47.ウェールランド支部
基地へ戻ってすぐ、おれの元に客が来た。
そろそろだと思っていた。
ルージュ殿下襲撃は失敗に終わり、ウェールランドは特に反乱の機運が下がっていた。
例の四人がようやく心を決めてくれたのだろう。
「まぁ、グリムこんなに大きくなって! 一人にさせてごめんね。もう寂しい思いはさせないわ! さぁ、お母さんよ!!」
「誰だお前! 帰れ!!」
違った。
おれの悪い噂が少し払拭されつつあるらしい。
それと、ウェール人に寛容という噂も機能して軍での仕事を求めに来るものが増えているそうだ。
あと、詐欺師まがいの輩も。
「グリムさん、お客様です」
「ぼくに親戚はいませんよ」
「いえ、以前コークブルーの町で会ったと」
「……通してください」
スカウトした四人が来た。
「仕事があるというのは本当か?」
「……見てわかるでしょう?」
支部はほぼ顧問官のレイナさん一人が回しているのだ。
「全員採用! レイナさん使ってください」
「え? 私ですか?」
ガラの悪そうな見るからにアウトローな四人を前に、レイナさんはピシッとしたあいさつをし、四人は面食らっていた。
地味な事務員の格好をしているが、いいところのお嬢様だからね。
相手に名乗らせ何ができて何ができないか把握していた。
「レイナさん、ついでにぼくも使って下さい。なんでも整備できます!」
「支部長はトライアウトの準備を進めてください。それからこの方たちには仕事を振り分ければよろしいですね?」
「すいません、お願いします」
仕事を増やしてしまった。
後で美味しいケーキを差し入れしなくては。
トライアウト。
それはギアのコンペティション。
軍の主力であるギアの次世代機のモデルを決める名誉ある品評会だ。
前回のトライアウトは10年前。
その時は『グロウ』の発展版『カスタムグロウ』が採用された。
ここに参加するのは、ギアの製造管理権を有する名家。
そこに個人で参加することになったのはおれだけだ。
準備は念入りにする。
そして問題が発覚した。
「お金が足りません!」
「えぇ……」
レイナさんが予算案をつくって悲鳴を上げた。
今までなんとかのらりくらりと予算を通してもらっていたが、ついに限界が訪れたようだ。
「通常のギア一機でも途方もない製造費が掛かりますが、この『ダイダロス』搭載機は通常の4倍のコストがかかります」
「そんなに……?」
なぜお前が知らない?とでも言うようにメガネの奥でレイナさんは露骨に眼を細めた。
「製造コストを抑えられるように設計し直すべきです」
「はい、わかりました」
これではどっちが部下でどっちが上司かわからない。
さっそくおれは方向転換してみた。
発想の転換だ。原作でのダイダロスとまた変わってしまうが、主操縦者と副操縦者の関係性を見直すことにした。
「なぜこうなるのですか!!」
「え? だって」
「だってじゃありません!! コストが16倍に増え、というか桁が上がってますが!!」
怒られた。
もう作っちゃったのに。
「この方が結果的にコストは減る、と思うんですけどぉ……」
「はぁ、意味がわかりません。グリムさん、いいですか? グリムさんの設計で一機つくるのにグロウ16機分のお金がかかります。量産機として採用されますか?」
説明風叱責。返答を間違えると詰む。
「み、見ればわかるんで! へへ、こっちです、どうぞ!」
おれは強引にレイナさんを引っ張り出し、実験室を見せた。
ドックに造った小部屋。貨物車両を改造した。
おれが作ったのは遠隔操作用の複座ではなく、部屋。
「こ、これは……?」
「オペレーションルームです」
映像と音声を複数のギアから拾い、適宜、必要なギアへと魔力供給と戦力援護をする。
おれはプロモーションと称し、実験を見せた。
壁に取り付けた巨大バイザーにギアの視覚情報が映しだされる。
マクベスが操る機体に、複座に座る四人から魔力が供給される。
それぞれ、異なる魔法適性を持つ機士。
彼らの魔力を受け、それぞれの遠距離魔法を放つ。
火属性の『火炎』
氷属性の『氷結』
熱属性の『焦熱』
水属性の『霧雨』
「一機が、四系統それぞれの魔法を……それもあれだけの威力と規模を連発するなんて……」
間違いなく、ギア単機の性能としてはこれが史上最高だ。
「性能は……確かにすごいです。グロウ16機分の価値はありますね」
「この部屋があれば、ギアの製造ごとに複座を造る必要はありません」
「純粋にギアだけのコストに抑えられるということですか。設備投資には莫大な資金が必要なはずですが……まさか、個人資産を全て担保にしたのですか?」
「はい? 銀行がお金くれましたよ」
レイナさんが深いため息をついた。
破産? なにそれ? 知らない?
「計画がとん挫すれば、貴方は全て失うんですよ!!?」
「コスト面は解決してます。現状でも、『ダイダロス』は『ダイダロス基幹』を搭載した『グロウ』です。動力炉とフレーム、感応機、増幅器、それぞれは調整しているだけで、特別なものじゃない」
「グリムさんのその言葉にはもはや何の説得力もありませんが」
「最低限、フレームが合えば『ダイダロス』基幹は導入可能です」
彼女にフレームの設計図を見せた。
「殊勝なことです。毎回提出してください。しかし、なぜフレームだけ……?」
設計したフレームは汎用性を高めたものだ。
従来の動力炉でも大型動力炉でも対応し、『ダイダロス基幹』の後付けも容易にする。
極論、ここまでおれが全部作る必要はない。
トライアウトに出て正式採用されるギアがおれの『ダイダロス』でなかったとしても、『ダイダロス基幹』が採用されれば、おれの首はつながる。
「……まさか、私にこの話をしているのは、私にこの情報を流せということですか?」
「参加しますよね、パルジャーノン家も。トライアウト」
彼女の実家、パルジャーノン家は七大家の一つ。しかし、最近大きな失態をしでかした。
ギアの設計マニュアルを盗まれ、権威は失墜。
当主は隠居し、現在はレイナさんの父が跡を引き継いでいる。
「……実家は今大荒れですから、飛びつくでしょう。しかし、賢明とは言えません。スペックを落とすなりして、量産に向けて調整すれば次世代機を作り出した者として永遠に帝国の歴史に名を残せる。貴族にだってなれるのですよ?」
「地位や名声よりも大事なものがあります」
「それは?」
「……公共の利益、社会秩序、あと、世界平和ですかね?」
レイナさんは戸惑っていたが、計画に乗ってくれた。
後で美味しいケーキを差し入れしよう。