62.リッドフォード
常夏のシュラール地方から二日。
田園風景の中に都市が現れた。
リッドフォード市は帝都の南西にある小都市。
マークス・オシャレ髭・ハイホルンが副社長を務める、鉄鋼業最大手ハイホルン社を構える工業都市。
「うちの会社が都市を回してる。住民のほとんどがうちの従業員だ」
「へぇ~、すごいですね。ワガママし放題だ」
「ああ、だからこんな七光りに育った……って、おい。別に甘やかされて育ったわけじゃない。それなりに苦労もあるんだ」
「ウェールランドの廃屋無一文スタートのぼくにそれを言いますか?」
「……さっ! 遠慮せず休んで行ってくれ!」
城のような家。
豪勢な客間に案内される。
おれたちは雑談しながら待った。家の主がお越しになるとのことだ。
「『鉄の友の会』のポーズ決めましょうよぉ。敬礼的な合図」
「要らねぇよ。恥ずかしい。もうすぐ40歳だぞおれは」
しばらくすると、オシャレな白い髭を蓄えた老人が現れた。
血のつながりを感じる。
「ようこそ、皆さん。こんな田舎にわざわざお越し下さり、一体どのようなご用向きで、いつ出て行かれますか?」
「おお、おお、相変わらず、はっきりとした物言いですな、ルーカス・ハイホルン社長」
「フン、貴様の息子に招かれたのだ。客をもてなすフリぐらいしたらどうなのだ?」
顔見知りのようだが、険悪なムードだな。
使用人さんたちにはウェール人が珍しいのだろうか、じろじろと見られる。
まぁ、おれには関係ない。言い争っている老人たちをよそに部屋を出る。
「まずはお風呂入るか。行こう、こっちだよ、マクベス君」
「おーい、自分の家かー?」
ここまででようやく進捗率は三割ほど。ダイダロス基幹の信号受信範囲の確認と軍事顧問としての雑事。
時間は掛かるが、手は抜けない。
やや疲労が溜まってきている。
疲労を取るには風呂が一番。
工場の熱を利用した公衆浴場並みにデカイ風呂だ。
「作業員にも開放しているんだ。まぁ、こんな時間に入れるのは副社長の特権だけどな」
特権にあやかり、おれたち三人は裸の付き合いとしゃれこんだ。
「坊ちゃまが連れてらしたそうよ」
「やっぱり変わっていらっしゃるわ」
「変人趣味はガーゴイルいじりだけにして欲しいわよ」
風呂場の外に待機している彼女たちの声は浴室に響いて良く聞こえる。
「変人扱いされてるんですね、坊ちゃま」
「ま、おれは肩書だけで仕事もせず、社交界で貴族と交流する変わり者だからな」
「それのどこが変なんですか?」
「ハイホルン社の技術は門外不出。貴族、皇族相手でもそれは例外じゃない。代々ハイホルン家は貴族の干渉を避け、受け継いできた技術を守ってきた」
「要するに仲が悪いと」
「まとめ過ぎだ。長い確執の歴史が……まぁいいんだけどな」
だからアイゼン侯、カール王はオシャレ髭社長と仲悪いんだ。
権力を持っていると色々と大変なんだな。
「でも老人たちの喧嘩は見てられませんね」
「それ、あの人達の前で言うなよ。あと、ここではあんまり目立たないでくれ。西ではウェール人もスタキア人も珍しいからな」
「ぼくは大丈夫ですけど、マクベス君がなぁ」
「おれを問題児みたいに言うなよ。騒動を起こすのは大体グリム君だろ?」
風呂から上がり、さっぱりしところでおれたちは溶鉱炉を見学することにした。
「直行かよ。少しは休めって」
「な、なんで汗を流した後にこんな暑い場所に……」
「身を清めてから入るのが礼儀かと思って。鉄には神聖な力が宿るとされ、魔を払う力があると信じられてきたんだ」
「ウェール人の信仰にそんなのあったか?」
「無い」
「あ、マークスさん、これグリム語です。聞き流してください」
ギアには多彩な金属が用いられる。
大本となる金属には魔力に対する反応を得るためにガーゴイルの装甲が用いられる。詳しいことは明かされていないが、一般的な金属に比べ、軽くて強靭。
ここにはできたての鋼材が山のようにある。
「むふふっ」
「うーわ、グリム君……気持ち悪いな」
「疑似記録大晶石を使った火魔法による高炉……エコだね」
「エコってなんだよ。火魔法の高炉以外あるか?」
「グリム語ですから、聞き流してください」
立ち並ぶ高炉はそれぞれ、異なる合金を生み出している。それらを鋳型に流し込み、ある程度の形へと成形していく。
「坊ちゃん、お客人ですか?」
「ああ、グリムだ。こいつはギアを造る天才さ」
坊っちゃんだってさ。
「そうですか。では、こちらにもギアの製造で?」
「少しばかりパーツを新造したいと思いまして」
坊ちゃんは職人たちには好かれている。
すぐに人手が集まり、作業が開始された。
◇
「『少し』だと? グリム、うちの職人たちをこき使って良く言うぜ」
半日かかってできたのは腕。
『ヘカトンケイル』に実装できなかったワイヤーパンチの換装型前腕モデル。
とりあえず、マクベス君が今使っている『カスタムグロウ特式』につけてみる。
「おもしろそうなことをしているじゃないか」
「儂らも混ぜい」
アイゼン侯とカール王もやってきた。
「おお、これはアンバランスだな」
「それもまた一興」
「機士の腕次第だな、これを使いこなすのは」
全体のフォルムが一気に禍々しくなった。
しかし、意外と悪くない。
アシンメトリーもかっこよくて好きだ。
マクベス君が動かしてみる。
バランスが崩れていることを感じさせないスムーズな動き。
「ただ、皆さんに残念なお知らせがあります」
「何だよ。まさか、見せかけだけで飛ばないってか?」
「その通りです」
腕の着脱ギミックはあるが、肝心の発射装置とワイヤーの素材が無い。それにこれを飛ばしても当たった衝撃で壊れてしまうだろう。
そこで、頼りになるのがこのマークス坊ちゃんだ。
「ワイヤーの素材にいけるかはわからんが、使えそうな新素材ならあるぜ」
「さすが坊ちゃん」
「おお、いいぞ、坊ちゃん」
「でかした、坊ちゃん」
「それ以上言ったら溶鉱炉にぶち込むぞ!」
マークスはおれたちを自分の工房へ案内した。
「ようこそ、七光りの道楽部屋へ」