53.飛ばない手のサイクロプス
初日、豪勢な夜会。
自信のない二日目発表者たちに囲まれもみくちゃにされた。その翌日。
トライアウト二日目。
消化試合と思っていた発表の中に、とんでもないものが紛れ込んでいた。
会場入りしたギアを見て、それがフェルナンドの仕掛けたものだとすぐに気が付いた。
「『ハイ・グロウ』だと?」
驚きを隠せないでいるルージュ殿下。
見間違うのも無理はない。
サイズ感が『ハイ・グロウ』と同じなのだ。
通常のギアより一回り大きい。全長3メートル以上の巨体。
だが、明らかに『ハイ・グロウ』とは違う。
黒い装甲。
ギアを掴めそうな巨大ハンドマニュピレーター。
「ご紹介しましょう。『サイクロプス』です」
登壇したのは七大家の一つ、アズラマスダ家の技術者、そしてフェルナンド皇子。
「この度、フェルナンド皇子が設計された機体をアズラマスダ家で製造致しました。まずはそのパワーをご覧ください」
ボディに対しアンバランスなほどに大きな手。
それを握り込んで振りかぶり、用意されたガーゴイルの装甲を上から叩き潰した。
また別の標的へタックルをかまし、粉々にした。
今度は掴んで、握り潰した。
センセーショナルなデモンストレーションに列席者たちは度肝を抜かれている。
フェルナンドが、その正体を明かす。
「この機体には最近開発された大型動力炉W16ターボ『タイタス』を搭載しています。その力を存分に引き出すパワフルかつタフネスを兼ね備えた機体です。重装甲とハイパワー、加えてスピードは従来の『グロウ』と同等かそれ以上です」
驚いた。
『タイタス』はおそらくおれが造った動力炉だ。
まさか、本当にこうなるとはな。
「グリム……どうなっている?」
絶大な力を見せつけられ焦りを見せるルージュ。
「ご安心を殿下。あの機体には4つの大きな欠点があります」
「グリム支部長。発言がございましたらどうぞ」
聞かれたなら答えよう。
「欠陥品です」
フェルナンドは表情を変えない。
「それは……手厳しい意見だ」
「その重量で動き続けるには膨大な魔力を消費する。メイン動力炉だけでも相当消耗する。姿勢維持の記録補助にも常時魔力を使い続ける。『グロウ』相当の速さを出せるのはフル回転のブースト状態でしょう。戦闘に関われるのはせいぜい5分から10分というところだ」
おれの容赦のない指摘にフェルナンドは拍手で返答した。
「さすがですね、グリム支部長。ご指摘通り、この機体は未完成です」
案外あっさりと認めたな。
「ですが、その魔力供給に関してはすでに大きなブレイクスルーが起き解決策があります。他でもない、グリム支部長の開発した『ダイダロス基幹』です」
「フェルナンド、貴様!! 技術を盗もうというのか!!」
「とんでもありません。ただ、この機体は『ダイダロス基幹』を搭載し、初めて完成する。その前提で開発を進めました」
厚かましいというか合理的というか。
「技術者として、グリム・フィリオンには敵いません。彼は帝国史上最高の天才エンジニアです。ですが、その設計思想は凡庸な人間には向いていません」
確かに、おれの設計は量産に向いてない。
「ぜひ、凡庸な発想を受け入れて欲しいものです」
おれを共同研究に引き込む気か。
甘いな。おれはそんなに安くはない。
「私は軍の決定には従います。ですが、欠点はあと3つあります」
「……ほう、というと?」
「環境対応能力が低い。ほとんどの土地でその重量は走行困難でしょう」
その証拠に、走行チェックをすっ飛ばしている。
「それは『ハイ・グロウ』も同じでは?」
「『ハイ・グロウ』を使用するのはルージュ殿下です。機士としての能力でそこはカバーされています。ですが、『サイクロプス』は量産機。おそらく操作を容易にするための補助がつけっぱなしだ。例えば急こう配を登る際、関節可動域はこのままでは登れませんよね? かと言ってマニュアル操作に切り替えたとしてどれだけの機士にその機体が制御できるでしょう?」
フェルナンドは言葉に詰まっている。
「貴様、ウェール人の分際で言葉が過ぎるぞ!!」
「分を弁えんか!!」
「調子に乗るなよ!!!」
おれはルージュ殿下の背に隠れた。
「あ、ああ!!」
「このぉ……」
「おのれ、殿下の御威光を盾に好き勝手と……」
「なんだ? 私に文句でも?」
殿下にひょいと前に出された。
「続けろ」
「はい……加えて申し上げると、『サイクロプス』には相当な製造コストがかかります。輸送コスト、整備のランニングコスト、コストだらけです」
「この機体は指揮官機を想定し、限られた機士にのみ与えられる。それならいかがでしょう、支部長殿?」
ものは言いようだな。上手い逃げ方だ。
だが、おれの追求はまだここからだぞ。
「なるほど。では最後に。これが最も重要です」
「ん? ま、まだ何か?」
この『サイクロプス』最大の欠点。
それは巨大なハンドマニュピレーターだ。
「なぜ、飛ばないのですか?」
フェルナンドは首を傾げる。
とぼけやがって。
「この、巨大な手がなぜ飛ばないのかという質問です」
「……えぇっと、グリム君。何を質問されているのかわからないな……」
「お〜やおや」
呆れてしまったね。
メカに、この巨大なハンドパーツが付いていたら、普通の神経をしていれば、たのしい仕掛けをしてしかるべきだ。
いや、こんなに飛びそうなのに、飛ばさないだなんて思わせぶりな設計は欠陥というより諦めだ。
飛ばせよ、鉄拳!?
