50.5 マクベス II
3か月前。
カルカド要塞に派兵された。
おれはグリム君の護衛。だが同時に軍属であるため、高官からの命令には逆らえない。
半ば強引に呼び寄せられ、自分が試されていると悟った。
グリム・フィリオンの機士に見合うのかどうか。
おれはギアの操作がどうやら上手いらしい。
しかし、戦いの経験が少なすぎる。
「マクベス君だよね。気にしないでいいよ。みんなあなたが羨ましいのよ」
「情報部の方ですか?」
「よ、よくわかりましたね」
雰囲気で分かった。
「おれをここに呼び寄せたのはあなたですか?」
「そうです。多少強引な手を使えば、ルージュ殿下の傘下に居ても、こういう状況は作り出せると分かってほしかったんです」
「意味が分からない」
「これからあなたは作戦を言い渡されます。単機で敵をおびき寄せ、足止めし、応援を待て、と」
「それが?」
「わかりませんか? スタキア人の兵士の扱いとはそういうものです」
命なんてあってないようなものだ。
要するに彼女はこう言いたいんだ。
死にたくなければ、自分の密偵を務めろ。
グリム・フィリオンについて探り、情報を流せ。
おれは断った。
「あなたには実績がない。軍での訓練経験も無い。それでこの先、このような状況に追い込まれたとき、グリム・フィリオンが助けてくれるとでも?」
「もう助けてもらった」
だから、おれは自分の存在価値を示す必要がある。
彼の機士に相応しいと、誰もが認める存在でなければならない。
だが、おれは自分が未熟であることを痛感させられた。
「はぁ、はぁ……」
おれはやはりグリム君に頼り切っていた。
支給された『グロウ』は反応が悪く、身体に完璧にフィットしない。
ギアの扱いを簡単なものだと思っていたが、それはグリム君の整備ありきだ。
そして、最前線の兵士の戦いというものをなめていた。
「これが、ガーゴイル……」
ゴツゴツとした岩場に潜むガーゴイル。
見た目は身をかがめたギア。しかしその動きは獣そのもの。
おれは知らなかった。ずっと解体を請け負っていたのに。
ガーゴイルには尾があったのか。
「ぐぅ、速い!!」
模造ギア相手なら経験があった。だが、全く別物だった。
その尾は鋭く縦横無尽に突く槍のような動きをする。
「前線の機士は、こんな化け物と戦っていたのか!!?」
おれは対応しきれず、すでに装甲の二割を献上していた。
ガーゴイルは金属を食べる。取り込むというべきか。
そのガーゴイルは3メートルを優に超えていた。弾が無駄だと遠距離武装は支給されなかった。中距離ではあの尾がある。
かといって接近戦に持ち込んであの図体をどうにかできるとは思えない。
「はぁ、はぁ……か、勝てない。どうする、どうする?」
機体を稼働させ、すでに1時間が経っていた。
ガーゴイル一匹にこの体たらく。
ガーゴイルが尾を放つ。
「一か八かだ!!」
手元のマニュピレーターハンドルを一瞬放し、その根本の親指側にあるスイッチを押し込む。
おれは思い切って関節可動域の制限を切った。
「これなら!!」
ジャンプ機構で脚を跳ね上げ、アンカーボルトで迎え撃った。前蹴りのような姿勢になった。
衝撃がもろに足から全身に伝わる。
身体強化スキルで耐える。
「機体が……負ける!」
正面からは機体の損壊を招くだけだ。
感覚強化スキルを併用し、尾の軌道を逸らす。
「うぉぉぉぉぉ!!!!」
残り少ない魔力を消耗し、ブーストモードで何とか蹴りを合わせる。
尾の連撃を蹴り飛ばし続ける。
「おおおおおおおぉぉ!!!」
旧型のグロウでは上半身にこのブーストモードの動力伝達が発揮されない。
全て、脚に賭けた。
「ぐぅぅぅぅぅ!!!」
いよいよ魔力が尽きる。
その時になって見計らったかのように応援が到着した。
敵は取り逃がした。
要塞に戻ると誰も話しかけてこなかった。あの情報官すらも。
「あいつ、なんでまだ生きてるんだ?」
「おかしいだろ……どう戦ったらああなる?」
「交戦に一時間って……」
皆おれへの皮肉と苦言を口にしていた。
何一つ反論できなかった。
おれはその後も出撃した。目障りなのか「休め」と命じられたが、無視した。
ガーゴイル一体も討伐できないようでは、情けなくて戻れない。
しかし何度挑戦しても、機体の損壊を招くだけだった。自分がうぬぼれていたと知った。
その『紐付き』と呼称されていたガーゴイルは後にルージュ殿下が到着後すぐに討伐された。
あっという間だった。
「帰るわよ、マクベス。ここは空気が悪いわ」
