46.列車兵器
ギアの製造台数は意外と少ない。実戦で投入できる機体はさらに少なく、帝国国内で500機にも満たない。
この少ない機体でどうやってガーゴイルの脅威を退けたのか。
重要なのはインフラ、つまり道だ。
適切な場所に素早くギアを届ける。
帝国は早い段階でこれを強化するために大事業とし、国策企業をつくり鉄道網を敷いた。
今では民間も乗り出し、円滑な流通網としての側面もあるが、その本質は軍事的戦略兵器。
今回の一件ではその弱点をさらしたといえる。
脱線を狙われると対処が難しい。
ガーゴイル相手ならば懸念の一つにすぎないが、テロリストに狙われてはこれ以上ない弱点だ。
「それではこちらをご覧ください!!」
そう言って、自分でいそいそと準備を始める。
鉄道模型だ。
会議の長机を帝国に見立て、線路を敷いていく。
「……これはここだな」
「あっ、そうです。ありがとうございます」
「ちっ、貸せ」
「どれどれ」
何か盛り上がりを見せる。全員、お年を召した高官なのだが、童心に戻っていらっしゃる。
「おお、これは何と精巧な……我がロアノーク家の東部鉄道車両、貨物輸送8両編成、4連魔法動力駆動列車102『クライマー』ではないか!!」
「ほほう、カンタベリー市の環状線列車『ハインツ』か。大学時代によく乗ったものだ」
「ポイント切り替えまでよくできている」
「何と! 鉄道に魔力を込めると走るぞ!?」
会議室におじさんたちの感嘆の声が響く。
「内部に魔力ラインまで組み込んでいるとは芸が細かい」
「軍用車両まで……数も同じか」
「車両のスピードに差がある。停車時間も……」
「ダイヤを再現しているのか」
「はい」
大雑把ではあるが一日の運航スケジュールを再現している。
「それで? グリム、この玩具が何だ?」
「こうします」
長机を埋め尽くす線路の上に、七台列車を追加した。
帝国の鉄道は現在七大家が牛耳っている。
それぞれの管轄に、新たな軍用装甲車が走る。
「……列車を造るということか?」
「兵器車両です。理論上最強の」
『ダイダロス』の革新的機能。
それはリモート操作。
ギア一機に対し、サポート要員一人を想定していた。これにより、一人では不可能な大出力の魔法と複雑な一部操作の分担が可能になる。
これを一車両に対し、複数人で行えばどうだ。
死角は皆無、周辺の敵は莫大な魔力を込めた遠距離魔法の連射で一気に殲滅できる。
多脚式にすればレール外での活動も可能になる。その複雑な操作も分担で可能だ。
そして、車両を無数展開しても、サポートする人員は中央にまとめられる。
七車両は、鉄道の上を他の列車とぶつからず、絶えず動き続ける。
おれの提案はシンプルに言えば、兵器車両の姿をした超大型無人ギアで、帝国内の防衛力底上げを図ろうというものだ。
「……こんなものが可能だというのか?」
マクマード中将は目を細めた。
おれは小さく頷いた。
悪くない感触。クラウディア殿下と視線を交わす。
「机上の空論だ。無人で動くはずがない」
「しかし……これがあれば、即時どの地域でも対応可能だ。帝国国内の対ガーゴイル戦力としてこれ以上なく合理的だ」
「属州までを考えれば、相当な防衛範囲だ。しかも、規模を考えれば、予算と人員は最小限で済む」
「魔力を増幅させ、それを信号増幅機で飛ばす? それを如何にして処理している? 図案は無いのか!?」
これはまだ果てしない未来の兵器だ。
それでも、計画を進める上でおれには『ダイダロス基幹』製造の許可が下る。
この兵器車両計画は大事業になる。
すぐに許可なんて下りない。ただ、関わる全ての人間に利益がある。乗り遅れれば、ギアの参入の際手をこまねいて没落した貴族たちの二の舞になるだろう。
ゆえにおれの計画は無視できない。
おれに『ダイダロス』を完成させることは帝国中枢の総意となる。
「いいだろう。研究途中であるというのなら、まずはそのギア、『ダイダロス』を完成させよ」
「はい……」
「期限は次のトライアウトまでだ」
ギアの情報流出でトライアウトは早期に行われる。
少しでも早く、軍備を整えたい腹積もりだ。
狙い通り、命令が下った。
「サングラント卿! 何を持ち帰ろうとしているのですか!」
「いや、この『ノーザンライツ』は我が北部列車の星なわけで……」
「そういうことなら、このML008『フットサウンズ号』は我がルマン家が……」
「ええい、見苦しいぞ!! これはこのままだ!! 資料は全て軍部が掌握している!!」
「いや、横暴ですぞ。この設計責任は我々七大家のものです」
「聞き捨てなりませんね。情報管理の観点から言えば、我々中央情報局が……」
「管理庁は我々だ。これ以上の技術の流出は……」
「民間に出資しているものですから、この『トリプルセブン』はぜひ、手土産に……」
「輸送列車もそのままです。これは装甲列車兵器の運行確認に使えますから。皆さん、置いて行ってください。後でわかりますぞ」
みんな男子だな。勝手にしてちょうだい。
◇
クラウディア殿下の執務室に入るとルージュ殿下がいた。
やっぱり、面倒で逃げていたんだこの人は。
ひどい。
「よくがんばったな、グリム。偉いぞ」
「はい~!」
「ルージュ、あなたはとんだ悪女のようね。彼、泣いてたわよ」
「ぷふっ!! マクマード中将は声が大きいからなぁ!! あはは!!」
泣いてない。
ただ、目から涙がこぼれただけだ。
「立派だな、グリム」
「はい~」
「お前、それでいいの?」
最推しに褒められる。夢心地。満足。
「おもちゃを持ち帰るのは予想していなかったけれどね。確かにいいプレゼンだったわ、グリム」
ただ、この筋書きを描いたのはおれではない。
おれは技術者。政治家じゃない。
「お見事でした。皆さん、殿下の思惑通りに動いていましたね」
クラウディア皇女殿下とは事前に打ち合わせ済みだった。おれがやったことといえば、模型を作ったことくらい。
『ダイダロス』が露見してしまった以上おれに自由な開発製造が許されるには、彼女の搦手が必要だった。
おれの不祥事より、実際にあった脅威。
皇族専用列車への襲撃事件。
そちらに関心を向け、危機意識を刺激し、集団心理を生んでマイナスをプラスにした。
「やはりすごいな、クラウ姉は」
「すごいです。クラウ姉」
「お前がそう呼ぶにはまだ早いわ」
ホントにすごい。
『ダイダロス』を列車に応用するなんて発想は原作にも無かった。尤も、あちらでサポートシステムが構築されたのは物語終盤。主戦場が地上から空へと移行していったからだろうが……
この人が生きていたら少なくともフェルナンドの反乱は、スムーズに遂行されなかったはずだ。
「お前は『ダイダロス』に集中しろ。助けてやるのはこれで最後よ」
「はい」
クラウディアは青白い顔で咳をしながら、おれたちを執務室から追い出した。
扉の奥からは、より大きい咳が絶えず続いていた。