63.七光りの道楽部屋
個人の工房にするには広すぎる空間が重厚な鉄の扉の奥に広がっている。
芸術品のように並べられた鋼材。
壁に沿って並ぶ棚には雑然と押し込められたパーツのサンプルの数々。
その中央には作業場。
金属加工に使う一般的な工具や計測機材はもちろん、どこか怪しげなガラス製の用具や溶液、運搬用の重機もある。
さらに奥には……
「きゃぁぁ!」
鳴り響く悲鳴。
レイナさんに一体何が?
彼女は怯えた様子で、見たものを指さす。
「はっ……まさか」
おれは恐る恐るそれに近づき、手で触れてみる。
冷たい。
「し、死んでる……!」
頭を叩かれた。
「当たり前だろ。生きたガーゴイルを飼う趣味は無いぜ」
「でも、怖かったもんね。ねぇ、レイナさん、ねぇ?」
「し、失礼しました、私ったら……」
「悪かったな、レイナ嬢。これは大事な研究資料なんでね」
ガーゴイルは半人半機。
人間を喰うわけではないが、その中身には生き物独特の肉と骨の部分があったりする。結構グロテスクなのである。
まぁ、実は分裂した機械部分がまずするのが生き物を取り込んで魔力バッテリーにすること。
その生き物っていうのが何なのかは、骨格を見れば、察しがつくわけで。
2足歩行で魔力を持つ生物。
そういうことなんだけどね。
「ほぅ、この頭蓋の眼窩はウェール人型だな」
「東部から取り寄せたサンプルは楕円型の眼窩が多いな」
「取り込んだ人間の性質によってガーゴイルも変化しおるからのう」
解体して中から摘出された頭蓋を見て考察を始める鉄の会。
「すいません、レディの前ですよ、皆さーん」
気の利かないおっさんどもめ。
レイナさんがガクブルである。
耐性が無いと怖いだろう。
あと、ウェール人のおれの前でもやめようね?
「すまんすまん……」
「すいません、グリムさん。あの、ガーゴイルの残骸を集めるのとギアと何の関係が?」
レイナさんは無知ではない。
質問にはガーゴイル研究への懸念が含まれる。
この研究は、法的にも倫理的にも問題にされがちだ。
「ギアの多くの基幹部品がガーゴイルの器官機を模していることはご存じですね?」
「はい、増幅基幹などですね」
「魔力の性質を限定することで出力を向上させる増幅基幹。魔力の流れを限定することで決まった動きを再現する記録装置。取り込んだ映像を魔力信号に変えて脳核に送る視覚装置。記録装置や記録晶石が複雑に絡み合う脳核。それに魔力伝導性が高い感応板を用いた感応機」
「それらはすでにギアへと転用されてますよね?」
「それでも、基本的なスピードや反応、パワーはガーゴイルの方が上なんです」
「それは……」
「え? そうなの? 最新の機体なら全然ガーゴイルより強いよ」
マクベス君が話の腰を折る。
君は例外だから今は黙っとけ。
「模造ギアは並のグロウよりスペックが高い。それはガーゴイルそのものがギアより能力が上だからなんです。だからってガーゴイル研究=模造ギアなどと、違法製造と結び付けるのは良くない。むしろ、その特性を良く知るべきなんです」
ギアに関わる人間でも、ガーゴイルのことには疎いという人は多い。
なぜなら、帝国でガーゴイルを見ることはほぼないからだ。安全域を確立して数十年経つ。
そして、ガーゴイルの研究はギアや他の工業研究と異なり、やや異端なのだ。
オカルティズムに傾倒した神話や人体への影響を調べる悪魔的実験などの歴史があり、模造ギアに利用されるため風評も悪い。現代ではガーゴイルを研究するというと、変わり者という扱いを受ける。
なかなか実学に結びつかない。
だが重要であることに変わりはない。
アイゼン侯とカール王はよくわかっている。
「ガーゴイルについて人類はまだ知り得ぬことの方が多いのだ、レイナ嬢」
