67.スラスター
ニトロ燃料の微調整と動力炉の点検に思いのほか時間がかかってしまった。
ボルトのあちこちが折れてしまう。
だが、実験の成功により基地の技術者たちの協力を得られたのでやった甲斐はあった。
「閣下が君を選んだ理由が分かったよ」
「カナン主任」
「君の作るものはスペシャルだ。扱う人間も並ではない。そういう一流の線引きを閣下は求めておられる」
「つまり、あなた方もスペシャルということだ。頼りにしてますよ」
「……フッ、君は、存外人を乗せるのが上手いな」
主任たちの協力で、計画は一気に進んだ。
まず設計図を囲み、意見を募る。
研究員たちが活発な議論を始めた。
「基礎設計はすでにできているのか。理屈は通っていますよ、これ」
「でも、燃料を推進力にする研究は鉄道黎明期にもあったが、死人が出て終わったんじゃなかったか?」
「あれは質量が違うからな。今回は腕の先、重量は100キロ程度。いや、闇魔法で30キロまで落とすんだろ」
「そんな高度な闇魔法をどうやってギアに組み込む?」
「まだ、その段階じゃないだろ。とりあえず、飛ばせるかどうか試すというならやる価値はあるって」
設計に関して意見が出尽くしたところで4班に分かれて行動を開始した。
計算を基に案をまとめる設計班。
必要なパーツの製造を手掛ける製造班。
ギアに組み込む準備を進める整備班。
化合燃料のパターンを試し、データをまとめる燃料班。
マークスに製造加工を手伝ってもらい、アイゼン侯には計算を基に設計の微調整を、整備や組み立てはカール王が即戦力だった。
さすが、ギアの開発前から機械工業に携わってきただけあり、年季が違う。
初日で試作機を完成させた。
仕組みはシンプルだ。化合燃料に着火してそのガスの噴出で飛ぶ。
噴出の威力と、安定性がカギだ。
爆発して失敗。
調整して、再トライ。
着火せず失敗。
燃料は着火したら使い切るまで消せない。
しかし、全体が確実に着火しないとあらぬ方向に飛んでいく。
燃料から見直し。
ギア本体の整備にも時間を取られた。
「あの、手伝ってもらえます?」
声を掛けたのは初日に眠らされて気が付いたらロデリン市に強制送還されていた政府職員と情報部の人たち。
彼らの内訳は中央技術管理庁の役人二人と、軍事顧問一人、情報局機密情報管理部から一人、護衛の機士一人。計5人。
彼らにも手伝ってもらうことにした。
本体の『FGタイプ05』ワイヤーだけバレなければ問題ない。
報告の手間も探られるわずらわしさも無くなる。
ロケットパンチは別に隠していないし、おれが何をやっているのかは、隠す方が不自然だ。
拳部分のスラスター製作に深く関わらせて、忙殺することに。
「主は思い切りが良いのう」
「どうですか、王様。彼らは」
「まぁまぁじゃのう。儂ほどではないがな」
エリートだけあって、能力が高い。
それに、新しいものを造るのは楽しいのだろう。
生き生きとしていた。
ヒントをくれた。
「銃弾のように使い切りにしてみては?」
「ああ……」
設計を大幅に見直し、噴出ノズルで指向性の調整を可能に。引火を防ぐ効率的な構造を生み出した。
弾倉のように燃料を小分けにして排莢システムに切り替えた。これなら何度か飛ばせるし、引火のリスクが大きく減る。
チーム総出で三日かけ、何とか完成。
組み込みを終わらせ、安定性重視で選んだ固体燃料を試す。
「今度は威力が足りない。超小型にしたから」
「しかし、威力を上げれば爆発するぞ」
「着火しなかったパターンを見直すぞ。問題は着火装置だ」
デモンストレーションでマクベス君に何度も拳を飛ばしてもらい、仕事をしていくうちに『鉄の友の会』の結束が強まっていった。
チームで動き、一週間。
小型の燃焼推進装置『スラスター』を搭載した史上初の機械化兵器が誕生した。
「何とか形になりましたね」
スラスターを三か所に配置。
固定台座でスラスターを試した。
申し分ないパワー。
噴出する勢いもバランスを保っている。燃料の割合の調整は職人芸だな。
いざ本番へ。
緊張感に包まれながら動力ラインとワイヤーを接続し、各部の装置をチェックする。
「マクベス君、毎度ごめんだけど、制御面はかなりあれだ」
「いつもそうだろ」
「だからごめんって」
このロケットパンチだけで、ギア一機分ぐらい余計な操作が加わる。
「ダイダロスのサポートシステムを使うべきでは?」
カナン主任の不安も分かる。
「いえ、姿勢制御、ムーブフィスト、両方共かなりの技術が必要です。それこそマクベス君が二人いればやる価値もありますが……かえって邪魔になる」
集中した彼の動きをサポートするのは選りすぐりの機士でも訓練しないと無理だ。
考えてみれば、ギアの拳を飛ばすなんて無謀なことにこれだけの頭のいい大人たちが真剣に望んでいるなんて、ちょっと可笑しいな。
「笑うとは余裕だな、グリムよ」
「そういうアイゼン侯こそ」
「いや、人間は集まると馬鹿になるが、こういう馬鹿さは良いものだと思ってな」
「同感です」
マクベス君が動き出した。
カスタムグロウが、発射態勢に入る。
振りかぶった体勢から拳を突き出す。
最初の切り離しから『FGタイプ05』ワイヤーの伸長で加速。
さらに、スラスターによる二段階加速。
みんなで一斉に首を横に振った。
眼で追えなかったのだ。
「うっ……」
そう言えば減速ってどうやるんだ?
「か、考えてなかった!!」
焦りが口に出た時、握り込まれた拳が上に弾けた。
いや、空気抵抗で上へと逸れたような……
「あやつ、マニピュレーターを動かして空中で跳ねさせおったわ」
アイゼン侯が葉巻を落とした。
「え?」
難しいスラスター制御とワイヤー制御と並行しながら、空気抵抗を感覚で掴んで急制動したっていうのか。
「主、何を驚いておる。あれはお主の機士じゃろう?」
「さすがだな、どっから見つけてくるんだよ、あんな奴」
「いや、まぁまぁまぁ、そうなんですけどね……」
彼が居なかったら、おれのやってることの大半はただの失敗だな。
上空で勢いが止まった拳がシュルシュルと前腕部へ引き戻される。
ドッと歓声が上がった。
「……きっと誰も信じないな」
「だが、おれたちがやり遂げた!!」
「そうだ!! やったぞぉぉ!!」
普段日の目を見ない研究に管理の毎日。
そんな彼らの爆発した感情が、殺風景な荒野をも飲み込むようだった。
もみくちゃにされ、祝杯の酒がかけられた。