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54.5 スカーレット III △

 グリムが西南部の重鎮たちと楽しくおしゃべりしているのを見つけた。


 トライアウトの夜会。

 私に足りない求心力を得るには、人とのつながりを築いておく必要がある。

 もう政治に無関心でもいられない。


 そう思っていたら、あり得ない重鎮たちと談笑しているグリムがいた。


 無理やり輪に入ったものの、意味が分からない会話ばかり。

 愛想よく受け流していたら質問攻め。


 ほどよいところで抜けさせてもらいたい。

 眼が合うと察した様子のグリム。


「姫はそろそろ営業回りに行きたいそうです」


 はっきり言うな。  


「お会いできて光栄でした。皆さま」


 グリムのおかげで好印象だった。

 幸先がいい。

 このままグリムには横にいてもらおう。


「お前の護衛がリザを独占してる。代わりをなさい」

「あ、はい」


 強引にグリムの腕を組む。彼はまんざらでもなさそうに視線を泳がせる。


 このまま夜会を楽しめれば良かったけれど、そうはいかない。

 一通りあいさつに回らなければ。

 

 私は仕事をした。


「トライアウトなんて出来レースだ。そうは思いませんか皇女殿下」

 

 唐突に酔った男が割って入って絡んできた。

 帝国軍事産業でもトップクラスの企業。

 その経営一族ルファレス家の跡継ぎ。

 甘やかされて育った問題児として有名だ。


 この手の手合いに絡まれることは想定していた。


「なんでぼくのギアが否定されなくちゃならないんだ!!」


 それはわからない。


「グリム、この方のギアにも良いところはあったでしょう?」


 グリムに話を振ってみる。

 適当に褒めれば満足すると思っていた。


「砲門を増やし、単機殲滅能力を上げるというコンセプトは間違っていないと思います。現にぼくも同じ発想を持っています」

「そ、そうだろう! なぜ、ぼくのギアはダメなんだ!!?」

「機士の眼は二つですから。両手、両肩、両足、胴体、背中にガトリング砲を搭載するというのは、無駄弾を打ちすぎます。あと、重量過多。誘爆のリスクも」


 グリムは懐から自分の図案を見せた。

 ガトリングを装甲内に格納し、誘爆とバレルの損傷リスクを回避する。

 なんだかこっちの方がかっこいい。


「く、お、お前、ぼくのアイデアを盗んだな!!」

 

 逆上した男がグリムの胸倉をつかんだ。

 とっさにその手をひねり上げてしまった。


「痛い、痛い!! 皇族は臣民にこんな仕打ちをするのですか!!?」

「こ、これは……失礼しました」


 思わず手を放す。

 しかしすでに遅かった。

 嫌な空気がその場にあった。


「皇室は軍の兵器供給に水を差すおつもりかな」

「やれやれ、最近大人しいと思えば……」

「やはり悪逆皇女だわ」


 正義感に似せた悪意ある言葉。

 自己優先的な解釈を含ませて、そこに無い出来事を捻じ曲げた言葉で在ると思わせる。


 差別と非難に火をつけようとしている。



「パパにこのことは伝えさせていただく!! パパはギルバート殿下とも懇意ですからね!!」

「帝都のテロをお忘れか!? 」


 グリムが唐突に問題を提起し男は困惑した。


「何だ急に?」

「何事も無かったようにこれまで通りその振舞いが通ると!?」


 痛烈な批判から入った。


「クラウディア殿下のご逝去で、国内外の反帝国勢力が動き始めています。西では没落貴族が所有していた軍事物資が闇に流れ、植民地では自治政府の眼を掻い潜り、銀行が防衛を口実として兵器売買に手を染めている。南でもギアもどきを用いた戦闘が断続的に続いている。その供給源には巨大な資本があるはず。調査に当たっている情報部からの報告なく深刻です」



