64.5 マークス・ハイホルン
グリムは誤解している。
おれたちは別に仲良くなんかない。
アイゼン侯とカール王は気難しい御仁だ。
ハイホルン社はいろいろと嫌われている。
この帝国内で貴族でない者が従業員と利益を守るにはそれなりに力が要る。
力は金だ。
金を生むには知恵と度胸がいる。
親父は相手が誰であろうと屈しなかった。
一族が代々築き上げてきたガーゴイル研究の成果。
FG鋼材(加工ガーゴイル合金)の供給は帝国の要だ。
政治には関わらず、正義のためにその技術を管理し、帝国軍に提供してきた。
FG鋼材の直接取引をしないハイホルンは七大家とも衝突が絶えなかった。
その確執は、そう簡単に埋まるものじゃない。
トライアウト初日の夜会。
おれは権力者たちが新世代機に大きな影響を持つグリム・フィリオンに接触することを危惧していた。
七大貴族とおれとの間でけん制、にらみ合いが続いていた。
アイゼン侯やカール王とて例外ではない。
派閥でいえば西方貴族はギルバート軍の勢力範囲内にいる。ギルバート軍は帝国最大の軍隊だ。その力は北部と西部で絶大な影響力を持つ。
だが、二日目。
おれは彼らの本音を知った気がした。
フェルナンド皇子とアズラマスダ家が共同開発した『サイクロプス』の設計に、公然と異を唱えたグリム。
真っ先に賛同したのはカール王、その次がアイゼン侯だった。
フェルナンド皇子はギルバート派。その皇子に相反する意見を述べることはリスクでしかない。
リスクを負ってでも、グリムに賛同した。
全く馬鹿としか言いようがない。
悪目立ちするだけだ。
だがおれも続いた。
その設計思想には信念があった。
非合理、不可能、無意味。
批判の全てを蹴散らす、ギアへの圧倒的情熱。
子どもの頃に誰もが抱いた、ギアに対する憧れと畏怖、あの鮮烈な感動を思い出したかのようだった。
その魂の熱量こそが、ガイナ人がガーゴイルから人々を護るために受け継いできた遺産だ。
平和を食いつぶし権力闘争にかまけて忘れかけていたものだ。
グリムはそれを思い出させてくれた。
ギアは、単なる破壊の道具ではない。
希望であり、未来だ。人の知恵と度胸はここまでやれるんだという証だ。
おれはグリムをどう支援するかを考えていた。
希望と未来。
彼一人に背負わせるわけにはいかない。
ルファレス家のボンクラが問題を起こしたとき、おれは助太刀に立った。性には合わないが、迷わなかった。
立ったのは実は同時だった。
アイゼン侯もカール王も同じ気持ちであることは行動が示していた。
おれたち三人は同じ考えを持つ少数派だったようだ。
「歳を考えて下さいよ、ご両人」
「若造だけにいい恰好をさせるわけにはいかん」
「お主ら、儂まで繋ぎ大義であったぞ?」
わだかまりが解けたわけではない。
長い歴史だ。いろいろあった。
しかし語り合い、行動しこの人たちも同じだと信じられた。
おれと同じ、グリムに感化された立場のある馬鹿なのだと。
だが、ハイホルン社の社長である親父は納得していなかった。
◇
「どういうつもりだ、マークス?」
マヌワット港から列車で二日。
本社があるリッドフォード市へみんなを連れて来たことに、親父は激怒した。
「親父、おれは放蕩息子かもしれないが、国のためにやるべきことはわかってるつもりだ」
「お前が道化を演じてきたことはわかっている。苦労を掛けたこともな。だが、七大家に迎合することは許さんぞ。製造管理権を持つ責任ある立場で奴らはそれを護れもしないのだ」
「わかってるよ……けどな、親父があの人たちと腹を割って話したのはいつだ? 一度でもあるのか?」
親父は言葉が出ない様子だった。
対立のきっかけはいつだろうか。覚えてもいない。ひょっとしたら親父の代でも無いのかもしれない。
