44.連れ添う
ゲリラ的襲撃を受けても帝都は日常と変わらない。
非日常は揺るがない帝国への信頼と、何も変わらないという確信、危機意識の無さ、楽観的思考に飲み込まれ、日々の生活が優先される。
帝都は平和だ。
人々がそう信じる限りにおいては。
「均された道路と凹凸の激しい自然の中では、求められる脚部の接地面積が異なるので」
「全環境型だとそこは機士の腕次第よね」
「ぼくにはその、つま先走行だとか、ミッドフット着地だとかの判別がどうも」
「速度を出すのならフォアフットで加速するけど、足を取られやすいし、結局その場の勘。要は慣れよ」
「それで説明したおつもりですか」
「お前がいつも言うセリフでしょ」
妙な気分だ。
歩いていると道行く人々がこちらを見てくる。
確かにおれはウェール人。
しかし、スカーレット殿下にコーデしてもらった服はそれなりの高級品。最低でもお付きの者ぐらいには見えていると思いたい。
やはり、姫にみんな見惚れているのだろう。
長い帽子のつばで顔を隠しているものの、その高貴な風格は隠せない。
「そんな細々したことまで全部考えていたらギアには乗れないわよ」
「乗れないことはもうわかりました。けど」
「ああ、はいはい。男の夢というやつね。意味は分からないけれど」
うーん。
延々、ギアと機士の話しかしていない。
ああ、こんな話をしていたら不審がられてもしょうがないか。
「姫、あのご令嬢方とは普段どんな会話を?」
「お前を殴ったあの子たち?」
「それはもういいじゃないですか」
「お前、魔法使えるのにわざと殴らせてなかった?」
「抱き着かれるかと思ったんですって。こう、歓迎の意味で」
「それはいいのね……まぁ、会話と言っても大したことではないわね。流行のこととかお家自慢、あとは惚れた腫れたの噂話。私がギアの話をすると終わるけれど」
「姫に言い寄る人っているんですか?」
「いないわけないでしょ」
「うわっ、自信しかない」
「大抵自己陶酔の激しい身の程知らずだけれど」
スカーレットは原作と印象が異なる。
異人を差別し、使用人を人間扱いせず、平気で人を殺すような悪役。
特に、皇族最後の一人となった後はフェルナンドを倒すために厳しい圧政を敷き、軍備を無理やり増強させ、民衆を苦しめた。
そんな彼女をフェルナンドはあえて生かし、帝国の内部崩壊を引き起こした。巨大なガイナ帝国は外部からの攻撃だけでは瓦解しない。内部から崩すことが必要だった。ギルバートや、クラウディア、そして誰よりもルージュのようなカリスマがいてはその状況は生み出せなかっただろう。
彼女は悪女としてその生涯を全うした。
しかし、今や彼女にそんな恐れはない。
「なに? 私に言い寄る男がいて意外だとでも?」
「いえ、姫はとても魅力的になられましたから」
「……お前、何様なのよ」
帽子のつばで顔を隠す姫。
隣にいる彼女が本当に、原作と同一人物なのかわからなくなる。
「ああ、ここね」
「ぼくはお外で待ってます」
「却下よ。犬じゃないんだから」
「はい」
ブティックに並ぶ高級な衣類やアクセサリー。
そして、一般人がふらっと入れない異質な雰囲気づくり。
入る前から獲物を捕食する鷹のごとく、こちらに照準を定める店員さん。笑顔は戦闘開始の合図。
苦手~。
入ってきた姫を上客と判断し、適切な距離感を保つ店員さん。ほう、バックヤードから予備人員を投入し4人体制か。いいフォーメーションだ。
対する、連れであるおれへの評価は如何に?
