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派遣の雪女さん

派遣の雪女さん、天職を得る!?

温暖化のため、夏は冷凍睡眠に入る雪女。彼女たちが選んだのは派遣という雇用形態だった。

 今年も冬がやって来た。長い眠りから目覚め、仕事を始めなければならない、冬が――。


 温暖化の影響で地球の気温は急激に上昇した。日本も例外ではなく、夏だけではなく春や秋、冬の気温も上がった結果、私のような雪女にとって到底住みやすいとは言えない気候になってしまった。


 特に、夏の暑さは耐えられない。昔であれば、少し山奥で暮らせばよかったのだが、郊外に出たところで暑さを回避できるわけでもなく、かといって地方に遠征するほどお金はなく、海外に行く度胸も語学力もなく……。


 苦肉の策として、雪女たちは皆、夏は冷凍睡眠装置に入り、秋から春先だけ働くことにしたのである。


 雪女の多くは派遣会社に登録をしていた。秋から春先だけというのは、正社員としては働くことができない条件だが、派遣会社であれば雇用期間を区切って働くことができる。雪女にとってはぴったりの雇用形態だった。


 私は冷凍睡眠から目覚めた後、すぐに派遣会社に連絡を入れた。長い眠りは身体を鈍らせる。もちろん、頭の動きも。度重なる冷凍睡眠によって、脳を始めとする人体(雪女体?)はそれなりにダメージを受けており、適度に身体を動かすしか回復方法はない。それに、働けばお金は入ってくるし。


「雪女さん、次は事務所内勤ね」


 この国は人が足りないらしく、なんだかんだ、すぐに仕事が決まる。


 相談員に面接で通達を受けた私は、内心うーんと唸っていた。正直、事務所勤務は肩身が狭い。以前、働いた職場は女性が多く、私が赴任する前からみんなが冷え性だった。しかも、建物の老朽化で暖房が古く温まらない。当然、私がいるフロアは一層寒くなり、文句が出た結果、私の派遣は三か月で終了となったのだった。次は同じような事態にならなければいいけれど……。


 今度の職場はレジャー開発会社の事務職。ベテランのおばさんから主婦の方まで女性が多く、優しく業務を教えてくれて、フレンドリーな職場だった。会社全体の雰囲気もいい。


 雪女の傍にいると寒いため、みんなから物理的に距離を置かれることを除けば……。


 私も暖房がきいた部屋だと解けて体調が悪くなる。そのため、ほとんど倉庫になっている一室を借りて仕事をすることに決まった。


 仕事をすることは嫌いではないが、何となく寂しい気持ちで今回も派遣期間を乗り切らなければならないようだ。和気あいあいとした同僚たちのフロアに行くたびに楽しそうで羨ましさが募る。私も雪女でなければ、同僚とランチでも楽しんでみたかったのに。


 そんな私のところにも仕事は舞い込んでくるのだが、ある時、いつも同じ男性が仕事を持ってくることに気が付いた。いつもシャツの袖を捲っていて、汗をかいている男性職員で、名前を熱田さんという。


 その汗のかきかたが尋常でなかったため、私は一度具合が悪いのか尋ねたことがある。しかし、返って来た言葉は意外な言葉だった。


「いやー、すごい暑がりなんですよ、俺。ここ、涼しいですよね。だから、毎回、ここに仕事持ってきちゃうんです……」


 曰く、子供のころから夏はもちろん、冬のスキー学習の際にも汗びっしょりで授業を受けていた生粋の暑がりなのだそうだ。


 ある日、冷たい飲み物を買おうとして、暑がりの熱田さんと自販機の前で一緒になった。


「どうですか調子は」


 相変わらず汗をかいていて、今日はカップのコーラを買っていた。この人は冬でも冷たいカップ飲料を飲んでいるらしい。私もカップ飲料はいつも冷たいものを選ぶので、親近感が湧く。


 熱田さんがコーラを買った後、私も冷たいカフェオレを買おうとした。しかし、ボタンを押せない。カフェオレどころか、ココアも。コーラも。冷たいものが買えないのだ。


 どうやら、氷が売り切れらしい。


「あちゃー、売り切れちゃいました」


 キンキンに冷えたものを飲みたかったのだが、このビルの自販機はカップ飲料のもの以外はすべて『あたたかい』に品ぞろえが変わっている。冷たいものはここでしか買えないというのに、売り切れとは不思議なことだ。


 給湯室で水でも飲むか……、そう思った矢先、熱田さんが私にコーラのカップを差し出してきた。


「コーラですけど、飲みます?」


 一応、口付けてません、と断って。


「いえいえ、悪いですよ」

「いや、雪女さん、暖かいもの飲んだら解けちゃうでしょ」


 冷たいものが飲みたかったのは本当だったので、私は熱田さんの厚意をありがたく受け取ることにした。


 コーラは氷が入って冷たくておいしい。そのまま、じゃりじゃりと氷まで全て飲んでしまった。


「すみません、譲って貰っちゃって」

「いいすよ」


 熱田さんが温かいコーヒーを飲みながら笑った。


「雪女さんって、その場にいるだけで冷気が出てくるんですか?」

「いるだけだとひんやりするくらいですが、これでも人間社会に適応するようにしていて、本当なら、もっと寒くなります」


 雪山ができるくらいには……、と説明すると、熱田さんが本当ですか? と、何やら真剣な表情をした。


「雪女さん、今度うちで開発してる施設のスタッフにならない?」

「えっ?」


 今より、大活躍できると思う、熱田さんがそう言った。


 ***


 三食付き、住み込み勤務。交代準夜勤あり。年間休日百二十日。有給あり。冷房完備。氷室あり。


 遊びに来た人たちを山頂で誘導していると、熱田さんが汗をかきながらスキーで滑って来た。


「どうですか、スキー場の様子は」

「雪女の力を制御しなくていいから、とても楽です」


 私は今、熱田さんが提案してくれた、レジャー会社の新施設『夏でも滑られるスキー場』併設のホテルに務めている。ここでは、一年中雪がある状態を保つため、とても寒かった。


 もちろん、人工降雪機も使っているが、雪女がいることで施設を冷たく保つことができ、雪質が一定に保たれているのが、施設のウリだ。力の制御もいらない、身体の機能を低下させる冷凍睡眠に入らなくていい。雪女にとっては絶好の勤務地だった。


「いやあ、良かったな。雪女さんがうちの会社に来てくれて」

 じゃあ、またあとで! 熱田さんがスキーでさっそうと去っていく。


 ふもとのレストランで、一緒にランチをとる約束をしているのだった。

2024年冬の作品でした。

閲覧ありがとうございます☺

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