69.人の話を聞かないパルジャーノン
急遽始まったレイナさん理解度勝負。
別におれの洗脳疑惑とかはどうでもいいのだが、レイナさんを簡単に渡すことはできない。
我が支部のため、ウェールランド基地の野郎どものため、何より、おれ自身のために。
このジルが吹っ掛けてきた勝負はすぐに片が付いた。
「―――私が好きな食べ物は?」
「……あ、甘い菓子だ!!」
ジルが叫ぶ。
甘いな。お菓子だけに。
「ディーニ地方のチョコレートを使ったディーニトルテ。お飲み物はお紅茶。ウィダン産茶葉にミルク多め、お砂糖なしがお好みだ」
「……はい。グリムさん正解です」
「なんだとぉ!!?」
全勝だった。
好きな動物から大学の専門分野。
尊敬する人。嫌いな食べ物。
好きな本のタイトル。
将来行ってみたい場所。
こいつ、本当にレイナさんのこと好きなのか?
これぐらい余裕だろ。
「グリムさん、よく私のことを見てるんですね。ちょっと気持ち悪いです」
「ふっ、これぐらい上司なら当たり前ですよ」
「嘘をつけ! なぜ上司が部下の好みの紅茶まで知ってるんだ!」
「ふっ、おれが淹れて差し上げているからですよ」
レイナさんのご機嫌伺いはおれの重要な仕事だ。
おかげで淹れるのが上手くなってしまった。エンジニアタイプのおれには造作もないことだ。
「それは……上司なのか?」
「おれとレイナさんがちゃんと真っ当に親密な関係だとわかってくれましたか?」
「グリムさん、誤解を招きそうです」
悔しそうだな、ジル。
だが諦めろ。
他人の恋路を邪魔する気は無いが、レイナさんは渡せない。
「話は聞かせてもらった!!」
決着が着いたと思いきや、そこに一人のおじさんが乱入してきた。
ラオジール・パルジャーノン。
現当主であり、レイナさんの叔父。
「家の者が無礼を働き申し訳ない。この場は私に与らせて欲しい」
彼はおれに言った。
ビシッと頭を下げたところが、どこかできるビジネスマンという感じだ。
オイルのにおいがする整備ドックから庭園に移動した。
◇
「大きな誤解があったようだ。レイナを取り戻したいばかりに、君に無礼を働いてしまった。だが、レイナが君に就き従っているのは君が束縛しているのではないのだな。洗脳など以ての外だ。本当にすまない」
ビシッと頭を下げるラオジール公。
あまり偉い人に頭を下げられると周りの目が怖いのだが。
「ラオジールさん、公爵家がウェール人に頭を下げるなど……」
「黙らっしゃい、ジル。お前の眼は節穴だな。ドックにあったギアの丁寧な整備を見たか? 輝く装甲に何も感じなかったか? お前の気持ちは分かるが、ライバルを見下す者に、レイナは振り向かないだろう」
よかった。わかってもらえたようだ。
さすが、マリアさんが選んだ人だ。
ん? ライバルって?
「私は先進的な考えこそ今のパルジャーノン家に必要だと考えている」
「叔父様……」
「レイナ。グリム・フィリオンをお前の婿に迎えよう」
時が止まった。
さっきまで楽し気に飲んでいたパーティーの参加者たちがピタリと雑談をやめた。
『鉄の友の会』の面子だけ手を叩いて爆笑しているが、笑い事じゃない。
いつ公が冗談だと切り出すのかみんなでタイミングを計った。
しかし、切り出さない。
ふざけて……ない!?
この人真面目だ。
真面目に勘違いしている人だ。
「叔父様っ!!?」
レイナさんが素っ頓狂な声を上げた。
「いいんだ、レイナ。身分など、どうとでもなる」
え?
