64.厶ーブフィスト
マクベスが乗った『カスタムグロウ特式』の右腕部が放物線を描き、目標に到達した。
発射機構はまだ無いが、創意工夫で何とか飛ばした。
おれの『反重力』で前腕部を軽くし、勢いをつけ、後は『FGタイプ05』を撚って作ったワイヤーの伸長する力で距離を稼ぐ。
ワイヤーは収縮する力と巻き取る勢いで素早く前腕部に戻った。
戻る動きは完璧だ。
マニピュレーターには重い鋼材が握られている。
公開実験を見ていた工場の作業員たちから拍手が鳴り響く。
その中には屋敷の使用人たちの姿もある。
マークスがただの変人ではないと分かっただろう。
「やったな、グリム!」
「とりあえず、ですが」
おれはマークスと固く握手を交わした。
「冗談ではなかったようですね、グリム支部長」
情報部と管理局はこの実験の内容を問い質そうとした。
だが、マークスの研究成果を見せられていない者には『FGタイプ05』がこの機構の要であることには気付けない。
彼らも仕事だろうがもう少し秘密にしていたい。
またかすめ取られてはたまらない。
「驚くべきはマクベス、あ奴の腕よ」
アイゼン侯が巧みにフォローをしてくれた。
マクベス君のギア廻しのテクニックが無ければ、そもそもこのギミックで拳は飛ばない。
上体をひねってから拳を突き出す動き。
アンバランスな機体でそれを平然とやってのける。
拳の切り離しと『FGタイプ05』ワイヤーの伸長タイミング。魔力による操作。
それを一発で成功させるセンス。
「戦いでは使用できませんよ。何せ発射機構が無いので」
「どうせ、出来る気が……」
「どうせ、もう構想があるのでしょう?」
長旅のせいで政府お役人である彼らからも余計な信頼を得てしまった。
「実験中の兵装までご報告する義務はありません」
レイナさんの助太刀が入った。
「実験は責任者が把握していれば最終報告まで猶予があります。その責任者はウェールランド支部長であるグリムさん本人です」
「そうです、ぼくです。把握してます」
「そしてこの発射機構が未完成であることは明白です」
「発射機構ないです」
「設計図もありませんので」
「設計図はありますけど」
「グリムさん……ちょっと黙って」
「はい」
だってあるんだもの。
……すいません。
「設計図を見せて下さい。管理局として新技術の典拠は把握しなければなりません」
「情報部の開示請求には協力的である方が望ましいですよ」
「あ、はい」
設計図を見ても分からないだろう。
ワイヤーの素材まで一々書かないからな。
発射機構に関してもまだ固まっていない。
管理局のお役人さんが肩を落とす。ごめんね。
マークスが設計図を取り上げ、おれに手渡した。
「さぁ、この実験は成功した。無粋な横やりは無しにしておたくらも飲んでくれ」
おれたちは一先ず、ロマンの追求が形になったことを祝うことにした。
◇
余興で30回ぐらいパンチを飛ばして回った。
街中で自慢して回って、お祭り騒ぎになった。
「おい、やり過ぎて壊すなよ?」
「大丈夫ですって。壊れても、資材なら山のようにあるからね」
「うちの資材な。遠慮するフリぐらいしろよ?」
みんな作業を止めて今日は仕事終わり。
肉を喰おう、酒を飲もうと、宴会になった。こういうところはやっぱり貴族と違うんだな。
下町の広場に移動してきた。
酒場で大盛り上がり。
率先してリッドフォード市民を煽って騒ぐ大貴族二人。
アイゼン侯が何度目か分からない祝杯の音頭を取る。
「己らの坊ちゃんが偉業を成した日である! リッドフォードの歴史に刻まれる日に違いない!! リッドフォードの七光りに!!」
さらにカール王が煽る。
「街を挙げて、この程度か? もっと騒げ、歌え、踊れぇ! フハハ!!」
貴族ってこうだっけ?
