71.一蹴
機士として、特に接近戦を得意とするタイプの戦い方は大きく二つに分類される。
一つはグロウ系から搭載したジャンプ機構を用いたブースト走行を駆使し、直線的な攻撃をする「ストレート型」。
もう一つは『オーム』から発達してきたターン技、ドリフト系、ステップを駆使して攻撃をいなし、敵の側面へと移動する「カットバック型」。
スピードとパワーをダイレクトに生かし、多人数で攻める軍隊では「ストレート型」が多く採用される。
対して、「カットバック型」は多くの操作、超絶技巧が要求され、連携も難しい個の技術。レースが上手い機士に多い印象だ。
「ジルとマクベス、二人の戦いは正にこの2つのタイプの戦いとなるわけですね」
ジルはレースでのギア廻しを見る限り「ストレート型」。マクベス君は「カットバック型」だ。ちなみにルージュ殿下やフリードマンも「カットバック型」である。
「解説してる場合ですか!?」
「そういうレイナさんだって軽食作ってるじゃないですか」
レイナさんがエプロン姿でお皿を差し出す。
「グリムさんが食べたいと言うからでしょう!?」
観戦するのに、口さみしいと思って。
「皆さん、レイナさんが夜食を作ってくれましたよ。レイナさんってご令嬢だけどこういう軽食作るの上手いんですよ。いつも整備所に差し入れしてもらってたので、保証します。お、今日はブリトーか。野菜食べない人もこれなら食べられるんで不思議ですよね」
「私の軽食の解説はいいですから」
マークスは手づかみでブリトーをかじった。どうだ、うまかろう?
「この状況で、寝間着にブリトーとは、緊張感が無さ過ぎじゃねぇか、おい?」
だって、今後食べられないだろうし。
それを見て列車内に退避したメイドさんや使用人さんたちが食堂車へ移動していった。
この状況でレイナさんに準備をさせたのが申し訳ないと思ったのだろう。
二人の戦闘は、まだ始まっていない。
マクベス君が機士としての礼儀として、対峙する場所を変えた。ジル機がレイナパパを背にして戦わなくて良いようにとの配慮だ。
巻き込まれて、パルジャーノン家のギアを傷つけてはならないしね。
マクベス君の礼節に、ジルも応えた。
腕部の機関銃を外し、兵装を解いた。
マクベス機が列車を背にしないよう移動する。
彼にも機士としての矜持はあるわけだ。まぁ、レイナさんの前で格好を付けたいだけかもだが、男としてわからないでもない。
兵装無しでギアが対峙する。
『ブーストクロスコンバット』
これは伝統と格式ある戦いの様式だ。
互いに胸部ハッチを開いて顔を見せ、名乗りを上げる。その間に軽食を行き渡らせた。
そして、互いにサブ動力炉まで目いっぱい廻す。
おれは自分のつくった動力炉の美しい協奏曲を聞きながらブリトーをかじる。野菜多めだ。
これはきっと市場で新鮮なものを仕入れておいてくれたのだろう。とてもフレッシュで瑞々しい。
そして、焼き卵とソーセージの塩気が香ばしい皮と合わさる。
野菜を煮詰めてつくった甘めのソースと、とろりとしたチーズが全体をまとめ上げ、口の中で混然一体と化し、格別な満足感をもたらす。夜に食べるという背徳感を忘れさせる。
「レイナさん、おいしい」
聞いちゃいない。
夜の市街地での騒動に市民は窓やドアから覗き、様子を伺っていた。
この戦いに際し、公然と集合した。この戦いの意味を察したのだろう。
兵士たちも、武器を下している。
観衆が見守る中、二機の戦いが始まった。
動力音がこだまする。
各関節のアクチュエータが、リズミカルにギアの内部で合奏する。
咬み合った歯車同士が、圧力を貯めたシリンダーが、回転するチェーンが、関節駆動に応じて己の役割を忠実に実行する。
『カスタムグロウ』同士。
軽量化された装甲と各種アクチュエータの最適化を生かし、動力炉のエネルギーを効率よく動作へと変換する。
動力炉はタイタスエンジン。
汎用フレーム搭載。
ジルはその強みをそのまま活用し突撃する。
一歩目から激しく地面を踏みしだき、加速。
そして、宙を舞った。
後方へ。
モニター越しに、おれたちは固まる。
衝突音が鼓膜に伝わるより早く、決着が付いていた。
遅れて、ギアが地面に激突する音がした。
《終わったよ、グリム君》
列車内は沈黙。
