61.定期連絡
帝都を出発して、すでに14日経過した。
列車は帝都からの魔力供給を受け順調に走り続けている。
中間報告も兼ねて、おれはウェールランド基地の支部へと連絡を入れることにした。
「もしもし?」
《あ、合言葉を》
この声はエカテリーナか。
合言葉なんかねぇよ。
《あ、合言葉は?》
「ルージュ殿下は最高」
《ウへへ》
合ってた。言わせたいだけだろ、信者め。
《そ、そこに誰がいる?》
「軍事顧問と情報部とマクベス君とレイナさんですが?」
《ぜ、全員に合言葉を言わせて》
「エカテリーナさん、さっさと定期連絡したいんですけど、代わってもらえます?」
《だ、誰に?》
「殿下に」
《で、殿下いない。軍の機士と訓練》
「参謀のあなたが何でついて行かないんですか?」
《え? 殿下が必要ないって》
置いて行かれたのか。
まぁ、今は通信で指示出せるけど。
「他に誰がいます? マリアさんいます?」
《マ、マリアさんいない……》
「どこに?」
《た、炊き出し》
おい、うちのマリアさんに炊き出しさせてるのか?
誰だよ!?
《メ、メアリー夫人が誘って》
「じゃあ、しょうがないですね」
断れないな。
メアリー先生は知らないが、彼女はマリアさんの命の恩人だからな。
あの人、料理とか配膳とかできるのかな……?
不安だ。護衛とかいるのか、ちゃんと……?
「じゃあ……ドークス技師長か、ノヴァダ卿は?」
《なんで私の名前が出ないんですかぁ!!?》
うるさっ。
なんだ、グウェンか。
「ちゃんとお風呂入ってる?」
《ちょ、軍の通信で言うことですか!? 私を置いてきぼりにして、ひどい!! 私も行きたかったですょぉ!!》
列車でグウェンと長旅なんて不可能だ。
列車は走行中逃げ場がない密室なんだぞ。
「……あ、マクベス君から……あ、特にないみたい」
マクベス君はおれに全投げ。
《嘘だぁ! 苦楽を共にしてきた仲間に、何も報告無いんですか! 元気ですかの一言ぐらいあってもいいでしょ!!》
確かに。
でも、声を聞く限り元気そうだし。
「何か変わったことあった?」
《そ、それがですねぇ……》
何かあったのか?
《スカーレット殿下から手紙が届いたんですけどぉ》
「うぇ……?」
全身の毛穴から発汗。
動悸が激しくなった。
あの手紙に対する返答か?
情報部がメモを用意して待機してる。
止めろよ。
《読みますか?》
「ちょっと待て! 開けたの!?」
《いえ、検閲するってマリアさんがすでに読んでいるのでぇ、私も読んだんですけどぉ》
「プライバシー……」
《え? ルージュ殿下もいいって言うので》
「そう……まぁ」
殿下の名前出せばいいと思って……
《ルージュ殿下の『ハイ・グロウ』、スカーレット姫にあげちゃうんですかぁ?》
あれ、その話……
「手紙には何て?」
《親愛なるルージュお姉さまへ》
「殿下への手紙かよ!!」
《え、誰へだと思ったんです?》
「いいのいいの、続けて」
ふぅ……危うく誰が聞いているかもわからない軍の通信で公開処刑されるところだった……
内容はどうやら、『ハイ・グロウ』について。
お下がりを貰い受ける許可を求める文面のようだ。
《『ハイ・グロウ』を扱うにはまだ早いんじゃ……》
「ああ、でも……彼女の能力は未知数だから」
原作と違うルートを辿って、彼女は原作とは異なる可能性を秘めている。
彼女は自分がクラウディア殿下にもルージュ殿下にも敵わないと卑下していたが、おれは違う。
彼女がギアの訓練をまともに受けはじめたのは兵学校の入学前のことだ。
おれは一年、彼女の専属技師を務めその成長率の高さを知っている。それに案外、人と話せる。今の彼女には原作にはなかった魅力があり、後輩たちに慕われてる。リーダーの資質がある。
いずれ機士正となり、隊を率いると確信している。
《グリム君がそう言うなら、そうなんでしょうね》
「悪いね。でも、あの機体を造ったとき、スカーレット殿下にも必要な気がしたんだ。彼女の能力を引き出す機体がね」
《なら早く帰って来て下さいよぉ》
「いやぁ、まだ二、三週間はかかるよ。だって、今リッドフォードだし」
《えぇ、やっと西方ですか? 何やってるんですかぁ!》
「だからそれを報告しようと連絡してるんだって」
と言っても、当たり障りのない内容しか話せない。
タグ付きの仕分け作業の発生。手に入れた装甲デザインの方程式はこの通信では言えない。
「これからマークスの実家を訪ねるところです」
《誰ですか、それ?》
ハイホルン社の良質な鉄鋼はギアの要だ。
彼の趣味にも興味がある。鋼材と合金についていろいろと研究しているらしい。
今の内に学んでおかないと。あと二、三か月以内にそんな暇なくなるからな。
戦いが激化し、戦争が表面化してくる。原作では冬、北部から始まった。もうすぐ季節が移り替わる。
《うぅ……もう一人で寝るのは寂しいですぅ》
「誤解を招く言い方しないで。作業終わりみんなで限界寝落ちするより健康でしょう」
《私、気づいちゃったんですけど、グリム君とマクベス君以外に、まともに取り合ってくれる人いないんですよぉ……》
気付いちゃったか。
天才的頭脳で何とか社会性を保っているが、いろいろ狂ってるからな。
「じゃあ、エカテリーナさんと仲良くね」
《えぇー!? エカちゃん、何か情緒が安定してなくて怖いんですけどぉ……》
《お前が言うな。研究狂い。オイル塗れの手であちこち触りやがって!!》
《えぇ……? そうですかぁ? あ》
《私の服で拭くなぁ……!! あぁ、親衛隊の隊服なのにぃ……うわぁぁ!!》
《わ、わぁ……大人のガチ泣きだぁ……洗濯しますから脱いでください》
《ぎゃああ、放せ、なんで触る? いや、触るなって!!》
通信が切れた。
みんなで顔を見合わせる。
「ふぅ、間が悪かったね」
「グリム君……」
おれは悪くない。ただ、基地に戻るのが少し怖くなった。
どんな惨状が待っているだろうか。