「ご苦労様です」
「ども」
しっかり、荷物持ちと認定された。
この人、さては分析スキル持ちだな。
「グリム、こっちよ」
もう試着している。
「どうかしら?」
「まぁ、大変お似合いです!!」
「素晴らしいですわ!」
「お綺麗でいらっしゃいます!!」
「まるで皇女様のようです!!」
店員さんたちからの賞賛の嵐。
まるで皇女ですって。
「……ありがとう。で?」
こいつに意見を求めるのか? という間。四人の笑顔がこちらを向く。
やってやるさ。
こと、服だの流行だのは分からないが、『ギア×マジック』のゲームで衣裳をコンプリートするために、ファッションポイントを稼いだおれにはキャラからの高評価ポイントが分かる。
「シンプルなドレススタイルは似合って当然!! 姫にはクラシックな中に前衛的で最先端の動きやすさを意識した服装も似合うはずです!」
「ふーん……こういうのとか?」
「そうです!! パンツルックもいい!! しかし女性らしさも華やかでエレガントなシャツで残したい!!」
「これとか?」
「そー!! それ!!」
「なるほど、やりますね。ただの荷物持ちにしては……」
「ただの荷物持ちかどうか、試しますか?」
勝負が始まった。
店員さんとおれのコーディネートバトルだ。
さすが本職。引き出しが多い。
パンツスーツスタイルだと。や、やられた……
だが、姫を理解しているのはおれだ。
彼女が好きかどうかが判断の分かれ目……
「急に何が始まったのかしら? なにか、怖いのだけれど」
一進一退、勝負は互角。いや、やはりややあちらに分がありそうだ。
危機意識。おれの勝負勘が花開く。
おれがゲームで知っている評価ポイントはあくまで原作準拠。
今の姫とは微妙に異なる。
おれは勝負に打って出た。
◇
高級なカフェで落ち着くことにした。
「疲れたわ」
「白熱しましたね」
「し過ぎよ」
姫はおれの選んだ服を着ている。
赤や黒、濃いめの青など高貴な色をあえて止めて、淡い色のカジュアルドレスで攻めた。
顔がいいので子供っぽく見えない。
華やかでありながら、彼女の純粋さが際立つ。
「ありがとうグリム、自分でも意外だったけど、悪くは無いわ」
「任せて下さい」
何より、こうしてみると年相応の普通の女の子に見える。
それが何だか、とても大事な気がする。
二人でのほほんとお茶を飲んでいると、隣に男女が座った。高級カフェに入るにはややドレスコードに相応しくない格好だ。
「スカーレット殿下ですよね?」
話しかけてきた。
男の方はいそいそと準備している。
カメラだな。
「帝都であのような事件があった後に、男性とお買い物ですか? 皇族として一体どのような対策をお考えなのでしょうか?」
記者のようだ。
皇族への不敬を恐れないところを見ると、反皇族におもねる派閥の子飼いの記者か。
姫は苛立つ様子も無く、当たり障りのない言葉で返した。
「なるほど。ではそちらの方は、この現状でお遊びに興じる殿下に賛成ということですか?」
「そのカメラ、V570ですね。いいカメラだが、旧型だ」
「それが何か? 質問に答えて下さい」
「高かったでしょう? 個人でそれを維持するも大変だ。大抵は新聞社が所有するもの。ですがあなた方は個人で活動されているようだし、そのカメラをどうやって手に入れたのか不思議です」
「カメラの入手先を調べれば、どこの貴族が差し向けたのか分かるわね」
「大衆には知る必要があります。貴族の陰謀論を持ち出して答えないつもりですか?」
「渦中の皇族は姫ではなく、フェルナンド皇子のはず。あと、V570は扱いも繊細だ。ちゃんと整備してますか?」
カメラを持つ男が、慌て始めた。
どうやら動作不良のようだ。
「なにやってるのよ!」
「ピントが合わない」
「直しましょうか?」
「結構です!!」
慌てた女が大声を上げた。
製造番号から足が付くことを危惧したのだろう。
そんな小さいことはしない。
「取材をするのはいいが、場所を弁えるべきです。無礼で、とても不愉快だ」
店員と他の客ににらまれバツが悪くなった二人は退散した。
「お前、何かしたわね」
「あれは負荷が掛かると中の反射板がすぐにずれるんです」
闇魔法で『加重』を掛けた。
壊してはいない、少しずらしただけだ。
「回りくどいわね」
「姫こそ、何もしゃべらずとも良かったのでは?」
「あれで生きている者もいるんでしょう」
「お優しい」
「そういうお前は、言う時は言うのね」
穏やかな時間は限られる。
邪魔をされたことに腹が立った。
「あの女、お前に凄まれて引いてたわね」
「ウェール人に言われるとは思わなかったのでしょう」
「すこし胸がスッとしたわ」
どうやら、姫も同じ気持ちだったようだ。
二人の時間を取り戻した。
カフェのオーナーに謝罪され、おれたちは席を移り長居した。
帰り際、どっちが会計するかでもめた。
「私に恥をかかせる気? 私に奢るなんて生意気よ!」
「いえいえ、ぼくだって稼いでますから!」
「開発に使いなさいよ!」
「経費扱いで、他にお金使わないんですよ!」
「わかったわ。とりあえず私が支払うわ」
「そう言って、服も殿下が買ったじゃないですか」
「皇族が買うことに店側も感謝するのよ!」
「自分で稼いだお金で言ってください。それ税金ですから」
「失礼ね! 私にだって収入源ぐらいあるのよ!」
「パーティーとか名前貸したりとかでしょ?」
「少なくともお前よりはまだ稼いでるはず!」
「ぼくなんて銀行行ったら支店長出てくるぐらい稼いでます」
「私は頭取が―――」
割り勘にした。