「『ダイダロス基幹』を利用するのに、こんな妥協した機体を持ち出すなんて、メカへの冒涜です!!」
「グリム? わからん。私にもわからんぞ?」
「いいですか、殿下? 男子たるもの、特殊なハンドパーツを搭載した機体を造るなら、飛ばすか光らせるかビーム兵器を搭載するのが義務なのです!」
「ん? んん……???」
ルージュ殿下は女子だからな。仕方あるまい。
「ビームとか、そこまでは求めません。この時代にはまだ無理でしょうし!! ですが、せめて飛ばすぐらいはできるでしょう!? 一体どう飛ばすのか、ワイヤー接続? それとも関節延長? 回転式? とかいろいろ期待だけさせておいて何ですか、ただ大きくて重いって。期待外れ、大いに腹立たしいですね!!!」
フェルナンドが得体のしれないものを見るかのように口をパクパクさせている。
「な、なにを―――」
「全く以てその通りだ!!」
当然、列席者たちから賛同の嵐。
「飛ばすべきだ!! 飛ばせるなら!!」
「うむ……私もなぜか頭に浮かんだ。如何にして飛ばすのか……」
「逆になぜ、飛ばさないのだ? 必要な気がするぞ!!?」
腕部の特殊兵装はロマン。
かっこいいは勝つという方程式。
これを無視することは健全な男子の夢と希望を打ち砕く非人道的な行為だ。
「やるなら、中途半端は良くありませんよフェルナンド皇子」
「だ、だけどね……手を飛ばしても大した兵器にはならない。効果的な兵装とは思えないし、飛ばすにしても、相当な魔力を消費してしまう。量産するのにもシンプルであるべきだと思う」
「え? そんな話してませんよ」
「え? わからないな」
やはり、フェルナンドとは相容れないな。この変人とは。
「メカは全て合理的であってはならない。ちょっとした非合理性がロマンを生むのです。メカはかっこよくなければならないんだ!!! かっこいいからいいんだ!!」
「わ、わかったよ。なら腕部改修は君がしてくれ。全面的にお任せする。私は手を引かせてもらう」
「いいでしょう」
思いがけず、いい仕事を手に入れてしまった。
いよぉっし、飛ばすぞー!
◇
「どういうつもりだ? 誘いに乗るとは」
発表後、ルージュ殿下に人気のない裏庭に連れていかれ壁ドンされた。
「安心してください。想定内です」
「興奮して我を忘れていやしなかったか?」
「ぼくは『ダイダロス基幹』の開発推進を後押しされる。それをフェルナンドも望む。それは分かっていました」
本来帝国における『ダイダロス』系の普及は、帝国の転覆を目論むフェルナンドにとって脅威だ。
だが、奴は気付いている。
『ダイダロス』系の最大の欠点に。
奴はその欠点が帝国軍全体に波及するのを期待している。
『サイクロプス』を見て確信した。
それに、あえて乗った。こっちも無策ではない。
「計画の内か」
「はい」
「なぜ言わない」
「マリアさんが、殿下には腹芸をさせるより、素で反対させる方が効果的だと」
「ク……マリアが?」
ずっと恐れていたこと。
それはフェルナンドの知能だ。
奴はおれより頭がいい。植民地の裏組織のほとんどと繋がりながらもしっぽを出さない。
対抗する手段は原作を知っているという点だけだった。
しかし、今、奴に匹敵する頭脳の持ち主が味方についた。
彼女のことをフェルナンドは知らない。
「ぼくは技術者です。作戦は、全てあの方に」
「……ふん、そうか」
とりあえず、最初の対決はこちらの勝ちだ。
奴は合理的に最適解を求めるがゆえに、その行動には確実に読める部分が生まれる。
マリアさんは読んでいた。
『タイタス』を用いた『ダイダロス』搭載を前提とする次世代量産機をフェルナンドが造ってくるだろうと。
全く大した人だ。
奴の紡ぐストーリーはすでに始まっている。原作でいえば二話目ぐらいか。
全てのストーリーは終わりへと向かう。
ただし、終わらせ方は我々で決めさせてもらおう。