「別に、七大家と契約を交わして、ハイホルン社の技術を売り渡す気なんて無いよ。でもな……ウェールランドで生まれた17歳そこそこの子供が、この世で一番ギアに敬意を払って、この国の未来をおれたちよりも考えている。ハイホルンの名を持つ者として、何もしないなんてできないね」
親父に逆らうのはいつものこと。だが、本音をぶつけたのは37歳にもなって初めてだったかもしれない。
「侯と公王も同じ考えだと?」
「おれは、信じる」
「……グリムの設計を見たか?」
「いや、あいつは不用心におれたちを信用して見せようとしたから、完成するまで黙っているよう釘を刺した」
「それでいい。必要なものがあれば提供しろ。それが正義のためなら、ハイホルン家の責任を果たせ」
「ありがとう、親父」
おれは自分の工房にみんなを招いた。
「ようこそ、七光りの道楽部屋へ」
あらゆる鋼材の合金比率を試し、中にはまだ発表前のものもある。
ガーゴイルの『紐付き』を解体し、そのメカニズムも研究している。
あの強力な尾を武器に転用しない手はない。
「従来の合金とは異なる伸縮性と靭性を持つ軟質金属だ。問題はそのまま兵器転用できないうえ、他の金属と混ぜると性質を失う点だった」
おれはその問題をクリアし、一般的なガーゴイルの装甲と他の金属で一からその軟質金属『FGタイプ05』を合成することに成功した。
その研究成果を全て公開した。
「金属でできた筋肉みたいですね」
「ああ、魔力に反応して、鋭敏に伸縮し、靭性を増す」
「……ワイヤーに転用できそうですね」
「ああ、これで拳を飛ばした後、制御可能じゃないか?」
「できます」
即答か。
そう簡単ではないはずだが、グリムの頭にはすでに構想があるようだ。
そっと肩を叩かれた。
カール王に。
「大した道楽だ。隠し玉を持っていたか。生意気な若造だ」
「おれは常に先進的なんでね」
アイゼン侯がおれの胸ポケットにチップをねじ込んだ。
「若造にだけ格好つけさせはせんぞ。次は私の工房を見せてやる」
「ハイホルン家の人間がアイゼンフロスト辺境伯の聖域に、足を踏み入れてもよろしいので?」
アイゼン侯は葉巻を吸い、たっぷりと煙を吐いた。
「若造、見たらぶっ飛ぶぞ?」
気難しい七大家の長が、張り合ってきた。
彼が梯子を外すことなく乗ってきてくれたことに、おれは安堵するとともに、自分の役目を少しでも果たせたことに満足した。
滞在中、親父とアイゼン侯、カール王は相変わらず腹の内を見せず、建前だけの無意味な会話を続けていたが、嫌味や皮肉やマウントの取り合いは無かった。
グリムが新しい構想を話そうとするたびに協力して話題を変えた。
だが、親父が余計なことを言い出した。
「マークスの娘が今15歳だ。贔屓目なく器量良しでな」
「ルーカスよ。抜け駆けは良くないぞ」
「儂らの前でよくも抜け抜けと」
「親父、やめろよ。グリムも本気にするなよ。娘はやらんぞ?」
「別にいらないです」
「なんだと、ちょっと会ってみてから考えろよ!! おれの娘だぞ!!?」
少しは興味を持てよ。
「器量良しなら私の孫に適うはずない」
「いや、儂の孫が一番!!」
「おれの娘と張り合おうってのか、おい!?」
誰の娘が一番か。
それは、レイナ嬢が止めるまで続いた。
「お嬢様方とは仲良くさせていただいておりますのですが、今の会話、お伝えしても?」
勝手に縁談の話をしていたと知られたら嫌われる。
全員黙った。
娘の知り合いとは仕事するもんじゃないな。
レイナ嬢には頭が上がらん。
誰だ、グリムにこの子を就けたのは……?
「ギアの話をしましょうよ、皆さん」
「違いない。『鉄の友の会』の掟にしようぜ。優先すべきは、ギアだ」
このギアオタクが、能天気にギアをいじり続けられる日が来ることを願った。