5.整備士
あれから二年が経ち、おれは12歳になった。
「グリム君、ちょっとお願いがあるの」
「えぇ、またですか?」
「お昼奢るからさぁ」
「はいはい」
彼女はソリア。
顔なじみの軍人で機士。
階級は少尉。
■状態検知
・機乗力【近距離:4/10 遠距離:1/5】
・魔力量【D】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】
・覚 醒【4/10】
「ちょ、待て。おれのギアが先だろ。実戦から帰って来てボロボロなんだからよぉ!」
「あ、はい……じゃあ」
フリードマン中尉が駆け込んできた。
■状態検知
・機乗力【近距離:6/10 遠距離:3/10】
・魔力量【C】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【身体強化スキル】
・覚 醒【5/10】
「皆さん、何のための予約表ですか? ぼくを抜かさないで下さい」
クラウス軍曹。
■状態検知
・機乗力【近距離:2/5 遠距離:6/10】
・魔力量【B】
・才 覚【機士タイプ】
・能 力【感覚強化スキル】
・覚 醒【4/10】
この三人の機士はこのウェールランド駐屯基地内でも屈指の実力者たちだ。
まぁ、結構可愛がられている。
整備士という職業はこういう前線に近いと兵士と同じぐらい必要になる。だがギアには専門知識が必要で数が限られており、国家公認整備士は帝国本国で管理されている。
そんな中、おれは非正規でギアの魔法回路や動力炉までメンテできるため、勤務時間外にこうして絡まれることが多い。
ちゃんと対価はもらえるし、経験が積めるから文句はない。
「順番にやりますから、喧嘩しないで下さい。ギアはデリケートなんで、手元が狂ったら再起不能になるかもですよ」
軍人たちの扱いにも慣れた。
「よぉ、グリム。手伝うぜ」
「ローターがガタガタだな。こっちでやる」
「じゃあおれは飯もらってくる」
「すいませーん!」
整備士たちともかなり打ち解けた。
初めはやはり、あの一件があったし、異国の現地民ということで避けられていたが、仕事をしていくうちにそんなことは関係なくなっていった。
「本当すごいわよね。独学でギアの構造を理解できるなんて」
「いや、本当っすよ。動力炉なんておれたちでも手こずるのに、こいつの手にかかったら新品同然だ」
「坊主は、この先どうするんだ? 帝国で資格を取るのか?」
「いえ……それにはかなりの大金が必要ですし、後ろ盾も無いと」
「ロイエン卿がいるじゃねぇか」
ロイエン卿は帝国では伯爵位と高位の貴族らしい。
あの件以来、定期的に手紙が届く。
「なんだか後ろめたくて。ぼくはあのギアをお金に換えようとしてましたから」
「結果がすべてだろ。お前がいなかったら、ロイエン卿は父君の遺品を取り戻すことはなかった。ギアは貴族にとって家宝だからな」
ギアは軍に配備されている量産型の他に、騎士階級以上の貴族が有する『専用機』が存在する。
ロイエン卿のあれはもう十年前のものだから機能は現代の量産型ギアよりも劣るが、当時としては最新鋭だったのだろう。
「おれもこの『三式グロウ』が無くなっちまったら、半身をもがれる気分だろうな」
「それはあんたのもんじゃないけどね」
「うるせえ、お前だって同じだろう? 今さら、他の量産機で戦えるか?」
「それは同意ですね。グリム君のおかげで、これらのギア着装者である我々に最適化されている。この基地からの友軍のガーゴイル討伐率が高いのも、彼のおかげかもしれません」
あながち違うとも言い切れない。
『状態検知』によっておれは軍人が着装した際のギアの適合力がわかる。
ギアだけでも、着装者だけでもこの数値は換算できない。相性による相乗効果。ゲームでも『専用機』を着装した際は能力値が一段上昇していた。この効果を狙って、整備している。
そのことを証明する機会はすぐに訪れた。
