいそのことを考えていたが、気が付くと、また考えてしまうのだ。


 千紗と菊池は、中学二年の後期、一緒に学級委員を務めた。そういうものを一緒にやった者同士は、大概、翌年は別のクラスにされてしまうものだが、今回だけは、うっかりミスかなんかで、何とか同じクラスにはなれないものだろうか。人は誰でもミスをするものだ。学校の先生がミスをしても、いいではないか。


 二年の終わりごろ、忘れがたい出来事があった。


 それは、卒業式も迫っていたある放課後、任期最後の学級委員会を終え、筆箱とノートを抱えて、学校の廊下を歩いている時だった。

 千紗の横を歩いていた菊池が、ふと立ち止まると、

「ゴリエと俺って、来年はクラス別れるんだろうな」

と言ったのだ。

 千紗は、ぎくりとなった。実はその時点で、千紗はその事を、すでに七四回くらい考えていたからだ。それも、こうして菊池と軽口を叩いていられるのは、あと何日だろうと、過ぎてゆく一日一日を惜しみながら、万感胸に迫るような思いで、考えていたのだから。


 もしかしたら、菊池もあたしと同じ気持ちなのだろうか。そう思うと、様々な思いが胸に去来して、その場に倒れこみそうになった。ま、倒れこみそうになったというのは、いささか大げさな表現かもしれないが、確かに、そのくらいは感情がゆれたと思う。


 なんとか平静を装いつつ、菊池のほうを窺ってみれば、(な、お前もそう思わない?)と問いかけるような目で(菊池はただ、『見た』だけかもしれなかったが、千紗の偏った目には、そういう風にしか見えなかった)、千紗を見ている。千紗は、それだけでもう胸が一杯になってしまった。


 ねえ。それは、来年、あたしとクラスが別れるのは、寂しいって言う意味? それとも、ただ事実を予想して言っているだけ? 千紗の胸は、菊池に尋ねてみたい言葉で一杯だったが、菊池の二つの瞳を前にして、何一つ聞けないばかりか、その時、少したって千紗が言ったセリフときたら、これだった。

「どうだろうねぇ。ま、あたしのこと、ゴリエだなんて失礼千万なこと言うヤツと、違うクラスになれれば、あたしは清々するだろうけどさ」


 言葉を発した瞬間、千紗は発作的に、自分の頭を壁に激しく叩き付けた。・・・というのは嘘だが、その時の千紗にしてみれば、いっそ本当にやってしまった方が、ずっとよかった。あんな心にもない事を菊池に言うくらいだったら、頭でも何でも壁にぶつけて叩き割った方が、どれだけましだがわかりゃしない。


 最後の学級委員会だったのだ。学級委員としての、ほぼ最後の仕事だった。あと少し、クラスへの報告とか小さな仕事は残っていたが、しかし、廊下を並んで歩きながら、何となくおしゃべりをするなんて機会は、あれが最後だった。なのになぜ、心とは反対のことを言ってしまったのだろう。もう少しましな言い方もあったろうに。


 例えばあの時、もう少し勇気を出して、

「なんか、残念だよね」

くらいのことを言えていたら(何度考えても、やはりそんな事を言えるとは思えないけれど)、そしたら、千紗のその言葉を聞いて、菊池も何か思いがけないことを、言ったかもしれないのだ。例えば、千紗の胸が、喜びで時めいてしまうようなことを。あの時の菊池は、確かに、そういう目をしていた、と思うのだ。


 しかし、実際の菊池は、千紗のあまりにあっけらかんとした言葉に思わず吹き出し、

「やっぱ、ゴリエって面白いな。うん。お前、確かに面白い、ゴリエだけど」

と、喜んでいいのか悲しんでいいのか、わからないようなことを、千紗に言っただけだった。


 でもさ、と、千紗は再び、いや、二三八回目に考えた。もし、万が一、何かの間違いであたしと菊池が同じクラスになって、それでもってまた、一緒に学級委員なんかに選ばれたりしたら、去年よりずっと、信頼関係なんかも厚くなって、いい相棒になって、そのせいか、教室でもどこでも、喋ったりふざけあったりする機会が増える。そして、その時間の中で、ふとした時に、今まで見せたことのない、でも実はしっかりある、あたしの女らしさなんかに、菊池が気付いたりもするかもしれないではないか。


 すでに千紗の頭の中では、学級委員会の帰り、何とはなしに連れ立って一緒に帰る、自分と菊池の姿が見えている。それは、見ようによっては、中睦まじく歩くカップルに見えてしまうかもしれない。

 ぐっふふふふ。そこまで想像すると、千紗は、だらしなく頬を緩ませた。いつも最後はこうなるのだ。万に一つの可能性しかないわりに、千紗の未来予想図は、いつもかなり明るいものになってしまう。

 ま、良くも悪くも楽天的なのが、千紗なのだけれど。


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