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68.ザルタス工業都市

 

 進路をやや東に向け、西方の旅も折り返しに入った。


 カロール地方にあるザルタス工業都市。

 ここはパルジャーノン家のおひざ元。

 汎用フレームの製造地。


 いつものように工場をチェック。

 それからダイダロスの信号受信範囲を確認する。

 そして、サービスで整備を買って出る。

 国家公認技師の整備を断る機士は少ない。


 もちろん、きちんと整備する。おれの整備は好評で初対面の相手に信用されるにはこれ以上ない挨拶だ。



 それから一つ、保険を仕込んでおく。

 フェルナンドの計画を潰すため。



「ごめんよ、マクベス君。今頃はパーティーだったのに」



 レイナさんが帰ってきたことを祝い、パルジャーノン家のお屋敷では豪勢な庭園パーティーが開かれている。

 この整備ドックまで賑やかな音楽が聞こえてくる。

 整備が終わって正装に着替えようとしたら、機体の洗浄もついでに頼むと言われて、引き受けた。


「いいさ。どうせ、おれたちが居ても浮くだけだ。でも、ちょっと妙じゃないか?」


 オイルを落としながら、マクベス君が疑問を呈する。


「おれはともかくグリム君は、パルジャーノンを救ったも同然だろ?」

「どうかな……」



 汎用フレームが正式採用され、企画立案者であるパルジャーノン家主導で生産されている。

 落ち目と言われていたが、経営は見事なV字回復を見せた。



「あれはレイナさんを経由した。あの歓迎様から見て、彼女の功績ってことになってるんだろう。そうじゃなかったら、おれたちにパーツ洗浄なんてさせないよ」

「貴族の体面ってやつか」


 というより、本気で信じているのかも。

 家を飛び出した本家の令嬢が、窮地に際し家の名誉を救った。

 よくできた話だ。その方がしっくりくる。

 このストーリーに、おれはノイズでしかない。


「好都合だよ。こうして、下ごしらえを済ませられた」


 特定の信号をジャミングする装置だ。

 例えば、ガーゴイルの素材が放つ信号。微弱なものならこれで打ち消せる。

 それを、信号増幅装置に仕込んだ。

 たとえ、粗悪な素材が機体整備でうっかり混ざっても、機士の精神汚染を防げるかもしれない。

 その結果、有事の際、体調不良でヘマをしないで済むかもしれない。

 例えば、要人の誘拐とかね。

 


