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66.ニトロ

 


 アイゼンフロスト辺境伯。

 彼は人を驚かせるのが趣味なのだろうか?


 ロデリン市から離れた郊外。

 秘密基地に招かれたおれたち一行は、派手な演出で歓迎された。



 だが、それはおれたちだけだった。



 施設に入ると、後ろに付いてきていた情報部や管理局のお役人たち、それとカール王の護衛がバタバタと倒れた。


「うわぁ」



 とっさにレイナさんを抱えて天井の梁まで跳躍した。

 マクベス君が。

 もちろんおれも小脇に抱えられている。


 怖いな。おれも?



「な、なんですかっ! 急に!?」

「一瞬意識が薄れた」

「睡眠ガスだね。眠らされそうだったよね」



 無事だったのは対象外だったであろうマークス、カール王。回避したカール王の護衛隊長さん、それとおれたち。



「標的を間違えておるぞ。カナン」

「閣下、勝手は困ります」



 メガネをかけた七三分けが忙しなく現れた。



「ここは私のラボだ」

「ですが、管理しているのは私なのです。ゾロゾロと見学者を引きつれては情報封鎖をしている意味がないでしょう」

「相変わらず、眼の利かん奴だ。お前はあの少年が部外者に見えたか?」

「ウェール人……あ、これは……まさかあの国家公認技師の?」

「それ以外に連れてくる理由があるか?」



 ガスが退いた。風魔法でピンポイントに狙っていたのだろうか。

 怖いな。

 それにしても催眠ガスなんてものを実用しているなんて……


 期待させてくれるじゃないか。


 颯爽と地面に降り立つ。

 マクベス君が。


 アイゼン侯とカナンというここの責任者二人は何やら揉めた後、戻ってきた。



「大変失礼した。我が名はカナン。機密施設のため、情報漏洩を防ぐ形式的処置だ」

「グリムよ、ここでは私が諸国をめぐり集めた火薬、爆薬、鉱物、ガスを保管し研究している」



 褐色砂岩の重厚な保管庫に通された。


「では、見せていただこう」


 挑発的なカナン。

 何を見せるって?

 見るのはこっちだが?


「君はこの爆薬庫を兵器転用できるのだろう? ギアの専門家というのは何でもできるらしいな」


 なに怒ってるんだろう?

 まぁ、いいというならやるが。



「グリムよ、軍は頭数を揃えても爆薬で爆弾しか作れんのだ。しかし私はそのような短絡的な兵器化に賛同しかねる。安易な武器開発はいたずらに戦火を拡大する」

「おっしゃる通り」

「できるか? お前ならば。より優雅に、誇りと威光を示すことが?」

「できます」

「よし、やってくれ」



 首筋がぞわぞわする。

 カナンが部下たちと憤慨するがどうでもいい。


 頭の中には設計図がある。足りないものはここにある。


 手が足りない。


「手伝うぜ、何をする?」

「マークスさん、ぼくとサンプルのチェックをお願いします。FG鋼材に耐えられるか専門家の意見が聞きたいです」

「儂とレイナ嬢は使えそうな技師を集めるとするか」

「おれはカスタムグロウを準備しておく」



 助かる。



「一体何を始めるって言うんだ? まさか爆薬をギアに搭載するのか?」

「そうです」



 呆れた顔をするカナン。

 それはそうだろう。誘爆の危険がある爆発物をギアに内蔵する意味はあまりない。


 というより複雑すぎる上に安定性に欠けるため使用できる戦況はかなり限定的になる。


 おれが想定しているのはあくまで姿勢制御のための噴出装置。高圧ガス噴出を推進力とする、ロケット装置だ。


 それにはここの人たちの協力も必要だ。


 しかしカール王とレイナさんはなかなか手こずっているようだ。


 実験は数をこなすことになり効率が悪い。

 一旦別の方法を考えた。


 この秘密基地の存在は皇帝と宰相、ここに居る軍人以外は知らない。情報部や軍も把握していない。

 この火薬庫に眠る名も無き原料は帝国各地、果ては植民地にも存在し、情報拡散すれば一気に世界に火が着く。

 その危険性を理解していたアイゼン侯はこの場所を聖域指定とした。


 ここの職員と軍人たちは生活を捨て、この施設の管理に生涯を捧げ、研究に没頭している。

 あらゆる兵器化を先んじて研究し、対抗策を練るためだ。



 そんな彼らを動かすには、こちらも手の内を見せる必要がある。

 信用を得るにはまず信用しなければ。


 そうと決まれば、手っ取り早い方法がある。



「カナン主任。先ほどの催眠ガスですが、ああいった対人兵器の研究も?」

「いいや。あれは失敗作の副産物だ」

「そういうのってまだありますか?」



 カナンが渋々倉庫に案内した。

 自分たちの失敗を見せろというのも不躾だとは思うが、ここにお宝があると確信があったからだ。



 ■状態検知

 支燃性: ◎

 安定性 :◎(常温)