まだ日も落ちてないのに酒場で飲んだくれている。
「まぁ、大貴族様が二人もいるから支払いの心配はねぇか」
「護衛の方々を真っ先に潰しましたね」
「ああ、もう、何かあったらどうするのですか?」
「あそこにギアに乗ったマクベス君がいるんで大丈夫ですよ」
子どもたちが集まってきた。まだ見てないのか。
「ほら、マクベス君。観客だよ」
「ああ、了解」
投げ出された前腕が直線ではなく弧を描いて障害物を避ける。戻るときもどこにもぶつからない。
目を輝かせる子供たち。きっと今おれもあの眼をしている。
「どうだい、みんな? あの戻った時の衝撃吸収装置の作動とロック音の無骨さがいいだろう?」
子どもたちがポカンとしている。
解説して欲しいってことかな?
「グリムさん、刷り込みをしないで下さい。情操教育に良くないので」
「大事なことなのにー」
「おう、ガキども。すごいだろー! これはおれが造ったんだ!!」
坊ちゃんが酔ってる。
自分一人で造ったみたいに自慢している。
「誰が造ったって?」
「おい、よせよ。かっこつけさせろよ、今しかねぇんだよ、尊敬されてぇの!!」
これで子持ちだってんだから、全く。
絶対娘に誇張して話すタイプだ。それでバレて食卓が静まり返るんだ。
「うわーもう一回!」
「もっと飛ばして!!」
「もっと、もっと!」
小さな観客たちのリクエストにお応えするマクベス君。
放物線を描いていた軌道が、直線に近づいてきた?
段々、パンチの速度が上がっている気が。
マクベス君、さらに上手くなっている?
「……グリムさん、あれ……」
「ワイヤーの伸長の瞬発力だけで初速を得て、その後も伸縮で勢いに乗せているのか? 発射装置無いんだけど、付けたらどうなる?」
確かに『紐付き』の尾はすさまじい速さと聞くが、合金で再現した『FGタイプ05』にオリジナルほどの力はないはず。これは明らかに機士の腕だ。
『ヘラクレス』にロケットパンチを付ける気はなかったけど、実装しようかな。
彼の運動能力をギアに反映すれば、それだけで無敵なんだが、武器の扱いを見るとアレコレ付属品も付けたくなってしまうのだ。
うーん。
「欲張るのは良くないな」
「グリムさんが謙虚になることもあるのですね」
「ぼくの長所は奥ゆかしく控えめなところですから。出しゃばったりしたこと無いんで」
「そうですね……」
あれ? 何その反応。
「さっきだって、縁談話を全部謙虚に辞退したでしょ?」
「単に興味がないだけでは?」
確かに。
――この大宴会の前。
ルーカス社長へ報告を行った。
マークスの娘、つまりは自分の孫を勧めるルーカス社長。それに端を発した、アイゼン侯とカール王の孫自慢。
最初は三人を諫めていたマークスも、おれが断ると「おれの娘に興味ないってのか!」とダルがらみしてきた。
おっさん同士の娘、孫自慢が始まったので自慢するならギアにしようぜ、と鮮やかに話題を変えて今に至るのである。
「まぁ、ギクシャクしてた時より打ち解けて良かったです。気が合わないとは思えないですし」
「そんな小さなレベルのお話ではありませんよ。ルーカス社長が七大貴族を受け入れるなんて、大事件ですから」
「―――まったくだ」
マークスが酔いから覚めて戻ってきた。
「ありがとよ、グリム」
「それはあなたの成したことです」
「……そういうわけじゃないんだけどな」
なんのことだ?
「まぁ、ギアの拳が飛ぶことに比べたら大したことではないですよ」
「言うね。それで、次は何する?」
「次は私の番だ」
アイゼン侯が葉巻を吸いながら悠然と酒場から出てきた。
「若造にばかりいい恰好はさせん」
次はアイゼンフロスト辺境伯領へ。
見たらぶっ飛ぶものがあるらしい。