48.偶然の産物と奇跡を生む計画
パルジャーノン家から書状が届いた。
要約すると、『ダイダロス』の設計図ごと寄こせ、というものだった。
レイナさんが大慌てで直接実家に確かめに帰省。
その間、例の四人は技師や軍人といざこざを起こした。手に職付けたくて必死なのはわかるがいきなりは無理だ。
マクベス君はカルカド要塞までガーゴイル討伐に駆り出された。ガーゴイルの一体に苦戦を強いられていて帰ってこない。
グウェンが廃部屋で転んで足を挫いた。これはどうでもいい。自業自得。
クラウディア殿下の病状が悪化し、ベッドから起き上がれなくなった。
その知らせを聞いてルージュ殿下はギアに乗らなくなった。何もできない無力感だとしたら、おれも同じだ。しかし、立ち止まるわけにはいかない。
それにしても悪いことは続くものだ。
「何が起こった!?」
輸送車両を改造したオペレーションルーム。
状況を飲み込むのに時間がかかった。
順調だった『ダイダロス』の実験中、異常事態が起きた。
実験用『ダイダロス』搭載機に対し、複数の複座によるサポートを行ってみた。
ギア1台に対し、複座4席。
役割分担を細かくすることで、各段に専門性が上がり、サポートの精度も上がることがわかった。
だが、予期せぬ魔力の逆流と、異常増幅が起きた。
それはスキルの遠隔支援が可能かどうかの実験だった。
おれの分析スキル『状態検知』は不発だった。
そこで、主操縦者と複座の人間でスキルを合わせてみたらどうか、試してみた。
複座から同種の身体強化スキルを用いる。
その魔力が信号として供給され、主操縦者に効果を及ぼした。ところが、実験機内の増幅装置でさらに魔力が増幅され、他の複座へと逆流してしまったのだ。
結果、オペレーションルームの複座に座っていただけの人間へ魔力が送り込まれた。
複座に座っていた人間は身体強化型スキルが無かったにもかかわらずスキルの効果が見られた。
肉体への負荷が大きく危険な事故だ。
おまけに安全なオペレーションルームにいる人間にスキルの効果があっても無意味。
「ここに来て、こんな問題が見つかるなんて……」
「スキルは魔力と精神と意識が混在した未知の力。手を出すべきでは無かったか」
「どうするんスか? 逆流のメカニズムが分からないと、同じ事故が起きるッスよ」
みんなが暗くなっている中、おれはおかしくて笑ってしまった。
「何笑ってんだ?」
「そっとしておきましょう」
「そりゃショックっスよね。今になってこんな欠陥が見つかるなんて……」
欠陥? 何言ってるんだ?
「『スキルコンボ』の原理ってこういう感じだったのか」
『ギア×マジック』ゲーム版には連携技の際、コンボによる特殊効果があった。
バトル中チームで同一スキルを使わせると対象ランダムで『スキル×2』が発生する。ゆえにチームでスキルを揃えるのが定石だった。アニメで見たことが無いので単なるゲームシステムだとばかり……
「……久々のグリム語だ」
「ってことは……?」
「え? なんスか?」
諦めていた問題への光明に見えた。
【『ダイダロス』のサポートシステムを介すると、スキルの無い人間にも第三者のスキルの効果が反映される】
これは大発見だ。
「偉大な発見は実験の中偶然見つかるものです」
それから、実験を繰り返した。
仮説を立て検証。
同じスキルを持つ者が二人いれば、スキルコンボを発生させられる。
ランダム発生についても、対象の操作は可能。
スキル発動者二人と、待機一人。この三人態勢なら確実に待機している者にスキルコンボが発生する。
軍のいいところは人材が豊富で、その能力を把握していることだ。
おれは司令官に頼み、あるスキル持ちを探してもらった。
「珍しいからね。ウェールランド基地にはいなさそうだ」
「そうですか」
