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44.5 スカーレット II

 

「グリムさんたら、どうしていらっしゃるのかしら?」



 同期からの心配する質問が増えた。

 どうやらあいつは、何か失敗して万事休す。

 そういう噂が出回っていた。



「姫様、お手紙のお返事は?」

「手紙なんて書いて無いわ」

「嘘です。私、姫様がこっそり書いているのを見ましたもの」

「か、勝手に見るんじゃないわよ」


 同期たちは気にかけていたようだけど、私は違う。心配なんてしていなかった。

 ただの定期連絡。


 ただの……



 手紙の返事は来なかった。

 グリムの評判は悪くなる一方だった。



「全然だめね。機体の感覚が掴めなかったわ」

「申し訳ございません姫殿下」

「違うわよ。これは私の腕の問題だから」

「ですが。グリム・フィリオンならこんなことには……」

「あいつと比べるのは止めなさい。お前は十分できているわ」


 グリムを意識してか、軍事工学課の二年は腕がいい。

 決して到達できない高みが傍にいたからだ。

 ただ卑屈になっていた。


「姫殿下に苦労を掛けるなんて、不敬よ!」

「そうです。クビになさっては?」

「技師の替えなんていくらでもいますものね」



 後輩には困った。

 家の金とコネを駆使し高い教育を受けてきた、自惚れの強いわがままな令嬢たちが多い。



「姫殿下のせいですね、これは」

「入学したころの殿下そっくりだな」

「はぁ……もうグリム君は帰ってこないのに」


「死んでないわよ、あいつは」


 確かに、私が変われたのはあいつがいたから。

 今度は私が。

 そう思って面倒を見ることに。


「あなたたち、技師を責めるのはお門違いよ。機士はギアを乗りこなす者。何もせず自分に合ったギアができるなんてことはあり得ないわ。技師たちは日夜調整を繰り返して、私たち機士とギアの架け橋をしてくれている。ぞんざいに扱うのは止めなさい」

「で、でも、姫様。技師なんて裏方ですし」

「所詮、技師がどう頑張ろうと結果に影響ないということでは?」

「結果が全て。それが帝国のルールですわ。戦場に出るわけでもなく、戦果の責任も取らない人たちのことなんて―――」

「何も知らないというのは恐ろしいわね」



 私もそうだった。

 この鋼の怪物を乗りこなすために、信じられるのは自分の力。技師なんて替えが効く。そう思っていた。



「私はよく、専属技師に怒られたわ」

「……え? ひ、姫様が?」

「だ、誰に?」

「皇女殿下を怒るだなんて……」

「あいつは私のクセ、無駄、無茶を知り尽くしていたわ。私が求める動きに必要なことはあいつに教えてもらった。ギアを通して……私に足りないことをあいつもまたギアを通して知っていたのよ」

「そんな方が?」

「一体どんな……」

「ウェール人よ」



 私は自然と話していた。

 後輩たちに、グリムという技師がいたことを。


 終わるとリザが怪訝そうな顔をしていた。


「随分と脚色しておられましたね」

「そ、そうかしら?」

「本人を知っている者としては大分印象が違います」



 リザの言う通り。

 思い返すと少し、良く言い過ぎたような気もした。



「いつからグリムは姫様の恋人になったのですか?」

「は、はぁ!? そんなこと言って無いわよ!!」

「長々と男の自慢話していたらそう見えます」

「そ、そんな、長かったかしら?」

「ええ。技師とはでなく、グリム・フィリオンと言う男について語ってましたよ」



 なぜか、あいつが侮られることが自分のことのように許せなくて、ムキになってしまった。



 私はこの生活に欠けているものを補おうとして、まだそれを掴めずにもがいていた。



 そんな日々が続き、ひと月が経った頃。


 帝都で事件が起きた。



 そして、グリムが帰って来ていることを知った。



 ◇



「それで、グリムは今どこに?」

「病院だよ。前と同じさ。ただの疲労のようだよ。ルージュ姉さんに随分と振り回されているようだからね」

「わざわざお知らせ頂きありがとうございます。フェルナンドお兄様」



 お兄様が兵学校まで来てくださった。



「友人のスカーレットには噂で知るよりこの方がいいと思ってね」

「そんなお気遣いまで……感激ですわ、お兄様」

「これぐらい当然さ。家族なのだから」



 お兄様とキチンと話したことは無かった。

 気難しいギルバートお兄様がその力を認め、クラウディアお姉様は畏怖し、ルージュお姉様は溺愛しておられる。

 家族のだれもが認める皇族内でも特殊なお方。たぶん、お兄様が次の皇帝になる。



「あの、グリムはその……お役に?」

「心配いらないよ。噂など当てにはならないものだ。彼は私の想像よりはるかに優秀だった。優秀過ぎるぐらいにね……」


 安心した。やはりグリムはグリムだ。


「私はこれから忙しくなりそうなんだ。良く面倒を見てやって欲しい。友人として」

「はい」

「彼は何か大きな責任を背負っている。友人とはときに、その重荷を分かち合うものだ。私にはできないが、君にはできる。いいね」

「はい……」


 グリムがずっと、何かを抱えていることには気づいていた。

 


