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千紗、朝食を抜かす 1


 翌朝、伸行は、相変わらず、朝起きてこない、姉の物音に注意を払いながら、トースターから、熱々の香ばしいトーストをつまみ出していた。朝の番組が、天気予報を伝えている。千紗にとっては、かなりぎりぎりの時間になっているが、寝室からはまだ、物音一つしなかった。


「ばーか。ざまーみろ。今日こそ、大遅刻しやがれ」

 そう呟きながらも、油断は出来ない。何しろ、毎日、ぎりぎりの綱渡りをしているくせに、遅刻をしない姉なのだ。その上、どんなに時間がぎりぎりになろうとも、朝食をぬかしたりもしなかった。つまり、いつまた自分のパンを横取りされるか、わかったものではない。


 なので、伸行としては、まだ比較的、時間に余裕があるにもかかわらず、いつもなぜか慌てて朝食を済ませることになってしまう。今朝も、火傷を覚悟で、熱いトーストにかぶりつく有様だ。しかし齧ってしまえばもう安心、などと思ってはいけない。千紗は、そんな甘い女ではない。齧りかけの弟のトーストを、横からひったくり、ひと口で食べてしまうことなど、お茶の子さいさいなのだ。だから伸行は、甘い紅茶で流し込みながら、急いで残りのトーストを、齧り続けざるを得なかった。


 トーストを食べ終え、もう、千紗に横取りされる物もなくなって、伸行はやっと、少し落ち着いた気持ちになれた。ゆっくりと、残りの紅茶を味わう。その時初めて、姉の部屋の戸が開く音がした。

 めずらしいことに、制服をきちんと着ている。時間が時間なだけに、千紗は小走りで洗面所に行くと、いつものように盛大に音を立てて、洗面、歯磨きを済ませ、ちょっと気取った足取りで、伸行の前に現れた。


(へん、今からパンを焼いて食べていたら、確実に遅刻だな。でも、俺から分捕るには、遅すぎたぜ)

 姉の暴力が恐ろしいので、腹の中で毒づきながら、伸行は、悠々と姉を見上げた。これまためずらしいことに、姉の髪の毛は、かなりきちんと整っていた。

「オス!」

悪びれもせず、千紗が陽気に声をかけてきた。伸行は、それには答えず、顎で時計を指した。千紗は、チラッと時計を見ると、返事もしない弟に噛み付いた。

「なんだよ」


 一触即発の空気を破るように、母親が声をかけた。

「お姉ちゃん、急いで御飯食べないと、遅刻よ」

「あ、あたし、今日、朝ごはんいらないわ」

「え?」

「だって、食べていたら、間に合わないし」

「そんな、朝ごはん食べないなんて、体によくないわ。いつもだったら、絶対に食べてから行くじゃないの」

「そうなんだけどさ」

と、千紗は、妙に嬉しそうに言いながら、荷物を持つと、全く信じられないことに、本当に、朝ご飯を食べずに、学校へと出かけて行ってしまった。


 パタンと閉まるドアの音を聞きながら、伸行と母は、思わず顔を見合わせた。

「お姉ちゃん、具合でも悪かったのかしら」

「まっさか」

伸行は、腹が立つほど、健康そうな姉の顔を、思い出しながら言った。

「でも、お姉ちゃんが、御飯ぬかすなんてこと、今までなかったじゃない」

「知らね。ダイエットでも、始めたんじゃないの」

昨夜の姉の咆哮思いだしながら、伸行は言った。あの叫び方だと、かなり増量していたに違いない。

「まさか、お姉ちゃんが?」

「あれでも中三の女なんだから、それくらい、考えるんじゃないの」

「ふうん、お姉ちゃんがねぇ」

ま、どうせ、続きっこないけどな、と、考え込む母親を見ながら、伸行は、また腹の中で毒づいていた。


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