どうとでも? とは? もっと詳しく。
「ぼくがレイナさんと婚約できるんですか?」
「何を真面目に聞いているんですか、あなたは!?」
「分を弁えろ! ウェール人が!」
「いや、人種は問題ではない。君を貴族の養子にすれば解決する。君の仕事の確かさは見れば誰でも納得するものだ。私と同じく先進的かつ、革新的考えの持ち主なら断らないだろう」
「なるほど……」
実際できるんだな、そんなことって。
「なぜそういう話になるんですか!?」
「すまなかったな、レイナ。お前の辛い状況をどうすることもできなかった。これはその償いだと思って欲しい」
ビシッと頭を下げるラオジール公。
さすが人の話を聞かないパルジャーノン家だ。
「お前も21歳。そろそろ不安な時期だろう」
「だから違います!! 私とグリムさんはそういう関係ではありません。あと焦ってませんから!」
「互いを信頼し合っている。身分を超えた関係ではないか」
「違います! グリムさんのことを良く知ろうとしなければ仕事ができないからです!」
おや、レイナさんの本音が聞こえてきそう。そろそろ、止めた方が良さそうだ。
「それは献身というやつだな」
「私は彼の顧問官です。仕事は書類形式や業務の相談、法的問題が無いかのチェックです。ですが、実際はスケジュール管理に、資産管理、食事をさせて、睡眠を取らせてます」
おぅ、敵意の視線がすごい。
こうして見ると、七大家のご令嬢にさせることじゃないな。
何者なんだ、おれ。
「すいませぇん……」
「……財布のひもを握るとは。それはほとんど妻ではないか?」
もうやめてよ。
これ以上彼女を刺激してはいけない。
「いえ、むしろメイドの気分です」
「それでも彼に就き従うのはなぜだ?」
「彼が偉大なエンジニアだからです」
耐えた。
「耐えた、みたいな顔しないで下さい。貴方は私の上司ですよ」
「あ、はい。そうでした」
やや息切れするレイナさん。
「お疲れ様、レイナさん。大変だね」
「他人事だと思ってます?」
上司っぽく振舞ったのに、怒られた。
「そうか、相思相愛ではなかったのか」
しょんぼりするラオジール公。一応納得したようだ。
するとジルが口を滑らせた。
「当たり前ですよ! パルジャーノン家にウェール人を迎えるなど、良い笑い者だ! それならば無能な帝国貴族の方がマシだ!」
「無能……」
レイナさんが本気で怒った。
彼女に『無能な貴族が相応しい』と口走ったことに気付いていないのか?
仕方ない、フォローしてやろう。
「レイナさんには優秀な人間が相応しいでしょう。彼女の聡明さを理解できる人が、ね?」
「おれにはできていないと言うのか!?」
違うって。
あ、どうするんだ、ジル?
もう、ケーキでご機嫌を取るのは無理だぞ。
「ジル、自分を卑下することはありませんよ」
ジルが笑みを浮かべる。
だから違うって。皮肉言われてるのに気が付けって。
今から怒られるんだぞ、君。
「あなたはパルジャーノン傘下の機士で唯一の機士正。実力はあります」
「あ、ああ……なら……」
「ですが、グリムさんの功績と比べれば、吹けば飛ぶような地位ですよ」
ジルが絶句した。
対するおれは心にじわっと来た。
「我が支部長は最高のエンジニアです。『粉砕棒』のフリードマン大佐、機士統括庁長官ルージュ殿下が認められた方です。彼を貶める発言は機士としての己の価値を貶めるに等しいですよ」
クールな彼女が自分ではなく、おれのために怒ってくれたことがうれしい。
ジルは悔しそうにしながらも、これ以上レイナさんに嫌われたくないのか、おれに頭を下げた。
「あらぬ疑いを持って接していた。貴方の地位は実力に見合ったものだ。謝罪する……」
「謝罪を受け入れます」
ジルは立ち去るときもレイナさんを見ていた。
希望を捨てるな、若人よ。世界を救うぐらいすれば可能性あるさ。
「レイナさん……」
「何をニヤついているのですか? 本来あなたがこれぐらいのことを言うべきなんですよ!?」
「あ、はいー」
正直、誰にどう思われても構わない。
だが、仕事で勝ち得た強い信頼関係を実感できて、とても有意義だった。
ちょっとムキになる貴重なレイナさんも見られたので、これは基地に帰ったら自慢しよう。