57.見学者グリム
帝都から半日。
都市の高い建物がだんだん低くなり、田園風景が続き、山が通り過ぎていく。
再び田園風景が続き、徐々に建物が高くなっていく。
到着したのは第二の都とも呼ばれる工業都市バスタ。
南北を巨大なクラフト河が縦断し、その河川沿いに工場が立ち並ぶ。
量産される部品や、運ばれてきた部品の組み立てが盛んで、信頼のできる工場がいくつもある。
おれは『鉄の友の会』とその護衛たち、そしておれの護衛であるマクベス君、顧問官のレイナさんを伴い、まずは列車製造を手掛ける工場へと足を運んだ。
列車は軍と各鉄道会社が共同で製造する。
まだひな型をどう作るかを議論する段階。
その会議へ参加する。
と言っても、ほとんどは規定路線でおれが口出しできることはあまりない。
おれに求められているのは『ダイダロス基幹』の専門家としての意見。
「サンプルをお持ちしました」
会議に参加する軍と七大家の技術者たち。製造の現場責任者たち。軍事顧問に軍情報局。
彼らの反応はあまり良くない。
その内の一人が手を挙げた。
「本当に走るんですか? 列車に必要な魔力は膨大だし、走るのは平地だけじゃない。山間部にはその基幹の魔力は届くのでしょうか?」
「そこは実証実験中であり、今のところ順調です。その証拠に、今我々はここに居ます」
会議の面々は意味が分からないといった様子だ。
「我々はダイダロスを搭載した列車でここまで来ました」
まだ半日しか走っていないが、問題なく来られた。
アイゼンフロスト辺境伯が所有する個人列車に突貫で積んで動力系統だけつなげた。
会議の面々はざわつき態度を変えた。
「さすがはルージュ殿下がお認めになられた方は違いますな。行動力が……」
信号増幅装置は帝都の行政府庁舎の上に建てられた鉄塔から魔力を送信する。
しかし山で遮られると届かないため、中継地点が用意されている。
それは情報局が各駅舎に設置した中継基地局。
基地局は表向き電話設備の普及を名目としているらしい。
この基地局によって魔力信号は随時送受信されていく。
ダイダロス基幹は受信した魔力信号を魔力に再変換し、増幅させることでエネルギーとして魔力の遠隔運用を可能にする。
これからも各地を巡り、問題が無いかをチェックしていくつもりだ。
質問が続いた。
「製造に関し、グリム支部長から要望を受けた設計についてですが、この謎の空間の意図は?」
「私が説明するより、それは情報局からの要望ですので情報局の方に聞いて下さい」
情報局の名前を出すと皆口をつぐむ。
国内の情報局員は怖い人ばかりだ。わかる。
おれもこの設計の上に生まれたデッドスペースについては依頼されて仕方なく書いた。
秘密裏に非常時用の中継機を組み込むというのだ。
テロリストに中継基地局を破壊された場合を想定し、この列車が中継基地局となるようにとのことだ。
確かに、魔力は貯蔵ができないし、送受信を絶たれればダイダロス基幹に依存した機械は動かなくなる。
しかし装甲列車からカバーできる範囲はかなり限られる。移動することでカバーできる範囲が広がるという見積もりらしいが、それはこの装甲列車が増えた相当未来の話だ。現在想定している七台では列車同士を用いたネットワーク構築は困難だ。
おれは別の手段を考えている。しかしそれを情報局には明かせない。フェルナンドに教えるようなものだ。
列車関連の会議が無事終わると、楽しい工場見学。
列車に使われる動力炉は非常に興味深かった。
「ギアともまた違う魔力電動モーターですね」
ギアの基礎動力炉は魔力を運動エネルギーに変換するため、魔力に反応するガーゴイルの由来の金属を内蔵している。いわゆる一般的な『魔力モーター』だ。
しかし、列車が誕生したのはまだ内燃機関であるサブ動力炉が発明される前だったため、この『魔力モーター』を巨大かつ強力にする仕組みを作った。それが『魔力電動モーター』だ。
魔法を蓄積する疑似記録晶石に雷魔法を記録し、魔力を電力に変換する。電力でモーターを回転させそれを推進力とする。
「作ろうなどと思うなよ、グリム。いくらお前さんでも疑似記録大晶石は模倣できないだろう」
「分かってますよ」
見せてもらえれば作れるけどな。
状態検知で魔力を細かく分析すればあとはグウェンがその情報をもとにコピーを造れるだろう。1年ぐらいかかるけど。
まぁ、記録前の疑似記録大晶石そのものが手に入らないか。大晶石は天然由来で加工も難しく不安定、それに高価だ。市場に出回るのとしても記録済みのものばかり。
おれも苦労して1個しか手元にない。
列車関係の視察が終わり、続いて『ダイダロス基幹』の部品製造に関するチェックだ。
さすが工業地帯というだけあって歩いてすぐ工場があった。
機密保持のため、各パーツは軍が管理するあちこちの工場で作られ、ウェールランド基地にあるおれの元へと送られる。そこで組み立てとなる。
各パーツに不備が無いかサンプルを確認していく。
さすが、プロだけあってパーツを一から製造することにかけてはおれでも全く敵わない精度だ。
『鉄の友の会』でその仕上がりの美しさに盛り上がる。
しかし用意されたサンプルだけ見ても、この精度を維持できるかどうかはわからない。
「ちょっと、見て回っていいですか?」
「もちろんですよ」
現場を視察する。
どでかい工場はいくつものブースに区分けされている。
「グリムさん、あまり一人で動かないで下さい!!」
レイナさんの声も大きくなる。工場は大声じゃないと話もできない。
ハンカチで口元を押さえてしゃべり辛そうにしている。
それに暑くてうるさくてお気に召さないらしい。
「わかってます!! レイナさんは事務所に戻っていてください! 空気が悪いので慣れてないとつらいでしょう!?」
「わかりました! ではマクベスさんお願いしますね!!」
「わかりました!」
おれたちは工場の奥、作業場に進んだ。
「勝手に動くなよグリム君! 迷子を捜すのは嫌だぞ!?」
「職人がどこまでできるのか、生で見たいんだよ!」
得るものは現場にある。
みんなすごい職人芸だ。
目視だけではなく手先の感覚で精密に作業している。
それに早い。
「ちっ、おい小僧! そこに突っ立ってないで5.0の研磨盤を変えとけ! 気が効かねぇな!」
「あ、はい……あの、ぼくですか!?」
「他に誰がいるんだよ!?」
これぞ職人気質。
誰に媚びるでもない。いや、上着をレイナさんに預けてきたから誰かと間違えてる? レイナさんが言った意味がわかった。
まぁ、いい。
まるで10年前に戻ったかのようだ。
「できました!!」
「……」
「研磨剤追加します!!」
「……おう!! 一々言うな!!」
単純な回転式研磨機一つで職人の手の中にある金属片が複雑な造形物と化す。
この姿勢、呼吸、集中力。
小手先の技じゃない。
おれは適宜先端のアタッチメントを交換し、研磨剤を吹きかける。
洗浄して、表面の汚れを拭き取り状態を確かめるため光に当てて見る。
「……おーし、グラント!! 今日はいいじゃねぇか、おめぇ!!」
グラント君とは茫然とした顔でおれたちを見ている彼だろうか?
「あ、あんた誰だ!?」
「……あっ!? なんだ、おめぇら!?」
職人もようやくおれを見て知らない奴だと気が付いたようだ。
「新人のグリムです!」
笑顔であいさつ。
工場の音に紛れて聞こえなかったが、マクベス君がため息を吐いたのわかった。