「ガーゴイルがそもそもどこから来ているのかも不明だからのう」
まぁ、ルーツは滅んだ古代文明の遺産で、帝国外の旧諸国が研究やら好奇心やらで接触し、広めてしまったわけだが。
残るは三か所。
その内、近く開放されるであろう遺跡はウェールランドの地下遺跡。皇帝が探している場所だ。旧ウェールランド王族が隠してしまった。
マークスはサンプルを持ってきた。
「人類が未だにガーゴイルのスペックを越えられないのは、この金属の性質を解明してないからだ」
ガーゴイルの装甲の欠片。
マークスが釘を打ち付けるとあっさり貫通した。
今度はおれが魔力を込める。
マクベス君が思いっきり釘を打ったが釘がひしゃげた。
原理は分かっている。
ガーゴイルの金属の粒子には記録晶石と同じ、魔法を記録し保存する機能がある。
それらは魔力と反応して信号を発し、それが魔法を引き起こす。
精神汚染も同じ原理だ。魔力が信号となって人体に逆流し引き起こされる。
合金とすることで、金属粒子同士の結合を阻害し、魔力のラインを断つことで無害化している。
その過程で、『硬化』現象や、魔力反応収縮などは失われてしまう。
「この硬化現象を装甲に応用しようとすると精神汚染がくっついてきやがる。現代のギアに搭載される装甲板はまだ発展途上だ」
レイナさんは理解を示した。
「この研究分野が無ければギアはガーゴイルを越えられないというわけですね」
「そうです。それも、安全性と機能を両立していくには地道な研究が必要不可欠なんです。途絶えさせてはいけない」
「要はバランスなのさ。安全かつ優れた性質を持つ鋼材に加工する。それがハイホルン家の秘伝であり、大いなる責任でもある」
そして、研究はまだ続いている。
ここに、おれが求めるものがある。
マクベス君はそれを見つけた。
宿敵ともいえる、ガーゴイルを。
「さすがに気が付いたか。持ってきてくれ」
マクベス君が重機を動かし、大きいサンプルを作業台に置いた。
「こいつは、そのマクベスがカルカドで戦った『紐付き』だ」
「こんなものをどうやって?」
「軍の研究施設に回されるはずだ」
「金を積んだか」
「業界じゃ、おれの研究が最先端だ。言っておくが、合法に手に入れた。亡くなられたクラウディア皇女殿下の差配だ」
『紐付き』はレアの中でも希少だ。
しかし、ここにはその『紐付き』が他にも保管されている。
軍の倉庫に眠らせておくより、この坊ちゃんに任せた方が帝国の利益になるというわけだ。
「それで、勿体付けず成果を明かしてみよ」
「聞いてやるぞ」
二人にあおられ、マークスは仰々しく礼をして見せた。
「では、皆さま。かったるい前置きは省いてお見せしましょう。これがおれの研究成果、『FGタイプ05』だ」
マークスは作業台に置いてある木箱を破壊した。
現れたのは銀色の金属の塊。
マークスが手を触れると、それは縮んだり伸びたり生き物のように動いた。
軟質金属だ。それも、魔力に反応して伸び縮みする。
「史上初、ハイホルン家は『紐付き』の尾のメカニズムを解明し、内部の特殊な軟質金属をノーマルタイプのガーゴイル装甲と自然由来の金属から合成することに成功した」
ただの道楽じゃない。明らかに一代で成した研究成果ではない。
これこそハイホルン家の遺産ではないか。
「金属でできた筋肉みたいだ」
「ああ、魔力に反応して鋭敏に伸縮し、靭性を増す」
「ワイヤーに転用できそうですね」
「おお、これで拳を飛ばした後、制御可能じゃないか?」
「できます」
『ヘカトンケイル』のワイヤーパンチだけではない。
応用の幅は無限だ。
文句のつけようのない、一大発明にカール王はマークスの肩を叩き、アイゼン侯はチップを彼の胸ポケットにねじ込んだ。