モニターに映し出されたのは美しいキックフォームで、敵機を見下ろすマクベス機『カスタムグロウ特式』。
「何が起きた?」
アイゼン侯たちは見ていたのに、起きたことが信じられないようだ。
そうか、皆さんはマクベス君の戦闘を見るのが初めてだったか。
「回転して、避けたように見えたが……例の『ニトロ』ってやつか?」
マークスが考察を始める。それに対し、カール王が付け加える。
「キックに『ジャンプ機構』を応用したのは音で分かるが、『ニトロ』ではないのう。白煙が出ておらん。とはいえ、あの威力は……?」
誰もジルを心配していない。
まぁ、当然か。
決着に、このクーデターの結果を悟った民衆の反応は分かりやすかった。
歓声が上がっている。
前当主はお呼びで無い、と。
「グリムよ、お前の見解はどうなのだ?」
「うーん。ぼくも機士ではないので」
ぶっちゃけ、マクベス機がグリンと『スピン』して次の瞬間にはジル機が宙に舞っていたからな。
「マクベスさんに聞けば良いのでは?」
「レイナさん、それは良くない」
「はぁ……?」
「『宝くじ当たったら何に使う?』って話してるのに、『宝くじ買えば』って言いますか?」
レイナさんが首を傾げる。
キチンと結論を出してからだ。答え合わせは。
議論が楽しいんだから。
《あの、パルジャーノンの当主用グロウどうしますか? 聞いてる、誰か?》
「そーか! わかった!! 腕部兵装のアンバランスを利用したんだね!?」
「それだ!」
「なるほどのう……」
「そういう使い方するかよ、まったく……」
『特式』の右腕部『ムーブフィスト』は超重量の兵装だ。それを振り回すようにして遠心力を高め、その力を蹴りに集約した。これだぁ!!
「機士正を相手に、『ポップ』、『スピン』、『キック』の基礎動作だけとはな」
「あれはあれで超絶技巧だがのう」
「腕部の実験中もやたら機体のひねり動作が上手かったからな、あいつ」
『ポップ』で突撃のタイミングに合わせた。
『スピン』で回転回避。
遠心力とジャンプ機構で脚部にギアを跳ね上げるほどの力を集約した。
全機、足裏の物理ブレーキ『アンカーボルト』の蹴りで倒してしまったのか。いや、あれブレーキなんだが……
原作と違って、随分足癖が悪くなったな、マクベス君。
ジル機のボディがへこんでいるが、アンカーボルトは貫通していない。
加減までしている。
「どう? 合ってるかい、マクベス君」
《そこまで考えてないから知らないよ。まぁ、相手が油断してたんだろ?》
「え、そう?」
たぶん、全力だったし、油断もしてねぇよ?
《もちろん、グリム君の整備した『特式』の機体性能のおかげでもあるよ》
「あ、そう」
『特式』にキックのスペック補強などしてないが?
強化したの、パンチなんだが?
「『ポップ』のタイミングがズレたら激突されて終わりだったはずだろ?」
マークスが考察を始めた。それにカール王も続く。
「『スピン』で上体をひねり過ぎたら、内部フレームごと捻じり切れてしまう」
「蹴りのタイミングにジャンプ機構の動力シフトを手動で行う操舵技術。見事だ」
アイゼン侯が手を叩くと、列車からマクベス君に賛辞の拍手が送られた。
みんな、おれが寝間着でブリトー食べてる理由がわかったかな?
「グリム君、何と礼を言って良いのか……ありがとう。当主機も無傷で回収できそうだ」
ラオジール公は律儀におれへ礼をした。
ギアも無事だろう。今の通信を聞いて、マクベス君が逃げようとする機体を止めて、ハッチを開かせている。
計画通り、穏便に収められた。
「ぼくは何もしてませんよ、ラオジール公。それより、皆さん面倒なのはここからなので、お願いします」
おれは軽食を食べながら待った。
その音は民衆の声を遮り、夜に良く響いた。
列車の音。
線路のはるか先からだ。
闇夜を伝って聞こえてきた。
面倒ごとが来る音だ。
「そこまでだ! 直ちに戦闘を停止せよ!」
カロール地方軍と共に、現れたのは、間違いなく北部方面軍ギルバートの部隊だ。
列車から舞い降りた黒い機体。
まさしくおれが整備した機体。『ヘカトンケイル』だった。
武装をこちらに向けるギアの部隊に対し、おれは列車から降りてすっとぼけた。
「戦闘~? ただの訓練ですが?」
これがカロール軍対策。
マリアさん公認「臨時訓練言い訳作戦」である。