 冷却性 :◎(分解時)

 比 重 :1.53(空気:1)



 小さいボンベが目に留まった。


「それは医療用麻酔だぞ?」


 ビンゴ。これだ。


 おれには医療知識は無いが、主治医に聞いたことがある。

 そのガスを先生が持っていたからだ。

 兵学校の書庫にはおれが求めるものの情報が無かったが、見るべきは医療分野だった。


 しかし、実験用麻酔に昔使われていたものとしかわからなかった。

 ゲームでは南の方で産出されると言われていたが、アズラマスダ家のシュラール地方では見つからず諦めかけていた。



「グリムよ、何か欲しいものはあったか?」



 アイゼン侯。なぜ貴方がここまでおれに良くしてくれるのかわからないが、期待してくれる分は応えますよ。



「『ニトロ』です」

「どう使うかは自由だ。必要なら調達もできる」



 ここに入って催眠ガスが実用化されているのを知って、もしやと思ったが、さすがだ。

 こんなものまで保管してくれていたとは。



「おい、それをどうする?」

「まぁ、見ていてください」



 ギアを飛ばすためには三大難問がある。


 加速。

 重量。

 制御。


 これはその内の加速問題を解決するものだ。

 想定では、タイタス系エンジンのさらに1.5倍の排気量が要る。しかし、これ以上の大型化は難しい。


 そこでニトロだ。

 ニトロ―――『亜酸化窒素』による燃焼促進効果によって魔法動力炉の回転数を跳ね上げる。



「皆さん、この『聖域』へのご招待に対する、私なりの返礼です」



 おれは施設職員と軍人たちの前で、披露することにした。


 タイタス系エンジンは『ニトロ』投入を前提として開発した。アズラマスダ家はそれを用途不明な欠陥と判断して設計から省いたようだが。



 だから、これを使えるのはおれが設計したオリジナルだけ。



「馬鹿な……! そんなことをして動力炉がただで済むはずが……!」



 おれはボンベをセッティングし、吸気ノズルを動力炉に接続した。



「マクベス君、ちょっと、あれなんだけどいい感じであれしてください」

「了解。障害物もないし、転んでもおれが死ぬだけだ」

「こんなことで君は殺せないよ」



 ダイダロス搭載型カスタムグロウ特式に搭載されたタイタス系エンジンが稼働する。


 ノズル内の空気排出。機体から白い煙が噴出する。

 そこに、魔力制御式弁を開放してニトロを投入する。


 亜酸化窒素は大気より酸素が多く、その分燃焼速度を早くできる。さらに燃焼後の冷却効果で、吸気効率が跳ね上がる。

 この冷却は動力炉が異常温度に上昇するのを防ぐとともに、冷却によって空気の膨張率を下げ、取り込める酸素量を増やすためだ。



 走行テストで機体が浮いた。


 急加速が空気抵抗を生み機体バランスを奪う。



「機体バランスが……!?」


 レイナさんが不安そうな声を上げる。

 いや、マクベス君ならできる。



「いや、あいつすごいぞ!! ダウンフォースエッジで制御を取り戻した」

「か、加速していく……」

「何という機乗力か……」


 職員と軍人たちから感嘆が漏れる。


 マクベス君の扱いに、カスタムグロウも何とか耐える。


 そして、ギアは400m近い実験場の端から端まで駆け抜けた。

 その間わずか十秒だ。


「うーん、まだ1.3倍とかかな……?」


 最初にしては上手くいった。



「分からん……なぜこのような無茶をして動力炉が焼き切れないのだ?」

「……大型化……っておい、まさかこれを想定した設計か!?」

「フハハ、アズラマスダでの設計では意図不明の点が十か所以上あったというが、これであったか……」


 みんなの疑問質問に答えるのは後にして。

 まだ、これは本題じゃない。


「さて、皆さん。ご協力いただけますか?」



 おれは拳をつくってみせた。



「パンチを飛ばしたいんです」



 皆さん、何とも言えない顔で頷いていた。



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― 新着の感想 ―
普通に考えたら爆薬背負って戦うとか正気の沙汰じゃないよな。
[一言] ロマンのためにそこまでw
[良い点] 最新鋭エンジン、その馬力と革新性を余すことなく見せつけたこと ソレを前哨戦扱いして、ロケットパンチをおねだりしたこと [気になる点] 昏倒した方々ダイジョーブ? 科学の発展につきものなも…
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