「でも、こっちは腹が減る」



 きっと、大物たちの接待で忙しく、気が回らないのだろう。



 作業を黙々と続けた。ギアの洗浄は重労働だ。パパっとは終わらない。

 昼を過ぎてアフタヌーンティーの時間になった。



「お嬢様、お待ちください!! ドレスが汚れます!!」

「私たちが運びますので!!」

「お嬢様!」


 姦しい声がドックに響いた。

 声の先には、メイドさんたちとドレスとアクセサリーで着飾った本来の姿のレイナ・パルジャーノン。


「こんなことだろうと思いました」


 彼女はトレーいっぱいに御馳走を持っていた。


「お腹が空いたでしょう。休んでください」


 メイドさんは良い顔をしていない。


「これは何というお心遣いでしょう、お嬢様」

「ああ、何と畏れ多い。感謝します、お嬢様」



 わざとらしくお辞儀をするおれたちを薄目で見つめるお嬢様。

 おっと、社交界の基本を疎かにしてはいけない。忘れるところだった。

 まずは何か褒めないと。


「どこか、なんだか、お綺麗でございます、お嬢様」

「とてもドレスがお似合いですね。眼が眩むほどに輝いて見えます、お嬢様」

「マクベス君、褒め上手だな」

「男ならこれぐらい当然だろ? なんだよ『どこか、なんだか』って」

「年季の入った『オーム』の装甲のように、趣深い色のドレスですね、お嬢様」

「グリム語はやめろって」

「食事は要らないのかしら?」

「「ああ、食べます!」」



 仕事がひと段落して、おれたちは食事を囲んだ。



「食後のお茶とデザートの用意を」

「はい、お嬢様」



 メイドさんは終始不服そうだった。

 お嬢様がおれたちと仲良くするのが気に入らないのか。



「すいません、食事を運ばせるよう伝えたのですが、わざとそうしなかったのでしょう」

「残飯を寄こされなかっただけ良かったですよ」

「パルジャーノンの人間は話を聞かないんです。全部私の功績だと思われてます。祖父と父を引退させたのも、汎用フレームをグリムさんに設計させたのも」

「別に問題ありませんよ」

「大ありです。この待遇……きっと叔父様は私を家に戻す気なんだわ」


 それは困る。

 彼女はもう欠かせない仲間だ。



「お嬢様、お写真を撮りましょう」

「え、嫌です」

「そう言わずに。基地のみんなに見せますから」

「私はここに残るつもりはありません」

「分かってます。地味な事務員の制服を着ているレイナさんがみんなのレイナさんですよね。これは、いい話のタネになるかと」



 彼女の望みとは関係なく、強い力が彼女を捕らえている。

 今日のパーティーで、はっきりしたはずだ。

 この見眼麗しく、才気に満ちた令嬢を地方で燻らせておくなどもったいないと。

 参加した誰もが思っただろう。

 それがメイドの態度にも出ていた。

 彼女を連れてここを去るのは至難の業かもしれない。


「はぁ、それは上司命令ですか、支部長?」

「そうです」



 彼女を諦めるつもりはない。

 だが、覚悟も必要だ。


 写真の中にいる令嬢は別人ではない。これも彼女の一面なのであり、無視することはできない。



 ◇



 食後のデザートを待っていると、頼んでいないコースメニューに入ったらしい。


 メイドは男たちを連れて来た。



「ジル」

「レイナ、主役が消えてこんなところで……ドレスが汚れるだろう」



 男たちを引き連れているのはジル。

 トライアウト前のレースで汎用フレームを使っていた機士だ。


 ジル・カプラン。子爵家の跡取り息子。

 血気盛んな貴族の若造という印象。ただ、実力は確かだ。実戦経験はなさそうだが。


 彼はおれたちをにらむ。



「君たちの実力は認めている。有能だ。さすがはレイナが選んだだけはある」



 光栄だが、前提からして違う。



「マクベス、お前とは一度決着をつけるべきだと思っていた」

「実力不足ではありますが、お相手を務める名誉に与れるのならば、光栄です」

「うん……それと、グリム・フィリオン」

「あ、はい」



 ジルは特におれが気に食わないようだな。


「勘違いするなよ? レイナはお前の仕事ぶりを評価して傍に置いているだけだ。情けを掛けられたとて、恩情と好意をはき違えるな」



 こいつ、レイナさんのこと好きじゃん。

 嫉妬じゃん。



「聞いているのか?」

「レイナお嬢様はお優しく、聡明で、慈悲深い。別にぼくのことは好きではない」

「そうだ。身分というものは絶対的に存在する。それを無視し、()()()()()()()()は決して見ないことだ。才能で食べていきたいのならなおさらな」


 今の発言にはもやっとした。

 ストレスだ。


 身分のことなんてどうでもいいのだが、スカーレット姫のことがよぎった。

 消えない感情がずっと付きまとい、ふとした瞬間に思い出すと思考を覆い尽くす。

 おれの望みは最終的には叶わない。そう割り切っても同じ考えが堂々巡りする。


 一言で言えば、彼は勘違いしたままおれの地雷を踏んだ。

 


「ジル、グリムさんに失礼ですよ。この方は私の上役です。敬意を払って下さい」

「それは形式的なことで、実際は君の指示なのだろう?」

「違います。グリムさんが指示を出しているのです。そして、パルジャーノン家と傘下の職人たちを救った恩人です」

「……グリムには良くない噂がある」



 急に深刻な顔をするジル。



 実は、ここ最近おれに関して囁かれている噂がある。



 おれは、よく分からない装置で人心を惑わし、取り入り、意のままに操っているらしい。

 ダイダロス基幹やクレードルのことだろう。それと『鉄の友の会』



「君のその異常な庇い方、まさか本当なのか?」

「いい加減にしなさい! 噂に惑わされるなど、それでもカプラン家の跡継ぎですか?」

「君がムキになるなんて益々怪しい……真偽を確かめる術は一つだ」


 人の話を聞かないのはこの地方の特色か?

 それとも、彼が公爵家の親戚だからなのか?


「本当に、お前がレイナの上役なら、彼女をよく理解しているはずだ」

「はぁ……?」

「どちらが彼女を理解しているか、勝負しろ」

「……」



 レイナさんは呆れて言葉を失っている。

 だが、おれはちょっと面白いと思ってしまった。



「いいでしょう。レイナさんは渡さない!!」

「えぇ!! ちょ、支部長!!?」


 おれを踏み台にして、自分の好感度を上げたいジルの思惑に乗っかった。


 おれの地雷を踏んだからな。





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― 新着の感想 ―
馬鹿な噛ませ犬が来たなぁw
[良い点] グリムの感情、良き。
[良い点] スカーレット純愛!!素晴らしいね!!
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