「もし、その重荷がとても大きなものなら、私も力になる。スカーレット、この兄を頼りなさい。遠慮はいらない」

「はい。身に余るお心遣いですわ」

「……そうだ、忘れるところだった。わかっているとは思うが、彼はルージュ姉さんのものだ。過干渉は疑われたくはない。この話は君の中で留めておいてくれ」

「……えぇ、心得ております」


 すぐにグリムのところへと向かった。


 ルージュお姉さまが抱えて運び込み入院させたという。

 とても、大事にされていると安心した。



 彼はのんきな顔をしていた。

 もとから緊張感の無い顔だけど。

 その顔を見ると、どんなことを言おうとしているのかわかった。

 くだらないお世辞を言って、私の機嫌を取ってから本音を言う。

 へらへらとした顔を時々止めて見つめてくる。

 かと思えば、視線は私より遠くへ。

 その黄金の瞳がどこか他所に向くのは腹立たしかった。



「まぁ、姫殿下。今日も午前の教練をお休みになりますのね」

「とてもお美しいドレスですわ? どこのブランドの作品ですの?」

「殿下、できましたらワタクシたちもご一緒しても?」

「ダメよ」



 毎日会いに行き、退院後も連れ添って歩いた。

 この時間はきっと二度と手に入らない。

 友人とは言っても、私と彼は身分が違う。

 クラウディアお姉様はお身体と立場の問題で、ルージュお姉様はその職務の関係で誰とも婚姻を結んでいない。

 きっと、私が最初に結婚させられるだろう。

 そうなれば、もう気軽にグリムを連れ歩くこともない。



 楽しかった。

 たった一日だったけれど誰に気を遣うでもなく、気を遣われることも無く、ただ、自由に自分らしく過ごした。



 グリムは結局私に弱音は吐かなかった。

 そういう頼られ方ができるほど私は強くないということなのでしょう。

 だからと言って、根掘り葉掘り聞くこともしなかった。



 お兄様はグリムが裏で何をしているか知りたがっていた。

 ルージュお姉様とは特別仲がよろしかったのに、その関係が変わったことが原因だと察しは付いていた。

 きっと、ただの知り合い程度だったら私はお兄様のお役に立とうと、自分が使われているとわかっていても何かを聞き出そうとしたかもしれない。


 私はしなかった。

 グリムはただの友人でもないから。


 掛け替えの無い、私の人生を変えた男。




 ◇



「スカーレット、私のものに手を出すのは止めなさい」



 グリムと別れた後、皇宮でルージュお姉さまに呼び止められた。

 時が止まったかに思えた。いえ、心臓が止まったかもしれない。



「ぷっ、ふふふ、ああはははっ!!」



 淑女らしからぬ口を開けた笑い。



「本気にしたの? スカーレットったら!! あはははっ!!」

「お、お姉さま、からかわないで下さい」

「ふふふ、とてもかわいいなスカーレット。そのドレスグリムに選んでもらったのか? ん?」



 そうだったわ。

 お姉さまは、かなりの悪戯好き。



「それで? グリムから何を聞き出した?」



 急に空気が変わった。


 軽口ではない。

 お姉さまは本気で聞いている。

 グリムとは違う黄金、深く猛々しいオオカミのような琥珀色の瞳。


 肩に腕をまわし、顔を近づけるのは敵か味方かにおいを嗅ぎ分けるため。そんな気がする。



「フェルナンドと会っていただろう?」



 やはり、二人の間に何かあった。

 言葉を間違えれば、今ここで私のいる世界は崩壊しかねない。恐怖が私の思考を単純にしていった。



「ただ、今だけ……大切にしたくて。グリムは、私の……」

「もういいよ、すまなかった。スカーレット、大丈夫」



 いつの間にかお姉様の胸の中で泣いていた。

 訳も分からず。



「スカーレット、いずれお前にグリムは返してやる。だからそれまで学生をしていろ」

「……何が起きているのですか、お姉さま」

「心配するな。お前は知らない方がいい」



 知るつもりなら覚悟しろ。

 そう言われた気がした。



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― 新着の感想 ―
スカーレットのヒロイン適正高いなぁ。すべて解決したら主人公と一緒になって幸せになってくれ。
[良い点] オトコマエ [気になる点] スカーレットと フェルが たまに何番目か… [一言] ナイツオブ…を越えよう!
[一言] 原作だと妻に本性バレてたんだっけ つまりフェルナンドの弱点は愛…
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