60.シュラール地方
ちょっと加筆しました 5/30
列車で再び出発。
向かうは南。
異国情緒あふれる変わった地方シュラール。
陽光が照り付ける太陽の都市、フラーヴァに到着。
「暑い」
照りつける日差しに文句を言いながら駅舎を出る。
ウィシュラと名乗る技術主任がお出迎えに現れた。
「ようこそ皆さんお揃いで。どうやら我が領主アズラマスダ家が開発した次期指揮官機『サイクロプス』にご意見あるとか……どんな奇抜な発想なんでしょうかねぇ?」
「こういう感じでお願いします」
おれは1/8スケール『サイクロプス』鉄の友の会監修モデルを渡した。
おれたちはこの前腕部換装機構内蔵型を『ヘカトンケイル』と呼称した。
「こ、これはー……!!」
ウィシュラが飛びついた。
彼女はこれでも子爵家令嬢で、アズラマスダ家が経営する二大企業の内の一社を背負って立つ技術部門のトップ。
彼女は来賓用のデカイ屋敷におれたちを招き入れた。
「はぁー、なんて精巧なの? はぁー」
「主任、抑えて下さい!」
「舐められますよぉ……」
ロマンス兵器に男も女もない。彼女はこっち側だ。
部下に窘められ、ようやく正気を取り戻したウィシュラ。
「脱帽よ……何をすればいい?」
話が早かった。
「基礎となる換装部分のギミック、発射体勢の反動制御と姿勢制御、装甲の関節可動域確保も必要ね。ただ、肝心の飛翔腕部。これはここでは作れないわね」
「必要なものは分かってます。伝手もありますから、いったん、別案で試作しようかなと」
「なら私もやる」
止める部下の制止も聞かず、彼女はおれたちに同行することに。
◇
フラーヴァからさらに数時間南に列車を走らせた。
アズラマスダ家が管理するもう一つの都市マヌワット。港湾都市で工業はこちらの方が栄えている。
おれたちは『タイタスエンジン』の工場を視察する。
待っていたのは接待。
美味しい食事。
工場でも歓迎を受けた。
しかし、肝心の技術的な部分は隠蔽されている。明らかにおれに対し情報制限している。
しかし、『サイクロプス』の改修は軍の命令でもある。
工場の狭い整備所でウィシュラと共に作業に取り掛かった。
彼女の設計した『サイクロプス』にはいろいろと物申したい点があったが、機体バランスと装甲の緻密さには学ぶべきところがある。
それに機体内の冷却システムは今帝国内で一番進んでいる。盗める技は盗みたい。
「さて、大きな変更は三つです」
ダイダロス基幹の内蔵。
前腕部の換装機構内蔵。兵装はヒートネイルで。
頭部アンテナ。
「指揮官機を示す記号であり、ダイダロス基幹の信号受信を補助するものね。それにかっこいい」
やはり、彼女はこっち側だ。
「この干渉の少ない装甲デザインはどう思いついたんですか?」
「あなたこそ、私が3年かけて開発した機体をここまで完成形に近づけるなんて」
なるほど。
彼女はこの機体をずっと温めていたのか。
フェルナンドの入れ知恵で、おれのダイダロス基幹、そして『タイタスエンジン』との相性が良いとわかり、形にはしたが設計思想にブレが生じたわけだ。
彼女から装甲デザインについて聞いたが、濁されて教えてもらえなかった。口止めされているようだ。
おれたちは三日で改修を終えた。
『ヘカトンケイル』は完成した。
すると、男たちがやってきた。
明らかに友好的な感じではない。
「その『サイクロプス』を渡せ」
屈強な軍人たちだ。
「これは共同開発したギアです。まずは貴官らの所属を明かしなさい」
レイナさんの指摘を無視する軍人たち。
「どけ、邪魔だ」
レイナさんを突き飛ばし機体の方へ進む三人。
それを見てマクベス君が応戦する。
軍人たちをなぎ倒す。
「スタキア人が!!」
銃を取り出したのを見ておれは『加重』で止めに入ろうとした。
すると後ろにいた軍高官が叫んだ。
「我々はギルバート殿下の部隊だ。これ以上はギルバート殿下への反逆とみなすぞ」
