56.鉄道列車の旅
何事も無くトライアウトが終わり、おれは新たな友情を育まんと、友の面々を道連れに帝国を巡る鉄道の旅へと向かった。
現実逃避は止めよう。
装甲列車開発のための工場視察。
ダイダロス基幹製造工場の視察。
『タイタスエンジン』製造所の視察。
『クレードル』製造所への視察。
高感応スーツの製造所への視察というか職人相手に講演……
各地に軍事顧問として出向く仕事だ。全部仕事。
おれに自由はない。
「はぁ」
自然と出るため息。
早く帰ってマクベス君とルージュ殿下の新型を仕上げたいのに。
「お前の番だ、グリム」
「あ、はい」
おれたちは今、特別仕様車両で円卓を囲んでいる。
カードゲームに興じているわけではない。
「はい、ぼくが考案したのはワイヤー仕込みの飛翔前腕兵装です」
紙に書いた設計デザインを公開する。
すると他の三人が椅子の背にもたれかかってため息を漏らす。
「ま、負けた」
「やはり本職には敵わん」
「だが、これを実現できるか?」
「前腕を飛ばすエネルギー源を考えねば」
「待て、確か爆発的エネルギーを生む起爆剤を注入する研究が」
「ぶち当たったら腕が壊れるんじゃないか?」
「そこは魔法技術で対応可能だ。確か、高度な土魔法の使い手の中に物質の強度を……」
おれたちはこれを『鉄の友の会』と名付けている。
ちなみに今やっているのは『サイクロプス』に搭載する前腕部兵装のアイデアで誰が一番カッコいいかを競うゲームである。
本日の参加メンバーは3人。
ハイホルン社のマークス・ハイホルン。
36歳という若さで次期社長。鋼材に関して詳しいおしゃれ髭なイケオジだ。
かなり偉い人だが、本人曰く『趣味でギアの研究しかしてない』という変わり者だ。前腕部アイデアは肘から噴出するジェットで加速するジェットパンチ。
「ところでグリム、お前スカーレット殿下に告白したって本当か?」
「……は?」
唐突に話題を振ったマークス。
「アイゼン侯も聞きましたよね」
「聞いたな。噂になっていた」
葉巻を咥えたマフィアのドンみたいなおじさんが追従する。
アイゼンフロスト辺境伯。
帝国にある鉄道大手企業を経営する七つの大家の一つ、アイゼンフロスト家の当主である。
とてつもなく偉いはずだが、本人曰く『もう引退してただ道楽でギアの研究しかしてない』という変わり者だ。アイデアは炸薬で発射する関節延長レールパンチ。
「振られたか?」
「なんでうれしそうなんですか? 止めて下さいよ」
なんで、知ってる? どこから流れたんだ?
いや、別に告白しないし。
友達に頼まれてたオリジナルギアの設計図案ができたから渡しただけだし。
勘違いすんなし。
「あれは、その……き、機密文章をですね、預けたとでもいいましょうか」
「嘘をつけ。何と書いたのか答えよ。王様の命令は絶対」
舌を出してお道化る小さな老人。
うわ、この人は。
レビン公国の公王カール2世。
めちゃくちゃ偉い人だが、本人曰く『便宜上王なだけで、帝国では公爵。ギアが好きでいろいろ集めてる収集家』だそうだ。いや、騙されねぇから。
ちなみにアイデアは掌から主砲。バスターキャノン。
「専用機の設計図案を書きました」
「はぁ、さすがグリム。それで落ちない女はいねぇな」
嫌味はやめろよオシャレ髭。
「それは……伝わったのか?」
辺境伯が不安を煽る。
「え?」
「グリムよ。普通女はギアの絵が描いてある紙を寄こされたら丸めて捨てるぞ」
公王が深刻そうな顔をする。
「えぇ!?」
おれは冷静に考えてみた。
確かにどうかしてた。
元気のない彼女を見て、思わず渡してしまったのだ。もっとずっと先、全部終わってから渡すつもりで持ち歩いていたのに。
渡す段になり、急に恥ずかしさが込み上げ、見たら燃やせと口走ったが、そんなものがラブレターになるはずがない。
いや、ラブレターにあるだろ? 読んだら他の人に絶対見せないでね、いらなかったら捨ててね。みたいなやつ。
スカーレット姫、本当に燃やしてそうだな。
「は? これ、意味わかんない? 燃やそ」という姿が目に浮かぶ。
「いや、そも迷惑では? グリム、お前のメモ一枚を狙う輩も居るのだぞ」
「侯の言う通り。儂なら即刻処分するだろうな」
「で、でもマリアさんに見せたら大丈夫だって言うから」
マリアさんから渡す前に検閲の義務があるとか言われて見せたら、問題ないと言われたんだけど。
「あれ、そう言えばなんでマリアさん、おれがスカーレット姫から手紙もらってたの知ってたんだろう?」
「マリアって誰だ?」
「お主に対する情報管理はしているであろうな」
「ああ、お前さんは口が軽い」
「……プライバシーってものがあるのでは? まさか、おれがウェール人だから?」
三人に全否定された。むしろ機密に関わる者としては相当自由にさせてもらっている。
いや自由にさせ過ぎだと詰め寄られた。
確かに、友達とこうして談笑できてはいるが。
「現実問題として、皇女と結婚するのなら儂の養子にでもなるか、なぁ?」
「レビン王、でしゃばるな。これ以上公国を強くしてどうする? グリム・アイゼンフロストの方がいいだろう」
「まぁまぁ、お二人共。そういう政治は抜きにしようではありませんか」
マークスが窘めるとアイゼンフロスト辺境伯は小さく頷いた。カール公王は舌を出してお道化て見せる。
「そうだな悪かった。今は遊戯に興じるとき」
「うむ……しかし、結婚となるとこの小僧、いろいろと無自覚に荒しそうで恐ろしい」
「もういいです。ぼくは仕事と結婚するので」
鉄道の旅は続く。
「グリム、『サイクロプス』の兵装、実際どれを造るんだ。実用性で一番はおれだろ」
実用性一番を決める議論が勃発した。
「いえ? 全部作りますよ」
話はどう作るかだ。
三人はにやりと笑う。
「実際作って見てみないことにはわかりませんしね」
「なら、土魔法の『硬化』が記録された疑似記録晶石は儂が出そう。伝手があるぞい」
「では私は、発射装置の燃料か。管理が難しいが用意させよう」
「鋼材全般はうちの会社が用意できる」
楽しくなってしまったおれたちは移動時間に思案を重ね、6つものパターンを用意した。
レールパンチ。
ジェットパンチ。
ワイヤーパンチ。
バスターキャノン。
ヒートネイル。
フィンガーミサイル。
これらを組み合わせ可能にする武装オプション化による換装システム。
列車が最初の目的地に到着するころ、すでにその設計資料は出来上がっていた。