58.5 レイナ
パルジャーノン公爵家は古くから帝国西部を支配した伝統と格式ある家柄。
ガーゴイルとの戦いにおける兵器産業、鉄道事業で成功を修め、七大家の中でも一、二を争うほどの力を持っていた。
しかし、私が物心つく頃には財政は火の車。
12歳ごろから自然と仕事を手伝うようになり、祖父に代わって、鉄道運営に関する予算管理をして売り上げ目標を決め、無駄を数値に表し、経費を切り詰め、人事評価をしてよくできた部門長には手紙を書いた。
「レイナ、お前に縁談の話がある」
私が16歳になった頃、祖父が金を使い込み、その補填のため私を商人の家に売り飛ばそうとした。
政略婚は覚悟していたが、これには納得いかなかった。
「断るなら、家を出ていけ」
私はお望み通り、家を出て貯めていたお金で大学に通い、銀行の記録整理のバイトをしながら地政学と経営と法を学んだ。
21歳で法務官の試験に合格し、卒業後は中央行政府法務局勤めだと思っていたら、配属はウェールランド。
上司はウェール人の17歳。この間まで兵学校に通っていた子が支部長。
とは言っても私も大学を卒業したばかり。
不安しかなかった。
「レイナ・パルジャーノンではないか」
「ルージュ皇女殿下、ご無沙汰しております。お見知りおき下さり光栄でございます」
家を出る前は社交界でご挨拶する程度には顔を知っていた。
この支部の仕事場にはルージュ殿下が入り浸るという妙な職場だった。
「ああ、そういうことね。クラウ姉ができる人間を寄こすと言っていたけれど」
「クラウディア皇女殿下が、でございますか?」
クラウディア皇女殿下は私のあこがれだった。
世界最大のこの国は実質彼女が動かしていた。
「ここはある意味一番、出世に近いかもしれん。それもグリム次第だが」
最初はとにかく、このグリム・フィリオンという上司に仕事をさせることに専念した。
先端技術開発研究所ウェールランド支部。
ここは、とにかくグリム・フィリオンに研究開発をさせるためだけに新設された組織。
働くにあたって彼の噂をあちこちで入手したが、一言にまとめると天才だ。
その評判通り、彼は殿下の機体をつくり、あっさりと既存のギアの性能を超えた。
支部は順調に成果を生み、予算も増えていった。
そんな折、パルジャーノン家が機密流出で処罰を受けると知った。
私が家を出てから好調だった鉄道部門で赤字を出し、警備が不十分だったらしい。
もはや私にはどうでもいいことだったけど、グリムさんが汎用フレーム開発を持ち掛けるというので手紙を書いた。
返事は『ダイダロス基幹』を寄こせ、という信じられない内容だった。
私は実家に帰り、事の真偽を問い質した。
結局、責任を取り引退した祖父が父に命じてこれまで通りの体制だった。
なぜグリムさんはこんな腐敗した家に情けをかけるのだろう?
「散々好き勝手して、少しは家のために貢献したらどうだ」
「そうだ。まだレイナは結婚前。グリムと結婚させてしまえばいい」
「そういうことでしたらこの話はなかったことに」
私が見限るとわかると祖父たちは私を罵った。
この家はもうだめだ。そう思っていた。
一転して、パルジャーノン家は生まれ変わった。
祖父と父、その取り巻きが一斉にいなくなった。
当主は中央行政官だった叔父が引き継ぎ不採算事業を売りに出し、列車とギアの製造業に絞った。
汎用フレームは次世代機『クラスター』に正式採用され、パルジャーノン家の名声は回復していった。
◇
バスタに来てからというもの、グリムさんは工場に潜り込んでは職人たちと接していた。
予定があるのに。
品質を確かめるために時間を掛け過ぎていた。
「少しはご自身の立場を自覚してください」
「はい」
グリムさんは会話している時大抵別のことを考えている。
マリアさんがそういう場合、黙っているといいと教えてくれた。
「どうしました?」
「グリムさん、なぜ鉄道で帝国を巡るなんてことを? ダイダロス搭載列車の試験運行なら結果だけ聞いていれば良いではありませんか?」
そう。
この人はギアをいじりたくて仕方ないのに、それを我慢してここにいる。
装甲列車は確かに国防において重要だけれど、完成はずっと先だ。
それに今は新世代機のギアを一刻も早く実戦に投入する方が先。
パーツだって取り寄せて確かめれば十分。
「十二の試練を経て、ヘラクレスは英雄になった」
「12……回る都市ですか? 試練とは……?」
「ぼくはまだまだ未熟なんですよ。成長期なんで」
「英雄になりたいと?」
「ぼくの場合、英雄を造ると言うべきですね」
彼の言っていることを誰かに通訳をして欲しいと思う時がある。
付き合いの長いマクベスさんに聞いても、彼もわかっていないらしい。
「いやぁ、おれは学がないから」
「学とか関係ないと思いますよ。グリム語」
『ヘラクレス』って何?
「でも、おれは信じますよ」
この人も変わっている。
護衛の訓練を受けたことがないと知った公王らの護衛たちが指導という名の模擬戦闘を行った。
マクベスさんが全員に圧勝したあと放った言葉が「もう手加減しなくていいですよ?」だったらしい。
護衛が丸腰はマズいと情報部が銃を渡したら私のところにきて「これどう使うんですか?」と聞いてきた。
二日目、彼がグリムさんの知らないところで暗殺者を捕らえていた。銃を持った相手に素手で襲い掛かり、一人で二人の暗殺者を捕まえたという。
グリムさんはこのマクベスさんを解体工場で約一年半前に見つけた。工場で見つけるのが得意なのだろうか。
「これが違いです」
七日が過ぎ、グリムさんがパーツを組み合わせて基幹装置を組み上げた。
確かに、性能差があった。
急にパルジャーノン家が息を吹き返した理由がなんとなくわかった。
職人、技術者たち。
それがパルジャーノンに残された希望だったのか。
グリムさんがあのときパルジャーノン家に依頼したのはパルジャーノン家が抱えていた職人たちを助けたかったからなのかもしれない。
ものを見てその作り手を知り、作り手を知れば、人となりも分かる。
彼がやろうとしていることを理解するには彼が生み出したものをみればいい。
それがこのグリム・フィリオンとの正しい付き合い方なのかもしれない。
組み上げられたセレクターを見てそう感じた。