5.5.カルカドの英雄
「おろ? なんだ、ドックにガキがいんぞ」
今から二年前のことだ。
ギアの整備ドックにウェール人のガキがいた。
「あの子、あれですよ。ロイエン卿のお気にの子」
「へぇ~。軍警が騒いで探したのってあいつか……」
「腕はいいみたいですよ。整備長がもう動力炉まで任せてるみたいです」
「はぁ? あんなガキにかよ。おれの『三式グロウ』触らせねぇぞ」
おれは心配になってドックでそいつの仕事ぶりを観察した。
「すげぇ……」
分解されたギアが、小気味良く、形を成していく。
それは前回の実戦で破損したソリアの機体だった。
抉れて変形した、無残な鉄塊が、蘇っていた。
その間、グリムは一度も息をつくことなく、作業をこなしていた。
「――なぁ、お前」
「あ、はい」
「フリードマン少尉だ。おれのも見てくれ」
「……いいですよ」
◇
「うそでしょ……?」
ガーゴイルとの実戦で負傷した私が戻ると、愛機『グロウ・デルタ』が完璧に直っていた。
いえ、それ以上。着装感がより自然になっていた。
「最近、調子いいなソリア」
「え、ええ……まぁね」
「みんな、お前はもうだめかもって噂してたんだぜ」
「ちょっと、やめてよ。やっと、自分の戦闘スタイルが固まってきたんだから!!」
そう、私に向いているのは後方支援でも、単独撃破でもない。
動き回りかく乱して、仲間の攻撃を通りやすくする。
それに気が付いたのは彼が私の『グロウ・デルタ』の担当になってからだった。
明らかに、以前より感応が早くなっていた。それは彼が機体に手を加える度にはっきりしていた。
「グリム君、お姉さんがお昼奢ってあげる!! 何食べたい!?」
「いえ、いいです。仕事があるんで」
「えぇ~いいじゃんよ~。つれないなぁ。ねぇ、もっと小刻みに動きたいんだけど……」
「制動出力の幅をもっと大きくしますか。感応機の精度を調整すれば」
ギアの話をすればついてくる。
かわいいなぁ。
以来、彼に構うのが日課になってしまった。
◇
「まったく……帝国軍人の自覚はあるのかあの二人は……」
フリードマンとソリアはウェール人の子供に機体をいじらせていた。
絶対の精度が求められる、現代でもっとも複雑かつ最先端な魔法動力式機械の鎧甲冑だ。
1つネジを間違えただけで異常をきたすかもしれないんだ。
それが死に直結するとは思わないのか?
「とか言ってなかったか、クラウス?」
「……た、たまたま彼のメンテナンスしたロングバレル砲を使ってみただけです」
「で? どうだったのよ?」
音が違った。
心地よく弾が爆ぜてしゃらりとバレルを通過する。
ギア本体の制動を彼に相談してみたらもっと……?
いつしかぼくは彼に注文をつけるようになっていた。
「グリム君、光学レンズはいじれますか?」
「いじれますが、これ以上高精度、高倍率の物は軍の経費じゃ買えませんよ。第一重いですし」
「うっ。そうですよね……」
「でも。バイザーの視覚装置の倍率は……」
「あげられるんですか?」
「まぁ、運動機構へのエネルギー配給率を下げてみますか。いや、サブ動力のラインをちょっと拝借して」
とても12歳とは思えないやりとりを繰り返した。
彼は実戦を知らないはず。
だが、こちらのやりたいことをくみ取って常に最善の提案をしてくれる。
ギアがぼくの能力を高め、導いてくれるのがわかった。
機乗力は【遠距離 6/10】まで上がっていた。
フリードマンやソリアに追いついたと思ったら、ソリアは【近距離 7/10】、フリードマンに至っては【近距離 8/10】まで上がっていた。
他の連中も上がっていて、ウェールランド基地はおかしなことになっていた。
◇
おれたちは死地へと向かった。
はずだった。
ガーゴイルは命があるのかないのかわからない化け物だ。基本的に俊敏性、パワー、敵感知能力全てがギアを上回っている。
それが大量にいる戦地に送られるということは死を意味する。
そういう覚悟は軍人になってからしてきた。
一体を三機一隊で討伐が最低のノルマ。
二体を相手は奇跡を願う。
三体いたら、生存は絶望的。
それが、10体以上いると聞いた。
おれも、ソリアも、クラウスも今日が最後だと思い、戦場に降り立った。
「―――これで、10体目だ!!」
「フリードマン! まだいける!?」
「おおう、ちょっと息つくってわけにもいかねぇだろ!?」
「二人共、ぼくの射程から離れないで下さいよ!? 援護できなかったら三回は死んでます!!」
「クラウス、お前も調子よさそうだから任せてんだよ!!」
結局おれたちはたった三機で30体以上のガーゴイルを討伐した。
おれたちは戦況を確実に変えた。
3日目、要塞は死守された。
おれたちは勝った。
「おい、 援軍で来たウェールランドの……おめぇらすげぇな!!」
「凄腕の狙撃手って君か? 助けられた。ありがとう」
「どうやったらあんな動きができるんだ?」
「アンタらのおかげで生き残ったよ」
「見事な高機動技だったぜ!」
武勲賞を得て、昇進したおれたちには一様に同じ考えがあった。
いつの間にかおれたちのギアは改造されていた。戦場で追い詰められて気が付いた。
動力炉からのエネルギー供給のコントロール。
特定の動きでの感応省略、サブ動力の回転数。
魔法信号増幅機の一時的臨界点突破。
全ておれたちに最適化され、追い詰められた時気が付くようにできていた。
要は裏技だ。
おれたちはグリムに助けられた。
あいつはおれたちの戦い方を導き、生き残るための術をギアの中に示していた。
「12歳の子供にどでかい借りができたな」
「そうね。帰ったらぎゅーってしてあげないと」
「喜びませんよ、彼は」
おれたちは死線を潜り抜け、英雄として凱旋した。
グリムはめずらしくおれたちが戻って来て年相応の顔で泣いていた。