「……何がしたいのかわからないが、軍人でなくてもいいのならいるけれどね」
「本当ですか?」
「君も良く知っているだろう」
「……ああ!」
メアリー先生は回復タイプだ。
そして、最近もう一人回復タイプが支部の事務に入った。
同じ回復型スキル持ち、二人。
メアリー先生は快く、実験に協力してくれた。
「ここに座ってスキルを使えば良いのね?」
「お願いします」
「でも、私のスキル、役に立たないものよ? 少し、自分が元気になるだけで……」
「それでいいんです」
複座に座ったのはメアリー先生とグウェン。
ダイダロス実験機にはスカウト4人組の一人、回復スキル持ちのライブラが乗った。
「えぇ、私が実験台なんですか!?」
「ちょうどいい。脚治るかも」
「いえ脚は治らないのよ。『自己回復』といっても病気やケガが良くなるものではないから」
「ものは試しです」
グウェンは『自己回復』×2の効果で元気になった。
思惑通り、ひねった脚の回復が早くなっている。
メアリー先生の診断だ。
「ギアで人が治療できるなんて」
「次はどうしますか?」
「おれが試したい」
効果は絶大だ。徹夜してぶっ続けで作業しても元気。全身が活性化しているのが分かる。
そこから実験は指数関数的に捗り、実用段階まで最短でこぎ着けた。
基地では、体調の悪い者が次々と失踪し、しばらくして戻ってくるという珍事が多発し、良からぬ噂を呼んだ。
それが治まってしばらく。
世紀の発見から3か月が過ぎていた。
すでにトライアウトの直前。
パルジャーノン家が急に手のひらを返してきた。
前当主が復権を目論んで勇んだことだと言い訳をしてきたが、事はこちらに優位な条件で進み、トライアウトでの共闘が成立した。
新しい顧問官が、何か脅したようだ。
例のスカウト4人組は、適材適所。それぞれの持ち場で才覚を発揮し始めた。新しい顧問官が面談し、軍の各部門に紹介した。
こうしてレイナさんは孤軍奮闘から解放された。
ルージュ殿下は再びギアに乗り、カルカド要塞へと遠征して大暴れ。
すっきりした様子でマクベスと共に帰ってきた。
物事がうまく回り始めた矢先、帝国全土に衝撃が走った。
宰相クラウディア第一皇女が身罷ったとの報せが届いたのだ。
享年27歳。
葬儀は帝都で盛大に執り行われることになった。
ルージュ殿下はめんどくさそうに帝都に戻り、おれは残った。
「そういえば、次の宰相って誰になるんでしょう?」
支部の部屋で何の気なしに話題を振る。
「グリムさんが政治に興味を持つなんて珍しいですね。おそらく、内務卿だったへラー伯爵です」
「小心者だけれど、緻密で良く練られた政策を提案する男よ」
「マリアさん、へラー伯爵とお会いになったことが?」
「……いいえ。私は一般市民ですので」
マリアと呼ばれた女性顧問官はてきぱきと書状を仕分け、予算案をまとめ、ギアの資料を整理し、法的なチェックを入れた。
「マリアさん、以前は何のお仕事を?」
「……そこそこ大きな会社の秘書をしていました」
「はぁ、なるほど……グリムさんっ!!」
ぐしゃっとレイナさんに手を掴まれた。
「よくぞ連れてきてくださいましたね!! 毎回ケーキでうやむやにして正直もう『この人無理だ』と思ってましたが、ちゃんと雇う人を選んでいたんですね!」
「うん、そうね」
ケーキじゃダメだったのか。あぶねぇ……
「ずっと入院されていらしたんですよね?」
「ええ、三か月ほど」
「もうお身体の方は大丈夫なのですか?」
「すっかり良くなって、入院する前より元気なくらいです。現代の最新医療に感謝ですね」
マリアは不敵な笑みをこちらに向ける。
血色の良い黒髪の美人顧問官がいると、軍でも話題になっている。
一般市民というには無理がある気品の顔立ち、佇まい。
それでも誰も気が付かない。
彼女の正体に。