「横暴です! そんな権限はありませんよ!」
法務官の資格を持つレイナさんの指摘に軍高官は書類を見せる。
「この『サイクロプス』はそもそもギルバート殿下指示の下、フェルナンド皇子が開発を指揮した機体。よってこの機体の所有はギルバート殿下となるのだ」
いや、開発したのはウィシュラのはずだ。
彼女は俯いて何も言わない。
権利を奪われたのか。子爵家が皇族に逆らえるわけがない。
「でしたら、『ダイダロス基幹』と『タイタスエンジン』はグリム支部長の設計ですが?」
「それはパルジャーノン家を代表する正式な回答か、レイナ・パルジャーノン? 西方貴族がギルバート様に逆らうということか?」
明確な脅し。
言葉に詰まるレイナさん。西方とはいえ、パルジャーノン家の支配域は北部に面している。ギルバートの勢力を無視はできない。
しかし、いくら何でも法を無視して何でもできるわけじゃないはず。
この地での活動と、『サイクロプス』の帰属についてアズラマスダ卿を無視して進めることはできない。
やられた。
「初めからそのつもりで?」
おれの問いにアズラマスダ卿は答えた。
「ギルバート殿下は蛮人のお前が中枢に深くかかわることを危惧しておられる。こうしてお役に立てば覚えもめでたく余計な苦労もせずに済むであろう」
おれを煽てて、完成させる腹積もりだったわけだ。
まんまと『ヘカトンケイル』は奪取された。
まだヒートネイルしか実装していないのに。
「全く、ギルバート殿下にも困ったものだ。実用段階ではない機体を完成させろなどと……しかし、これで役目は果たした」
機体は没収された。
フェルナンドがギルバートを使うことは予想できたはずなのに。
南部という土地柄、ここまで手は出さないと油断していた。
それにアズラマスダ家。
おれの設計したタイタスエンジンで儲けておいて、恩を仇で返すとは。
「まだ話は終わっておりません、アズラマスダ卿」
レイナさんは手紙を手渡した。
それを見たアズラマスダ卿は狼狽える。
「な、なぜこれを知っている……?」
「何事もタダで手に入れられるものはございませんよ」
あれほど勝ち誇っていたアズラマスダ卿が焦り始めた。
「レイナさん、今のは?」
「マリアさんから、七大家と揉めた時のためにと……」
マリアさんはこういう事態を予期していたのか。さすが、元宰相。
手紙の内容はなんだろ?
アズラマスダ卿の動揺はすさまじい。
「ギルバート殿下に逆らうなど、できるはずがない」
キッとおれたちをにらむ。その私兵たちがおれたちを囲むように動く。
「グリムと一緒に我らも葬るか?」
アイゼン侯が葉巻を燻らせる。
「……まさか、いいえ」
アズラマスダ卿が私兵たちを制した。
「正当な見返りがあるのだろうな、アズラマスダ卿? よもや、儂らを欺いたわけはあるまいのう?」
カール王が脅す。
「ええ、もちろん。ここは私の顔を立てて、これでご勘弁を」
アズラマスダ卿が小切手をちぎって寄越した。
だが、おれはそれを受け取らなかった。
「ぼく、彼女が欲しいです」
ウィシュラがビクッとなった。
「彼女は、技術主任だ。それはできん!」
言ってみただけだ。
「えぇ、じゃあどうしよっかな」
「グリムさん、装甲デザインの算出モデルで手を打ちましょう」
「ああ、そうですね。じゃあ、それ下さい」
戸惑うウィシュラだったが、当主が苛立ち気に促し、こちらにメモを寄こした。
「グリム、サイクロプスの装甲板のデザインと関節可動域のバランス限界の計算はこれを使ったわ」
装甲板と機体バランスを算出する方程式を手に入れた。
「では今日のことは水に流すということで」
「ぐぅ……用が済んだならお引き取り願う!!」
アズラマスダ卿は怖い顔でおれたちを追い出した。
これで改良を重ねる回数が減って製造時間が大幅に短縮する。
得るものを得て、おれたちは西へと進んだ。