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43.さまよう本能

 


「この無礼者!!」



 かいつまんで説明する。

 退院して回復のために歩くことにした。

 退院を喜んでくれた先生。

「また来ます」と言ったら首を振って目に涙を浮かべていた。おれも少しうるっときた。


 帝都の中心部から郊外にある兵学校まで歩いた。

 すこし距離はあったが退屈はしなかった。


 兵学校に着くと見知らぬ令嬢に平手打ちを食らった。

 以上、説明終わり。



「栄えある帝国皇族であらせられるスカーレット皇女殿下の後を付けるとは、分を弁えよ、東部人!!」


 補足。

 スカーレットのストーカーに間違われた。

 普通に二人で歩いてただけなのに。後ろにリザさんたち親衛隊もいたけどね。



「いきなり何してるのよ、あなた!」

「皇女殿下を付け狙う下層民では?」


 スカーレットを発見すると兵学校のエントランスに人が集まり、隊列を組み、人の道ができていた。



「お帰りなさいませ、スカーレット皇女殿下」



 スカーレット姫が、皇女してる。

 しっかり信奉者を増やしている。

 すごい睨まれる。

 令嬢がお付きの人間らしきマッスルガイズを差し向ける。つまみ出されそうだ。



「やめなさい。こいつは私の友人よ」

「え? まさか……」

「ねぇ、もしかしてそうじゃない?」

「えぇ、きっとそうですわ」

「そんな! これが、あの?」


 機士課程と思われるご令嬢方がざわつく。



「そうよ。こいつは史上最年少で国家公認技師に合格した、ウェールランド先端技術開発研究所支部長にして、ルージュお姉さまの専属一等技師。グリム・フィリオンよ」



 姫に紹介されるもみんな困惑している様子だ。



「……聞いていた話と違うわ」

「姫様のお話ではもっと、凛々しい印象でしたのに」

「ねぇ? 気高さと野獣のような本能を併せ持つ美意識の高い方だと……」

「その中に秘めた知性と開明的な芸術性をお持ちというお話しでしたわよね」



 誰だそれ?

 いや、姫様。カァ~じゃなくて。

 今はカァ~じゃなくて。

 説明して。



「なんだか、がっかりですわ。勇猛な獅子を想像していましたのに、これでは痩せた猫です」



 言うじゃねぇか。

 こっちは病み上がりの運動で疲れてんだ。

 こいつら訓練課程一年目だな。


「ああ、もしや……! 最近毎日訓練服からわざわざ卸し立てのドレスに着替えてお出かけされていたのは、この男に―――」


 言いかけた令嬢に元悪逆皇女の暴威が襲いかかった。

 これはおもしろい。手四つの組合い。



「ひ、姫様!? 痛いです!! 背骨が折れますわ!!」

「それ以上余計な口を開いたら本気で折るわよ」

「ひぃ~!! お止しになって! ホントに折れますわ~!!」


 

 お馬鹿な一年をよそに、おれを知っている二年目の訓練生たちが寄ってくる。



「皇女殿下のギアを造ったってほんとですか!?」

「グリム君、ちょっとでいいから私のギア見て」

「殿下のギアを見に?」

「今どんな研究してるの?」


 これはキリがない。

 ラウンジに退避した。


「後輩にナメられた」

「ぶたれてたわね。少しは抵抗しなさいよ」

「いや、駆け寄ってきたのでてっきり抱き着かれるのかと」

「抵抗しなさい。あと、お前評判悪いから」

「だからって、あんな言われようありますか? ぼくの肩書だいぶ長くなりましたけど」

「お前が、そんなよれよれの服着ているからよ。貴族は肩書長くても格好が伴って無ければ成り上がりだと馬鹿にするものよ」

「これでもいい服ですよ、平民にとっては」


 既製品もそこそこ売っているが、基本は古着。

 平服なんて着る機会少ないし、どうせ汚れるし、流行わかんないし。



「すこしは気にした方がいいわよ。これからおそらく、お前はその肩書相応の格好を求められる相手と場所に呼ばれるだろうから」

「礼服持ってますよ」



 ルージュとの会食のためにつくったやつ。



「グリム、背は伸びてるでしょう」

「ああ」

「最低限、丈は合わせなさい」


 忘れてた。ぼく成長期17歳でした。



「ねぇ、私が見繕ってあげてもいいわよ」


 姫がおれに微笑みかける。

 何だかかわいいな。いつもと違う。

 ああ、そうか。

『その代わり』が無いんだ。


「それじゃあお願いします」

「その代わり―――」


 なんだ、やっぱりあった。

 どうせギアの整備―――



「私の服選びにも付き合いなさいよ」



 やっぱかわいいな、今日の姫は。




 ◇


 兵学校を出る前に、教官にはあいさつに寄った。


 ドックで作業中だ。


「ご無沙汰してます教官」

「……おう。随分と暴れてるらしいな」

「ぼく的にはこれから大暴れしようかと」

「そうか」


 教官が無言で差し出した手に、工具を手渡した。



 それからいつの間にか、おれはギアを整備させられていた。

 させられていたというか、無意識にギアを整備していっていたというか……



「ったく、お前が全部整備すんじゃねぇ。見習い共の腰が引けちまうだろうが」

「ついうっかり。ギアの整備してたら飛んでました」

「うっかり最高の仕事していくな。損するぞ」

「別にお金のためじゃありませんよ」


 思考を整理するにはギアの整備に限る。

 計画の変更。

 ダイダロスに乗って得た気付き。

 あれ? ダイダロスのことは管理庁に報告してないから怒られるよねきっと……

 言い訳考えないと。

 フェルナンドを出し抜くダイダロス以上の機体……


 思考を巡らしている内に未整備の機体を全部整備していた。



「また腕を上げたな。この短時間にギアを3機まとめて仕上げられる奴はちょっといないだろう」



 気が付くと見物人たちが集まっていた。

 技師見習いが熱心にメモを取っている。いつの間にか授業に。


 試運転するとギアが心地よい響きを動力炉で生み出し、各部関節が滑らかな旋律を奏でた。


 さっきおれを平手打ちした令嬢たちもいる。

 その顔は気まずさなのか、驚いているのか、それともおれに抱き着くつもりか?



「申し遅れました。痩せ猫のグリムです」



 究極の知性と野生的本能の融合。芸術的で凛々しく雄々しい機械の王。

 おれはただのその本来のあるべき姿を取り戻したにすぎない。

 だがこれも、まだ獅子ではない。


「あれの力を引き出すかはあなた方機士次第です。頑張って下さい」


 今度は平手打ちや嫌味は飛んでこなかった。


「は、はい……がんばりますわ!」


 殊勝でシンプルな言葉にやる気を感じた。


「いいのか? お前、暇なご身分じゃねぇだろ?」


 あぁ!



 すでに日も暮れていた。

 急いでラウンジに戻る。



「少しはすっきりした?」


 怒っていない?

 ギアに触れずにはいられない。

 おれの性分を分かって待っていてくれたのか。


「はい。すいません、姫」

「いいわよ。お前を待つのは慣れてるから」


『その代わり』は言わせなかった。



「明日はいかがですか?」

「そうね。特別にエスコートさせてあげる」



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― 新着の感想 ―
スカーレットマジでいいなぁ。この娘メインヒロインで良いよ。
[良い点] しっかり青春してるなぁ [一言] これはルージュ殿下の死亡フラグ回避しても、今度はグリム争奪戦が始まるかも。 スカーレット殿下頑張れ!
[一言] スカーレット殿下、機乗力はルージュ殿下に負けててもヒロイン力は最強では
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