 無視できない内容だ。

 それも、的確に問題を浮き彫りにしている。



「今はギアを主軸とした新たな戦力基盤の構築が急務です。戦いはすでに始まっていて、敵が一歩リードしている。今は戦時下なのです」


 国難に際し開かれたトライアウト。

 グリムはその意義を再確認させている。


「いがみ合い、敵に攻撃する隙を与えてはなりません」


 まるでクラウディアお姉様の物言いのよう。


 空気が変わった。


「はは、不安を煽ろうというつもりか? 信用ならないんだよ!! 帝国を語るな、ウェール人のくせに!!」


 それでも問題児は引き下がらない。

 状況がすでに違うこともわかっていない。


 同調する者がいなくなり焦る。

 この状況で関わろうという奇特な人もいないだろう。



「グリムが何を盗んだって? 低俗な設計からどうやって高度な設計を盗むんだ?」



 一人いた。


 帝国製鉄最大手ハイホルン製鉄のマークス・ハイホルン。


「ハイホルン社の御曹司だ」

「社交界に興味ないお方のはずなのに」

「グリム支部長と一緒に居られたのは見たけど」



 問題児は顔を真っ赤にするが言い返せない。

 ハイホルン社が無ければ、この男の親の会社は立ち行かない。


 さらにもう一人。


「我々の時代は鉄道を死守することに必死だった。国防の要を担ったからだ。ギアも同じだ。決してお前の承認欲求を満たすためのものではない」


 アイゼンフロスト辺境伯。

 鉄道産業とギア、機密産業に関わる七大家の長。


「『鉄道王』が動いた」

「人嫌いで隠居されたのでは?」

「さっき、グリム支部長と話されていたが……」


 そうか。

 グリムが長々と帝国について大声で話したのは彼らが来ると分かっていたからなのね。


 全く、敵わないわ。



 大きく人垣が動き、小さな老人が声を響かせる。


「帝国の軍事を支えたルファレス家も堕ちたものよ」


 西方レビン公国、公王カール。


「鉱山開発に投資事業、おまけにギアの開発、全てにおいて不採算事業と化している。兵器事業もそうなる前に軍が買い上げるべきでは?」

「そ、そんな……公王陛下……」

「お父上には儂から話そうではないか。なぁ? まぁ、ガトリング砲の一部門程度で良い。収めてやるから今日は出ていけ」


 

 ルファレス家の御長男は使用人に抑えられながら出て行った。


 拍手で称えられる西南部の重鎮たち。彼らに囲まれ、打ち解けた様子で話すグリム。

 その姿を見て遠い存在に感じた。



 ◇



「全く、お前何も知らずに話していたの?」

「いいえ、何となくお仕事とかは聞いてました」

「何となくで、西南部の重鎮たちと話すな」


 少し騒ぎから離れバルコニーに退避した。


「庇ってくれてありがとう」

「こちらこそ、問題を大きくしたようですいませんでした」

「お前は良く言ったわよ。ああいう場で上手く立ち回れるように私の方がならないと」


 本当に、私は何もできないままだ。

 自分が嫌になる。


「そうですか?」

「クラウディアお姉様が亡くなったから。私もただ機士を目指しているだけじゃだめなのよ」

「兵学校を卒業してからでも」

「それだけじゃダメよ。今は戦時下と変わらないわ」


 グリムの不安が伝わってきた。


「姫、今『クレードル』に座ってギアを支援する仕事を確立しつつあります。それなら……」

「私に安全な場所に座していろというの?」

「あ、その……」



 ショックだった。

 何もできないと思うのと、人に言われるのとでは違う。


 私はルージュお姉様にもクラウディアお姉様にもなれない。

 わかっている。

 でも、それをグリムに突きつけられた気がした。



「否定しないのね。私は皇族よ。この帝国のため身を捧げる義務があるのよ」



 そこまで言って自分が恥ずかしくなった。

 最初からグリムに頼ってばかり。


 それなのに、心配する彼の言葉に勝手にショックを受けて、腹を立てている。


 物怖じせず、自分の役目を果たす彼の存在が私には大きすぎる。



 こんなことを話したかったわけじゃないのに。


 居たたまれなくなった私はグリムの前から逃げ出した。








「姫!」



 グリムが追いかけてきてくれた。



 私が謝るべきよね。

 振り返ると、知らない表情をするグリムがいた。



「これを。見たら燃やしてください」

「え? ちょっと!」



 そう言って半ば強引に手紙だけ押し付け行ってしまった。


 真剣な顔。

 いえ、というより、あれは……


 え?


 私は問い質すかどうか迷い、ホールを出た。

 メイドが気付いて駆け寄る。


「姫様? お加減でも?」

「いいえ、大丈夫よ。すぐ戻るから」

「お顔が赤いようですが」

「大丈夫、大丈夫……」


 人気のない皇宮の廊下を自分の部屋に向かって進む。


 まさかあいつに限ってそんなはずはない。

 それに、そんはなずはないわ。


 え?


 なんで持ち歩いているのよ?



 部屋に入る。鍵を閉める。

 窓辺のテーブルに置いてみる。


 早く戻らないと。

 でも、置いて行けない。


 思い切ってそれを開いた。


 折りたたまれたそれは大きく広がった。


「え?」


 ギアの設計図だった。


 文字はスカーレット専用機とだけ。

 それ以外には単語の一つも書いていない。


「……あはっ、馬鹿じゃないの、あいつ……!」



 でもグリムらしい。

 それだけで十分。

 私には十分伝わった。


 私は『手紙』を折りたたんで戻し、掛けてあった兵学校の上着の内ポケットに仕舞った。



 ホールに戻るとすでにグリムの姿は無く、音楽に合わせた最後のダンスの時間。


「姫様、お着替えに?」

「えぇ、遊びじゃないから」


 私は着替えた紅いドレスと笑顔を武器に踊りに興じた。

 敵か味方か分からない権力者たちと。


「鮮烈で実にお美しい」

「スカーレット殿下らしいお姿よね」

「淑やかでありながら、力強くもあって素敵ですね」

「さすが、皇族の方は雰囲気が違うわ」

「この夜会の主役はスカーレット殿下ね」


 一歩ずつだ。

 私はただ頑張るしか能がない。

 それが嘘偽りのない私なのだから。


 その先に希望があると信じて、できることをやろうと決意した。

 



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― 新着の感想 ―
あ~二人の関係良いなぁ。 設計図燃やしてないけどこれフェルナンドに情報漏れるんじゃないか?
伝わっていないようで案外通じている二人。尊い…
[良い点] 原作でも頑張り屋なんだろうなスカーレットは。 ただ才能やカリスマ性は無くて、絶対的な味方も居なかった。 見えない情勢の中で足掻いて悪役にされたんだろうと思うと… グリムの居る今なら見える世…
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