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早春の夕暮れ 1

 中学三年生って、大人だろうか。それとも、まだ子供なのだろうか。

 駅前にあるコンビニエンスストア脇の階段に腰をかけ、アイスキャンデーを齧りながら、千紗は、ぼんやりと考えていた。


 三月の最後の金曜日。もう夕方の五時をまわったというのに、空は明るく、春の到来を感じないではいられない日だ。街のあちこちに立つ桜の木の枝にも、つぼみが膨らみ始めている。けれど、時折り吹き抜けてゆく風は案外冷たく、まだまだ厚ぼったいコートが脱げない夕方だ。


 こんな日のこんな時間に、外でアイスキャンデーを食べるというのは、いかにも寒々しい気がするが、千紗にとっては、特別の意味を持っている。なぜならここは、去年の夏、クラスメートの菊池亮介と並んでアイスキャンデーを食べた、思い出の場所だからだ。


 去年は、千紗にとって、大きな変化の年だった。と、いうのも、千紗の両親が夏休み直前に離婚したからなのだ。そのため、夏休みを境に、千紗の苗字は、これまでの権藤から、母の旧姓である佐藤に変えることになった。千紗は、そんなことは別にどうということはないわい、と思いながら暮らしているつもりだったが、自分で思っている以上に、苗字を変えるという出来事は、千紗の心の中を重くしていた。


 そんな夏休みのある日、暇を持て余して街中をぶらぶら散歩していた千紗は、偶然、駅前の花屋で菊池に出くわした。そして、千紗が今にして思うと、奇跡が起きたとしか思えないのだけれど、とにかく、その時のちょっとした話の成り行きから、駅前のコンビニエンスストアで、菊池が千紗にアイスキャンデーを奢ってくれることになったのだ。


 クラスの男子と、休日に、学校以外のところで話をするだけでも、かなり特別なシチュエーションなのに、階段に並んで腰掛けて、買ってもらったアイスを食べるなんてことは、千紗にとって生まれて初めてどころか、これからの人生を鑑みても、そうそうあることではなく、さらには、その相手が、教室では憎まれ口しか叩きあったことのない菊池だったので、何だか千紗は、半分夢を見ているように感じた。


 そのせいかどうか、その日の千紗は、とても素直に、自分の心の内側にあった不安な気持ちを、菊池に打ち明けることが出来たのだ。それは、菊池とばったり出会ったのが、学校以外の場所だったからかもしれないし、もしかしたら、その時、千紗が、一番お気に入りのワンピースを着ていたからかもしれない。


 けれど、違っていたのは千紗だけではなかったように思える。あの日の菊池も、教室でいつもそうするように、千紗を茶化したり、挑発したりせずに、とても真面目に話を聞いてくれたのだ。聞いてくれただけではない。どうすれば、千紗が今までどおり、胸を張って歩いてゆけるかを、一緒に考えてくれたのだ。

 だから、あの日、自分に向けられた菊池のいくつかの言葉は、今も千紗の宝物だ。




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