54.クレードルシステム
トライアウト二日目が終了し、夜会で論議が勃発した。議題はハンドマニュピレーターを飛ばすとして、如何なる機構を搭載するかである。
製鉄会社の御曹司、皇宮御用商人のボス、鉄道王の御隠居、退役した元機士、軍事顧問の現役軍幹部たちと設計図案を書いて大いに盛り上がり、肩を組んで騒いでルージュ殿下に怒られた。
「おい、しゃべる軍事機密。私の相手をしていろ」
ごめんみんな。そんな恨みがましい眼で見ないで。
翌日。
三日目。
面白みがないか、奇抜なだけかの発表が続き、目新しいものは無かった。
「では最後に、グリム支部長。軍事兵器の今後を背負う『ダイダロス基幹』についてご説明を」
「はい」
デモンストレーションに現れたのはダイダロス実験機の『カスタムグロウ』と『ハイ・グロウ』
皇宮の広場で二機の戦闘が始まった。
両機ともに装備は剣。
ガーゴイル討伐用の『対特殊装甲剣』
機体の動力炉が唸り、小刻みに『ポップ』して距離を測りながら両機が弧を描いて移動する。
動力炉を温めている。
先に動いたのは『ハイ・グロウ』
大きく踏み込むように突きを放つ。
『カスタムグロウ』はそれを一歩引いてギリギリ躱す。
攻撃後『ハイ・グロウ』の退き。それに合わせ『カスタムグロウ』が斬りかかる。
真っ直ぐ振り下ろされた剣を、軸をズラしてすれすれで躱す『ハイ・グロウ』
互いに剣の間合い。
火花が散り、剣が激突。広場の舗装路が陥没する。
「おお、なんと!」
「迫力が違う」
「スピードもパワーも並ではない」
列席からどよめきが伝わる。
力比べで両機は互角。
刃の咬み合った剣。
力のかけ方次第で大きな隙を生む、勝負の分かれ目。
絡んだ剣の切っ先を下に向け、肩でぶつかり合う。
離れ際、肘と肘がぶつかり合う。超高度な腕部魔力操作技術。
切っ先同士が互いの剣を滑り、火花を散らし、機体へと向かう刃を逸らし、相手の態勢を崩す。
両機はバランスを崩すことなく、受け流されれば即守り、攻めに転じた。
「凄まじい攻防だ」
「互いに一歩も引かんな」
「ここまでのクロスコンバットはなかなかお目に掛かれんぞ」
位置が目まぐるしく入れ替わり、流れるように攻め、止まることなく、守り続ける。
そろそろか。
ストップの合図で、両機が止まる。
『カスタムグロウ』の方が即、膝を着いた。
全員スタンディングオベーション。
拍手喝采。
『ハイ・グロウ』にはもちろんルージュ殿下。
ハッチを開き、ワイルドに飛び出し、『カスタムグロウ』を見つめる。
「さすがは帝国最強の機士」
「ルージュ殿下と渡り合うとは相手の機士も並ではない」
「グリム支部長の護衛、マクベスでしょう」
「カルカドで『紐付き』と戦ったという、あの?」
「要塞では畏怖を込めて『スタキアの牙』とあだ名されているらしい」
「日に三度、壊れたグロウで単機出撃したと聞いたぞ。それも何の装備も無く」
「誇張だと思ったが嘘ではなさそうだ」
「ただの一度も紐付きの攻撃を食らわず戦ったとか」
「しかし、どこが『ダイダロス基幹』の発表なのでしょうか」
「機体は確かに並外れて滑らかな動きをしていたが、ただの天才機士の腕前披露に見えましたな」
そして、『カスタムグロウ』の胸部ハッチが上に開き、顔を覗かせのは汗だくで泣きじゃくる青年。
「誰だ、貴様!?」
ルージュ殿下の誰何に悲鳴を上げる青年。
「彼は軍兵学校の機士課程訓練生です」
軍兵学校のパート君。
一年です。
「どういうことだ?」
「あれほどの動きを、訓練生が?」
「マクベスに次ぐ、天才か?」
「いや、いくら何でもそれは……」
ただ紹介しても芸がないので、少しばかり趣向を凝らした。
種明かしだ。
「彼には強力なサポートを付けていたんです」
サポート用の貨物車から現れたのは杖をついた老人。
「あ、あの方は……」
「『帝国の矛』、ウィリアム・ヘル卿」
「引退されアラカド地区方面でギア廻しの教官を務めているはず……」
退役した元機士のおじいさん。
昨日夜会で仲良くなった。というか同志。
「いやー、久しぶりに楽しかったね。グリムちゃんありがとねー」
「先生……どうして?」
「ルージュ様は相変わらずだねー。攻め焦り過ぎよ。もっと相手を引きつけてね」
「……そういうことですか」
そういうことです。
ウィリアム・ヘル。彼にはサポート用の複座に座ってサポートをしてもらった。
おれはこの複座型拡張信号通信支援システムを『クレードル』と名付けた。
「機士の現役時代は短いですが、この複座なら、現役を退いた方、負傷し引退された方にも遠隔での操作が可能です」
ギアと違って鎧を纏い、肉体を動かす必要がない。
高感応の感応機で魔力の流れを読むため、訓練で動きと魔力の流れをリンクさせた元機士なら遠隔でもギアを動かせる。
「ダイダロスがあれば、諦めた夢も希望に変わります。機士の育成にもいいでしょう。一人息子を戦場に出したくない方はいませんか? この『クレードル』さえあれば、解決するかもしれません。機士に向いてない? 大丈夫です。『クレードル』には魔力供給という仕事もあります。スキルを持っているならなおチャンスです! さぁ、あなたも『クレードル』を使った仕事を始めてみませんか? 今なら無料体験実施中です!」
発表というより体験コーナーと化した。
物珍しいのか列席者の中にも結構やりたいという人がいて、中々に盛り上がった。
「まさか、ギアと機士の関係をここまで変えるとは」
「いや、それどころではない。これまで見過ごされてきた人材が、思わぬ宝にもなり得るのだ」
「ヘル卿のように怪我やお年で引退された方にもまだ活躍の機会があるだろう」
「育成の効率アップにもつながるであろうな」
「こ、これは革命的だ。グリム・フィリオン……こやつたった一人で帝国の軍事力を底上げしおった」
「これが広まれば帝国は盤石。反乱を起こす気にもならなくなるだろう」
好評の内にトライアウトは終了した。
「マクベス君の専用機は発表しなかったんだね」
フェルナンドが探りを入れてきた。
「何のことですか?」
「正式に外注したパーツで大体想像は付くよ。まぁいいさ。技術管理庁への報告だけは怠らないように頼みますよ、ウェールランド支部長?」
「心得ております、殿下」
おれが『ダイダロス』の情報を出し渋らなくなったことが不思議なのだろう。
機体情報など隠す必要はない。
きちんと報告するさ。
ただし、その本当の性能を見るとき。
それはお前の物語が終わる時だ。
「次の勝負を楽しみにしているよ」
「えぇ、ぼくもです」
一つの山場を越えて、最終日の夜会。
ヘラー伯爵のかったるい挨拶を無視して同志たちとたのしい構造図案を囲んでキャッキャと盛り上がった。
しかしまた、彼らの恨めしい視線を向けられることになる。
振り返るとそこにいたのはルージュ殿下ではなく―――
「着飾った女より、ギアが好きなわけ? ギアと結婚すれば?」
淡い色のドレスを着た美女が腕を組んでおれを見下ろしていた。