◇
「グリム、行ってくるぜ」
「はい」
フリードマン中尉、ソリア少尉、クラウス軍曹の部隊が前線へ駆り出された。
この街は常にガーゴイルの脅威にさらされている。
前線に近いからだ。
「あの」
「わかってるって。心配すんな」
「ちゃんと帰ってくるから、待っててね」
「整備の予約は入れておきましたから」
それは数年に一度あるかないかの異常発生だった。
ウェールランド駐屯基地への援軍要請があった時、すでに最前線のカルカド要塞は陥落寸前であり、本国から本隊合流は間に合わない。
要するに、時間稼ぎだ。
彼らも捨て駒になることは分かっている。
その上で出兵した。
帝国への順法精神。名誉のために。
彼らが出発するとき、涙する者も多かった。
「責任の重さか」
彼らが死んだら、その責任の一端は整備したおれにもある。
がらんどうになったギアの整備ドックで、おれたちはただ工具を磨いて待った。
衝撃の電報が届いたのはわずか三日後。
「英雄たちの凱旋だ!!」
お通夜の空気だった基地内は一点、お祭りムードだった。街全体、普段軍を毛嫌いしているウェール人ですら、その栄誉を称えた。
そこにはボロボロになりながらも光り輝く三機のギアもあった。
「フリードマン大尉、ソリア中尉、クラウス少尉。総撃退数35体!! 間違いなく、お前たちが武勲賞だ!! よくぞ、やってくれた!!」
ガーゴイルの大群は殲滅された。
そのきっかけとなったのは、この三人。
帰還した兵たちは皆、この三人の武勇伝をあちこちで語った。
そんなもの、聞かなくてもわかる。
機体を見れば。
「なんだよ、グリム。英雄様のご帰還だぜ。もっと嬉しそうにしろよ」
「フリードマン中尉」
「向こうで大尉に昇進したぜ。18体討伐だ。すげぇだろ?」
「『アクセルターン』を連発しましたね。脚部のフレームがガタガタだ。多分サブ動力炉は回しっぱなしでしょ」
「悪かったな」
「いえ。高速回避機動なんて高等テクニックを連発しなければならない状況だった、てことですね」
「まぁな……。お前のおかげだ、グリム」
「まだ、整備してませんけど」
「お前……おれの『三式グロウ』、改造してただろ?」
実戦型現役機『グロウ』にはマニュアル操作による高等技がある。
いわゆる超絶技巧というやつだ。
『アクセルターン』は回避時、脚部のジャンプ機構を利用し、加速し、さらにそこにひねりを加え曲線軌道で移動。側面へ回避する技。要はアクセル全開でドリフトするようなものだ。
「『ターン』技は負荷が掛かりますからね。脚部を入念にメンテナンスしていただけですよ」
「まぁ、そう言えば誤魔化せるだろうな。けど、ソリアの『グロウ・デルタ』、あれは駆動系のパーツ変えてんだろ。感応性が高過ぎだ。クラウスのは可動域、装甲の比重、視覚装置の拡大倍率まで違う」
ギアと機士は一心同体。
機体と機士を合わせて強化するのは当たり前だ。
パワータイプのフリードマンに、機動力をプラスしたギアが合わされば、いいアタッカーになる。その攻撃力を生かすトリックスターには敏捷性と反応のいいソリアとそれを生かす軽快モデルが望ましい。
前衛の彼らを援護する遠距離タイプのクラウスには安定性と射程の長いギアが最適だ。
適合率は平均60%ほど。
それをおれは90%以上に改造して送り出した。
こっそりと。
なぜならこの考え方はあまり一般的ではないので言ってもあまり理解してもらえない。『状態検知』で適合率まで見えるのはここではおれだけだ。
原作アニメでも言及されなかったので、もしかしたらゲーム特有の設定だったのだろう。
「そう警戒するなよ。感謝してる。なんでおれたちに最適なギアをお前が用意できるのかは分からねぇがおれたちはお前に救われた」
「無事に戻ってくれてうれしいです」
「そういうことはこっち見て言えよ。ギアオタクめ」
不思議と笑いが込み上げてきた。
ちゃんと、おれの知識と経験は役に立つ。