52.クラスター
緑の機体『クラスター』、いや『イマーゴ』だったか。
性能チェックのための走行――南部の砂地、西武の湿地、北の寒冷地、東部岩石地帯など、過酷な環境下を模したコースを走らせた。
結果はグロウと変わらず。
砂地で脚を取られ、動きが緩慢に。
湿地で脚を取られ、動きが緩慢に。
氷雪に脚を取られ、動きが緩慢に。
岩石に脚を取られ、動きが緩慢に。
おれは高評価をつけた。
司会進行役がその評価に疑義を唱える。
「動きは平凡でしたが?」
「バランスがいいんです。調整次第で機士の能力を発揮できる。隊の編成をする上で役割分担が明確になります」
原作準拠。
『イマーゴ』は『グロウ』シリーズの正式な後継機だ。
遠距離、近距離に合わせた機体スペックの拡張が可能。
狙撃特化機、近接パワー特化機、防御特化機など機体そのものに拡張性がある。
「しかし、根拠に乏しいですね~」
「数字で示していただかなければ」
「我々にはさっぱりだ」
会場の反応はいまいち。
ルージュ殿下に頬をつつかれた。
「見くびられるな、私の専属が」
「あ、はい」
おれは急いで、考えをまとめる。
「えーっと、設計図が無いので予想ですが、『イマーゴ』はグロウと比較して大幅にパーツ数が少ないはずです」
開発者はギョっとしてる。
「各レース後のメンテナンス時間をぼくは計っていました。平均の半分です。かなりの効率化を実現し、パーツ数を減らしているはず。それから、各参加者の破損部品数においても、『イマーゴ』は少ない。効率化の結果機体の耐久力が増している証拠です」
「なるほどな……」
マクマード中将が破損パーツ数を公開した。
量産型はこの破損パーツ数はかなり重要だ。予算に直結する。
「しかし、結果は平凡であることには変わりはないだろう」
「いえ、効率化された機体には拡張性という伸びしろが大きくつきます。むしろ、そういったカスタムを施さず、現行機と互角であることは評価に値するかと」
「え、えー発表前ではありますが……これを受けてフェルナンド皇子殿下はいかがでしょう?」
フェルナンドは資料をパラパラとめくり、思わせぶりな間をたっぷり使って、列席者からの関心を十分引き付けてから口を開いた。
「グリム支部長の言う通り、整備する側からすると、『グロウ』系で苦労する問題が解消されている。とても現場主義的な思想を感じる」
「な、なるほど。では、開発責任者より説明を」
あまり冴えた発表ではなかった。
いやわかる。この空気の中、発表することはおれたちエンジニアタイプには普段縁のないこと。
だが準備はしてこい。
落ちたらどうする?
発表はたどたどしいかったが把握した。
拡張性があるというだけでまだ専用拡張パーツまではできていない。
なるほど、アイデアはあって本体は作ったが装備には手が回らなかったと。
「確かに量産向きだ。しかし、拡張性に具体性がない」
「装備を持つことは『グロウ』もできる」
「機体性能自体が平凡では作る意味が――」
でた。権力者特有の足の引っ張り合い。
こういう想像性のない者たちはこの場に相応しくない。
「評価しているのはフェルナンド皇子とグリム支部長か」
フェルナンドが口を開く。
「私はグリム支部長の具体案をぜひ聞いてみたい」
こいつ、おれを試してるな。
受けて立とう。
「強化外部補助の追加とでも言いましょうか。スプリントチャージャーの外付け、パワーアームの追加、多段階装甲……兵装ではなく機体性能その物の拡張性が『グロウ』系の難点でしたからね。そこをクリアしていると言えます」
司会進行役が難しい顔をする。
「うん? グリム支部長、スプリントチャージャーをどうすると?」
「いやですから……」
「支部長前に出てきて説明をしていただけませんか?」
フェルナンドに促された。
「かしこまりました。殿下」
発表者はおれじゃないんだが。
要はオプションパーツをいろいろ装着可能になるということ。それを可能とするのはフレキシブルな動力ラインと無駄を省いたバランスのよい設計。
パワー、スピード、タフネス、正確性。どこを足し引きすると良いか。
それぞれのパターンを大まかに説明した。
「オプションといっても既存の設計の流用で事足ります。グロウのパーツを使えばいいでしょう」
説明すると風向きが変わった。
場内の高貴な人間同士の議論が活発になる。
「そうか、単純にパーツの差し引きが可能ということか」
「うむ……オプションと言ってもグロウの脚部パーツを流用できそうだな」
「基礎フレームの他にさらに補助フレームを増やせるのか」
フェルナンドが拍手をするとつられてパラパラと拍手が鳴った。
おれが席に戻るとルージュ殿下はあきれた様子だ。
「見てみろ、先ほどまでごねていた連中が舌なめずりだ」
金のにおいがしたら急に貴族連中が喰いつき始めたな。不良在庫になる『グロウ』系のパーツが転用できるなら、製造管理権を持つ上級貴族たちにはおいしい話だ。
「『グロウ』系が下火になれば、製造に携わる方々は倉庫ストックやら製造ラインやらで大損でしょうし、仕方ないのでは?」
「それは政府が買い上げる。闇に流れては困るからな。だが、言えない在庫もあるのさ」
「あと腐れなく処分できるといいですね」
「まったくな」
何はともあれ支持者が増えた。
次々に意見を述べる技術者たち。
「では最後に、グリム支部長」
またかよ。さっき話したじゃん。
「ぜひ総括を」
「言ってやれ。わかりやすくな。内容が分からない馬鹿もいる」
「聞こえますよ、殿下?」
ご要望通り、端的に評価した。
「機士に合わせた特化型調整。私が半日かけてやる作業も、これなら数時間で済む。それも、整備士なら誰にでもできる」
列席者から感嘆の声が漏れる。
「それは魅力的だな」
「機士に合わせたあの調整が……?」
「なら敵戦力に合わせて……」
「小隊規模での戦力調整もスムーズになるな……」
発表者も拍手している。
いや、あんたはもうちょっとがんばれよ。
軍関係者からの評価もじわじわ上がってきた。
「特化型数機での戦闘力はクラスター戦術として実績があったな。カルカドの英雄がまさにそうだ」
「群れか……確かに、ギアは一機が強力な戦力だが、量産機の理想は集としての活用」
「群にして一。変態を遂げた特化機体はクラスターとして真価を発揮するというわけか」
「『クラスター』か……」
『イマーゴ』だったのにいつの間にか『クラスター』と呼ばれた。
量産、整備、編隊においてコストが低く実戦的で運用しやすいとの見方で一致した。
一日目にして、ほぼ『クラスター』で決定の雰囲気。
ぷんぷんだったルージュ殿下もスンとしている。
「存外、いいものが見れた」
「それは何よりでございました」
「あれではない」
「と、いいますと?」
ルージュの視線は弟を追っている。
「随分と気に入られたな」
「そのようですね」
何か勘付かれているようだ。確実におれを意識している。
恐ろしい。
だが、おれは一人ではない。
戦う覚悟はもうできている。
トライアウトは初日にして『クラスター』の話題で持ちきりになった。
だが、二日目、フェルナンドが仕掛けてきた。