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初めて怒った山ちゃん


「どうして? やっぱり気分悪い? お弁当よりもプリンなんかの方が食べられそうだったら、先生に言って、買って来てもらう?」

奈緒が心配して、身を乗り出すと、千紗はあわてて手を振った。

「そうじゃない、そうじゃないんだ。でも、あたし、今ここで、お弁当を食べたら、負ける気がするんだ」

「負ける? 負けるって、何に」


「すべてに」

千紗はぽつんと言った。

「あたし、あたしさ、いつまでたっても、朝、ちゃんとした時間に起きられないんだ。それで、ぎりぎりの時間にやっと起きてさ、もう山ちゃん待ってる時間だってのに、朝ご飯ぬかせなくて、それ食べてもっと遅くなって、それで毎朝、山ちゃんに待ちぼうけを食わせてる。

 その上、ダイエット中なのに、好きな食べ物を前にすると、我慢できずにいっぱい食べちゃうんだ。それ以外にも、いろいろ、いろいろだめなんだ。だめな人間なんだよ、あたしは。だから、せめてダイエットだけはやり遂げようって、昨日決心したの。せめてそのくらいは成功させようって。それなのに、ここでお弁当を食べたら、お終いでしょ」


「ゴンちゃん…」

「いま、ここでご飯を食べたら、また一つだめな歴史を増やすってことになる。でも、人間、何かひとつくらい、宣言したことをやり遂げなくちゃいけないんだよ。だからあたし、なんとしても痩せたいんだ。ううん、痩せなきゃいけないの。そうしないと、これからずっと、口先だけで何一つ成し遂げられない人間になっちゃうんだよ。自分に負けた人間になっちゃうの」


 千紗は、ただ、ちょっとやせて、かわいくなりたくて始めたダイエットだったくせに、そんな事を言った。

「それにさ、あたし、菊池に言われたもん。さやかと違って、ゴリエの首は、たくましいって。あと、ゴリエはでかいって。

 確かにあたし、縦も横も、さやかより二回りくらい大きいもん。別にいいけどさ…。でもやっぱり、別にいいけど、このままじゃいけないんだよ。縦はどうしようもないけど、自分の努力で、横は変えられるじゃない。だからそこは頑張らなくっちゃ駄目なんだと思うんだ。

 あたしにとって、ダイエットを続けるってことは、そういうことなんだよ。だから、ここで食べたらいけないんだ。倒れようが何しようが」


 最後はかなり熱くなってぶち上げた。語りつくしたとき、千紗は、新しい自分の決意に、改めて自分で感動していた。奈緒はどう思っただろう。やはり感動してくれたのだろうか。そんなことを思いながら、ふうと満足のため息を一つついた。


「ゴンちゃん。いつからそんなおばかさんになっちゃったの」

 その時、奈緒が言った。

 それは、これまで千紗が聞いた事のない、世界を凍らせるほどの冷ややかな声だった。山ちゃんが怒ってる。千紗は驚いて奈緒を見た。


「今日、ゴンちゃんが倒れたって聞いて、あたしがどんな気持ちになったと思う? ゴンちゃんを背負って、保健室に連れていった中西さんは、どんな気持ちだったと思うの?

 あたし、何度も言ってるでしょ。ゴンちゃんは、一グラムだって痩せる必要なんかないんだって。それなのに…、どうしてわからないの。

 菊池くんが、ゴンちゃんに、どんなことを言ったのか知らないけど、それが何だっていうの。菊池くんの言ったことなんて、どうだっていいじゃない。あの人はね、ただその場のノリで、適当なことを、面白おかしく言っただけ。ふざけて、ゴンちゃんをからかっただけなの。

 いつものゴンちゃんだったら、笑って相手にしないでしょ。それをばかみたいに気に病んで、無理して食べるの我慢して、授業中倒れて。それなのに、まだそんなこと言うなんて。

 最近のゴンちゃんは、どうかしてるよ。自分のこと、だめだだめだって、悪いところばっかりみて、どんどん元気なくしてさ。男の子に少しくらいなんか言われても、そんなの気にしないゴンちゃんは、どこにいったの?

 もし、菊池くんのせいでそうなったんなら、菊池くんなんか、どっかいっちゃえばいい。だいたいね、あたしは、痩せたゴンちゃんなんて、嫌なんだから。鮎川さんみたいにゴンちゃんがやせちゃったら、ゴンちゃんじゃない。そんなゴンちゃん、あたしまっぴらごめんなんだから」


「山ちゃん…」

 初めて感情をむき出しにして怒る奈緒を前にして、千紗は、一言もなかった。阿呆のように口をポカンと開けて、ただ奈緒の顔を見つめた。

 五時間目の終了を告げるチャイムが、もうすぐなる時間。窓の外で、カラスがかあと馬鹿にしたように鳴くのが聞こえた。



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