45.弾劾裁判でプレゼン
帝国内は危機に際し、その不安要素を露呈した。
長年、盤石の治世を保ってきたゆえに、台頭した既得権益者たち。保守的な文官上がりの大臣らと発言力を強める軍部。ギアの情報流出による被害より、製造管理権の保持に固執する特権階級。その後釜を狙う中流貴族たち。
軍、行政府、貴族、皇族。
彼らが戦うのは属州民や没落貴族などではない。
戦争でもない。
権力と利益を奪い合う競合。
有事においてなお、姿を見せない皇帝。それが競争に拍車をかける。
そんな殺伐とした皇宮での会議に、おれは責めを負う立場で出廷させられた。
陪審員と裁判官は中央の高級官吏たち。味方はたぶん一人だけ。
「『ダイダロス』と言ったか。その技術を隠匿していた。これは軍事費の横領、陰謀の罪に当たる。さらに無許可の走行、民間鉄道の違法な徴収、帝都都市施設、主に路面の破壊、家屋の破損、窓ガラスの……キリがないな」
発言した軍のお偉いさんの意見に、誰もが賛同している。
「ルージュ皇女殿下の『ハイ・グロウ』といい、あまり彼を遊ばせておくのはよろしくないのではなくて?」
「そうだ。なぜ軍の一研究機関にとどめておくのだ!!」
「情報は分かち合うべきです。軍と皇室の独占は目に余る」
「情報部も管理庁に黙っている技術があるのでは?」
「何をいまさら。組織の縦割りがある時点で、独自の成果を保持するのは当然のことだ。共有して欲しいなら、対価を払うべきですよ」
「そもそも、今回の襲撃は地方行政の管理の甘さが招いたことなのでは?」
「それを言うなら、中央の油断が主因であろう!」
どんどんと話が逸れていく。
皆、責任は負いたくないが、甘い蜜は吸いたい。
正直に話せばいいと思いました。
帰ってもよろしいですか?
「待て、今はグリム・フィリオンの処遇について決めようではないか」
そんなに大事か? おれの処分。
あ、おれの処分で留飲を下げようということですね。
さながら、白熱する議論に挟むティータイムの甘味というわけだ、おれは。
「……聞きたいことがある。率直に話せ、グリム・フィリオン」
議長の将校が迫力のある重低音ボイスで語り掛けてきた。
この声、マクマード大元帥か。
文官上がりの多い上級官吏の中で、ギアの登場以前からガーゴイルと戦っていたという猛者。
この人はちょい役だったが声優さんが好きで印象に残っていた。ゲームで実装されるの待ってたのにいなかったんだよな。
「大元帥閣下、何なりとお尋ねください」
「……自分は中将だ」
「失礼しました、中将閣下!」
間違えた。出世前だったか。
この張り詰めた空気が苦手だ。
酸欠になりそう。
「『ハイ・グロウ』を中央軍の技師に見せた。貴様は少なくとも4つの技術を隠匿しているな?」
「はい? いいえ……」
「ハッキリ答えろ!!」
怖いって。
「……『ハイ・グロウ』に未報告の技術はございません」
「ふざけるな。では、あのスーパーバイザーは何だ?」
スーパーバイザーってなんだ?
「え? ああ、パラメータ表示式のことでしょうか?」
「あれはどうやっても再現不可能。ガーゴイルの素体を流用でもしない限り作り得ないという報告だ」
これは本当になんのことだ?
あれは、兵学校時代にグウェンと造って報告した。公認試験後の論文にも書いたし、実機サンプルも渡したぞ……?
「その……あの……造りましたけど」
「嘘を付くなっ!!」
「う、 嘘じゃないです!! ウェールランド軍のギアにはほとんど実装してますし」
冗談ではなく涙が出そうだ。
膝の震えが止まらない。
「……何ぃ?」
「資料です。確かに、実装項目、点検項目に追加されてます……試験運用記録には隊長機それぞれに合わせた調整特化型バイザーまで……」
「製造管理権は?」
「特殊過ぎるゆえに、まだ調整前ですので……自主製作は合法となります」
会議室がざわつく。
「うぅむ……いや、だがジャンプ機構のエネルギー供給制御はどうだ!!」
「えぇ……あんなの、ただの調整……」
「ただの調整だと!! 本来、ジャンプ機構は脚部に最適化された繊細な機構だ!! それを全身に応用するなど、どれだけの開発期間と予算を投じると思っている!!!」
半日って言ったらまた怒鳴られそうだ……
「い、一週間くらい?」
「三年から五年だっ!!! どうやってシフト操作とライン形成を一週間でこなすというのだ!!!」
「ひゃい、すいばへん!!」
あ、ルージュ殿下こうなるのがわかっていたからいなかったのか。
ひどい。
「……正直に答えろ。貴様は大型動力炉の設計を提出し、アズラマスダ家に製造させているな」
「そうでしたでしょうか……?」
どこに造ってもらったのかは知らない。
「その動力炉と『ハイ・グロウ』に実装されているものは別物ではないか?」
「はい。確かにその通りです」
「つまり貴様は、個人で動力炉を新たに製造したということだな? 動力炉の製造権がないにもかかわらず」
「いえ、あれはもとの『カスタムグロウ』の動力炉を改造しただけですから。一から造ったわけではありません」
「うむ、そうなのか?」
「はい、誓って嘘ではございません!」
一点の曇りもなく、後ろ暗いところはない。
「どこがだ!! 何だこの『ターボ機構』は!! 大型化に際し、流用しているパーツの方が少ないというのに、これをただの改造だと!!? 詭弁を弄すなっ!!!」
「ふぇ……」
とうとうおれの涙腺は崩壊した。
「泣くなっ!! 貴様の設計した大型動力炉は17か所の意図不明の機構が搭載されている!! だが、『ハイ・グロウ』は機能している。すなわち、真の設計を隠匿しているということだ!!」
設計図書いたのおれじゃないし。
おれのせいじゃない。
グウェンに聞けよ。
「最後に、これが最も重要だ。なぜ貴様の設計した高感応プロテクトスーツは他の技術者に再現できんのだっ!!! 」
「それは、ぼくより優れた技術者にお聞きください」
中将は瞬きを繰り返し、髭をさすり、背もたれに寄りかかった。官僚が資料をあさる。
難しい機能などない。単純な接触感度を確保するだけ。緻密な計算と単純な製造技術の問題だ。
「では、貴様が装着していた『ダイダロス』、あれはどう言い訳する気だ?」
マクマード中将が核心を突いてきた。
「あれは『ダイダロス基幹』を搭載したただのグロウ実験機です」
「それで、通るとでも?」
思っていない。
ただ、ここで保険が効いた。
「『ダイダロス』については実験中であると、報告を受けている」
唯一の味方が助け舟を出してくれた。
ホッ。
「クラウディア宰相閣下? いえ、しかし……恐れながら、口頭報告のみでは証明にはなりません」
「証明ならできる」
クラウディア殿下の『ゆりかご』が動いた。いや立った。
「……なんと。それも『ダイダロス』だと?」
「グリム、説明なさい。『ダイダロス』について」
「はい、喜んで」
そうだ、おれは裁かれに来たんじゃない。
プレゼンに来たんだ。