59.監視される護衛対象
おれはバスタ滞在の最終日、クラフト河を眺めながら黄昏れていた。
父親の仕事が終わるのを待ちながら、小さな子供が集まって遊んでいる。そこから平和を感じていたくて、ベンチに一人座っていた。
バスタに滞在し、より多くの人間が関わるのを目の当たりにして、自分がしていることの意味を再確認した。
七日間で、マクベス君が三回の暗殺を防ぎ、6人捕まえ、カール王の護衛も1人倒した。今、逃げた5人を情報部が追っている。
狙いは全員おれだった。
フェルナンドの手のものかは分からない。
おそらく奴はそこらへんの暗殺者に依頼をするような真似はしない気がする。
しかし、帝国に奉仕するウェール人の存在はいろいろな人間にとって邪魔なのだろう。
すでにおれは自分の計画に多くの人間を巻き込んでいる。
おれの存在は誰かを生かし、そして殺してもいる。
自分で気が付かない間に、人の一生を左右しているかもしれない。
1人を救うために、100人を犠牲にしなければならない。その問いにおれは迷わず100人を選ぶ。
新聞を開くとあちこちの植民地で暴動が発生している。それが必然であるかのように。
「全員は救えない」
気分が沈む。
ふと懐に忍ばせている通信機が鳴った。
《そうしていると、失職した労働者みたいよ、グリム君?》
「ぼくがつくった視覚装置でぼくを監視ですか、テスタロッサさん?」
通信機を手に辺りを見回す。誰も近くにはいない。
「情報部は子供でも雇ってるんですか?」
冗談で言ったら、子供たちがおどろいて一斉にその場を離れていった。
おれのささやかな平和を返せ。
《大変だったわね、グリム君》
「テスタロッサさん。大変なのはぼくに張り付いている情報部の人たちですよ」
《あなたの護衛君には前もって伝えてあるわ。でもごめんなさい。あなたがいろいろと情報部に制約を掛けるから、あなたの身の周りを張るしかないのよ》
「それは……すいませんね」
制約というか、フェルナンドを刺激して欲しくない。死人が増えるだけだから。
《それにしてもすごいわね。マクベス君は護衛の訓練も受けていないのに、情報部が一生で捕まえる平均をすでに超えている》
「6人って多いんですね」
《6人? いえ、28人よ》
「多いですね!」
おれの知らない22人はいつどこで?
《夜会の時も大活躍だったわ。まぁ、あのときは情報部と連携していなかったから、私たちが泳がしていた賊を片っ端から捕まえちゃって。止めに入った情報部員も賊だと思われて悲惨なことになってしまったけど》
夜会は三日あったけど。
そんなことあったんだ。リザさんとよろしくやってると思ってた。
「そうですか。他にぼくに言ってないことありますか?」
《そうね。スカーレット殿下へのラブレターだけど》
「な、何の話ですか?」
当然のように知ってる。マリアさん、もしかして情報部に共有してる?
《設計図で告白なんて、素敵ね。殿下もそれはそれは、とても感動している様子だったわ》
「皮肉を言うだけなら切りますよ」
この人じゃねえだろうな。おれの痛い失敗をひろめてやがるのは。
《あら、昔の女の言うことは信じられない?》
「一回デートしたくらいで元カノ面しないでください」
《それはそうと、専用機を用意するなら早めにした方が良いわよ》
「そ、それは女性としてのアドバイスですか?」
姫は夢や希望より現物でってことか?
その辺、詳しく。
《さっきも言ったけど、フェルナンド皇子を直接調べるにはリスクが大きいから、あなたの周囲に罠を張るぐらいしかないのよ。でも、警戒するべきはあなたの周囲の人間だと思うわ》
「彼女に危険が?」
《それはわからない。少なくともフェルナンド皇子はあなたには敬意を払っている様子。でもその対象にあなたの周囲の人間も含まれるとは思わないことね》
いや、彼女を狙ってフェルナンドに何の得がある?
発言力はまだ小さい。それにシナリオ的に奴はスカーレットを利用するはず。
いや、悪逆皇女で無くなった今、どう利用する?
「わかりました……姫の専用機は、すぐ形にできると思います」
確かに早めに備えておくに越したことは無いか。
ルージュ殿下が新型に切り替えると使用者がいなくなる『ハイ・グロウ』
あれは一度分解し、汎用フレームとダイダロス基幹を搭載させることでさらに生まれ変わった。
だが、ルージュ殿下の新型までのつなぎに過ぎない。
あれをスカーレット姫が受け継ぎ、おれが専用機へと昇華させる。
この旅で必要なものは手に入る。
「あ、でも突然贈って、重いって思われないですかね!?」
切れてる。
魔力切れかな?
黄昏るのは終わり。急ごう。
南へ。
「確か、在ったはずだ。ゲームシナリオ中盤以降必須のアイテム、燃焼加速ガス『ニトロ』が……」
おれたちは列車で南へと進む。
七大家の一つ、アズラマスダ家が支配するシュラール地方へ。