50.デッドヒート
複座から発せられた魔力は自動的に複座で増幅され逆流を引き起こし、マクベス機に流れ込む。
Lライン接続により、複座を経由することで主操縦者へとより強力なスキルコンボ効果が発生する。
感覚強化型スキル『超感覚』×3
《マクベス機、下り坂の難所で加速しながら降りていく!! 早い! いや……これは》
約2トンの鉄の塊が、地面を這うようにして急制動をこなす。
片手と片膝を用いた4点ドリフトターン。
そこからアクセル全開のジャンプ機構。
《コーナーに土煙が爆ぜる!! まるで獣のような動き! これがギアなのか!!》
「二人共、魔力供給に専念を」
もはやあれに合わせてサポートするのは邪魔になる。
「圧倒的ね」
「いえ、これは想定外です」
「というと?」
「マクベス君のテクニックに、機体が耐えられるかどうか……」
4点ドリフトターンは機体への負担が大きい。
一見衝撃を分散しているように見えるが機体をかがめる態勢は関節駆動域ギリギリ目いっぱいだ。
あれではショックアブソーバが衝撃を殺し切れない。
「衝撃を殺せないので負荷が各関節に蓄積する。それに、マクベス君本人にも、急制動の負荷が掛かります」
《後続の集団でも間隔が空き始めました! フリードマン機が三番手で大きく抜けた!! カルカドの英雄、『粉砕棒』がレースでも魅せる!!》
さすが、現役は違うな。機体差では相当劣るが……さてはこのコース、ちょっと練習したな?
その後ろにノヴァダ卿。さすがベテランだ。
パルジャーノン家のジル機は下りでかなり慎重になったな。
ウェールランド基地の軍人たちに追い抜かれている。
「やはり、勝負を左右するのは人間ですね」
「そのようね」
マクベスの『カスタムグロウ特式』が失速した。
《おっと? これは機体トラブルか!!? 下りを抜けたところで、スピードダウン! その間に後続ルージュ機が抜き去った!!》
ここからは緩やかな直線ライン。
途中から軍の舗装路だ。ダイダロスでの高機動なら直線で追い上げ可能。
まだ勝負は決まってはいない。
《グリム君、何秒で直せる?》
「20秒だ」
おれは複座に着いた。遠隔操作でマクベス機を動かす。
自動装甲パージ。脚部の機関部を露出させる。
マニュピレーターを遠隔操作し、点検。
『状態検知』は使えないから目視だ。
膝に動力がいかない。何か咬んでる。
目視で確認できるシリンダーに歪みはない。となると厄介だ。
負荷の掛かった状態でジャンプ機構を連続したことで膝のアクチュレーター内の問題が起きたか?
「無理だ……ギアのマニピュレーターで細かい作業は……」
「工具も無いのに、どうするつもりだ?」
「あそこは無理だ。一度分解しないと直せないぞ」
頭の中で構造から問題点を洗い出す。
主軸沿いはそう簡単にいかれない。となると減速用のウィールホイールか……? もしそうなら……オイルの固着でもない限りロックはかからないはず……
固着か……? 急減速の繰り返しとターボ付きジャンプ機構の連続でオイルが熱劣化した可能性が高いな。
《おっと……止まったマクベス機、脚部を叩いているぞ!! これは諦めたか……悔しいがここまでのようです!!》
原始的な解決方法が時に最も効果的だ。
固着でつまった不純物を振動で動かしながらアクチュエータ―を無理やり起動。
詰まった歯車の回転を前後することで滑りを復活させた。
「行けるよ、マクベス君!」
《よし!!》
マクベス機が復活した。
《おっと、動いた!?》
「叩いて直しやがった!!」
「まぐれか?」
「あんなピンポイントで? 狙ってやったのさ」
「いや、そんなことありえるのか?」
応急処置だ。
無理やりだから片脚を止めたらもう動かなくなるだろう。
「マクベス君、左脚の減速はもうできないよ」
《いいさ。ここから加速するだけだ!!》