「……はい」
結局おれは何の成果も上げることなく、逃げ帰る形となった。
無力感だけが残り現在に至る。
◇
おれはレースで巻き返しを図ろうと気が焦るあまり、機体限界を見誤った。
圧倒的アドバンテージを有していながらおれは殿下にあっさりと敗けた。
彼女が果たして本気だったのかも怪しい。
「競い合う相手がいることはいいな、マクベス!」
ルージュ皇女殿下は『ハイ・グロウ』の胸部ハッチを蹴り開けて、するりと倒れたギアの上に立ち上り、ギアから抜け出せないおれの元に駆け寄って手を差し伸べた。
おれを止めるために一緒になって横転したのが殿下の機体だと気づいたとき、頭が真っ白になった。
「申し訳ございません、殿下」
倒れた機体から見上げる殿下は快活に笑っておられた。
自分が機士だったことをようやく思い出した。
彼女が、存外気さくで自分を認めて下さっていることも。
力強いその手を掴み、おれは歪んだフレームに挟まった身体を何とかギアから解放した。
がしりと首に腕を回された。
「で、殿下……」
「卑怯だと思うなよ? 機体のトラブルも関係ない。私は勝つべくして勝った」
「おれが未熟でした」
「ふん、天才の憂鬱か? 生意気なやつめ」
殿下はおれの胸を小突くと倒れたギアの上から軽やかに飛び降り、平然と歩く。
ギアを着装して全力で駆けると、自分とギアの境目があいまいになる。
まだ、身体に鋼鉄の鎧がまとわりついているような錯覚に陥る。
足のだいぶ先に金属の底裏を感じずにはいられない。わずか1メートルほどのギアの胴体から飛び降りることができず、座り込んでのそのそと降りた。
無様だ。
この最高の機体ダイダロス搭載型で、敗北を喫してしまったことだ。
グリム君に申し訳なかった。
「……実験機で帝国最強の機士に敗けてそこまで悔しがるとは……やっぱり君はSSR級だな」
おれは、グリム・フィリオンという男を良く知らない。
知り合って一年以上たつが、彼という人間は理解が難しい。
会話の間に挟まるグリム語は誰にも理解不能だ。
ただの重機乗りだったおれが、今やガイナ帝国の機士。
皇女殿下と競り合い、名前を呼ばれる。
流されるままおれはここに居る。
この恵まれた環境をおれだけが享受していることが後ろめたい。
スタキア人の平均年収の十倍をおれはひと月で稼ぐ。
その報酬に見合う働きをしているという実感がないのだ。
おれはレースで絶対に勝つつもりだった。
自分の存在価値を示し続け、おれに対する盲目的なグリム君の信頼と評価に報いなければならない。そういう決意をした。
おれはグリム・フィリオンという天才の間違いであってはならない。
彼にとっておれがどういう存在であっても。
◇
「マクベス君、バッカですよー!」
「は?」
そのことを付き合いの長いグウェンに相談してしまった。彼女のことはグリム君の次によく分からない。
「グリム君ほど友達甲斐のないやついませんよ。私たちのこと『SSRキャラ』とか『二期メン』とか意味不明な呼び方するときあるし」
「ああ、あれなんだろな? リザのことは『推し』って言うんだけど」
「ろくでもない感じしません?」
「するな」
「それに恩だの役目だの考える必要ないですって」
「身もふたもないな」
「だって事実ですし。まぁ、私はそんなグリム君を見捨てずお姉さん的立場で見守って行こうとは思ってますけど」
意外なことに彼女と話しておれは一つ、気づきを得た。
ふと眼に止まったレイナさんに尋ねてみた。
「あの」
「はい、なんですかマクベスさん」
「……おれって、変ですか?」
「……はい?」
「いえ、他の人と何か違うというか……理解し難いところがあったり……」
「自覚なかったんですか?」
そうだったのか……
「マクベスさんが専用機に乗ったらどうなってしまうのか、楽しみですね」
「おれが……専用機?」
「なんか、グリム君が、マクベス君のテクニックに耐えられる機体をつくるって意気込んでましたよ」
そうだ。立ち止まっているのを待ってくれるほど彼は甘くない。
おれは恐る恐るルージュ殿下に自分から話しかけた。
「おれと試合をしていただけませんか?」
殿下は不敬な願いを申し出たおれへ、ギラギラとした眼を向けた。
「手加減はできんぞ?」
「ぜひそうしてください」
機士として役目とか、彼に救われたものの義務とか、友人としての意義とか。
いろいろ考えるのは止めた。
ただ彼が知るおれを超えていく。
無茶をしないとは約束できないが。