マクベス機が追い上げを見せる。
ここからが真骨頂だ。
レース後半、魔力が少なくなるこのタイミング。
回転数を上げた大型動力炉が唸る。
「魔力供給全開だ」
複座から魔力供給が開始され、マクベス機はグングン加速していく。
「スキルコンボ、身体強化、『超敏捷』」
ライン形成のフォーメーションを再び変更。通常サポート用【トライアングルA】からスキルコンボ発動専用【ダイレクトL】へ。
複座に座る二人にも疲労が見える。
「がんばれ、あと少しだ」
《もう無理かと思われたマクベス機が怒濤の追い上げを見せる!! 早い、早いぞ!! まだ加速していく!!! さらに、さらに加速する!! そして、とうとう、ルージュ機の後ろに追いついた!!》
平坦な路面。
マクベス機はそのままスピードを維持し前に出る。
《しかし、ルージュ機も負けていない!! これはすごい、両者引きません!!》
白熱するレースに、ウェールランドが沸く。
ギアの走行する音が伝わってくるとそれはさらに激しさを増す。
僅差だ。いやこのままなら同着……
《あっ!!》
ルージュ機が装甲をパージした。
「うそぉ!!」
マクベスは装甲に当たりながらも減速せず弾き飛ばした。
しかし、これは目くらましや妨害が目的ではない。
装甲を外した分、軽くなる。
「やられた……!」
《決まった!! 最後の最後で、ルージュ機、装甲が外れて加速!! そのまま一着でゴール!!!》
「……ちょっと卑怯じゃないですかね?」
「貴方に言う資格ありますか、支部長?」
だが、帝国最強の機士とあそこまで競ったんだ。
中央管理庁のお役人たちや軍高官様たちの感触はばっちり。
「あ、マリアさん……賭けは負けですね」
「なんのことかしら?」
ほくほく顔のマリアさんが賭け札を見せる。
ルージュ、マクベス、フリードマンの三連単。
マクベスに賭けるというのは嘘か。
いくら儲けたんだ?
◇
「えぇ? グリム、私は確かに『ダイダロス基幹』は要らないと言ったな?」
「は、はい……」
レース後、なぜかルージュ殿下に絡まれた。
勝っているんだからいいじゃん。
支部のソファで横付けされて追い込まれ逃げ場がない。
マリアさんは後始末でいない。
レイナさんは見て見ぬふり。
「だが、実戦でその機能を発揮する前と後で、お前の望み通りダイダロスへの印象は変わっただろう?」
「そうですね」
「グリム、私は要らないといったものを求める浅ましい女ではない」
「そうですか」
「しかし、凝り固まった考えより事実を踏まえた柔軟な思考を心掛けているのだよ」
「なるほど」
機体をチェックしたいんだけどなー。
二人共ゴールした後盛大にクラッシュしていたからな。
まぁ、止まれなかったマクベス君をルージュ殿下が受け止めてくれたわけだが、殿下も装甲ごとダウンフォースエッジを脱落していたから、止まらず吹っ飛んでいったわけで……
二機とも早く見たいんだよね。
「グリム、私は部下の熱心な意見をくどいとつっぱねるような余裕のない底の浅い人間ではないと自負しているのだが違うか?」
「違いません」
「なら遠慮するな。話があれば聞いてやるぞ?」
燐光を帯びた目がおれを覗き込む。
狼だよこの人。肩に回された腕がちょっとずつ、絞まっていく。
「……殿下の機体にダイダロスを搭載させていただけますでしょうか?」
「う~ん」
悩むフリとかいいから。
「う~ん、実験機に乗るのはなぁ」
「もちろん、最高の機体に仕上げます」
「そうか!」
ルージュ殿下は満足気に笑みを浮かべる。
推しが喜んでいるからまぁいいか。
「支部長?」
その声にルージュ殿下が飛び跳ねておれから離れた。
「機体のチェックをお早く……今はトライアウトが最優先ですから」
おれは殿下に視線を移す。
「もちろんだ。行っていいぞ」
「はーい」
マリアさん、もうあなたがここのボスだよ。