41.5 ルージュ IV
足止めを受けたが、帝都には到着した。
山をギアで越え、南下。別の路線で列車を徴収。
帝国に入り、そこからさらにギアで帝都を目指した。
悪い予感が的中していると分かった。帝都の数キロ先から大気を揺らす砲撃の振動が伝わってきた。
奇襲を受け、軍は混乱していた。
的確な配置でギアを足止めしている。
私は帝都外縁部にいた防衛部隊を引き連れ模造ギアを討伐。
しかし、敵の狙いであるギアの情報は奪われた後だった。
「フェルナンド様の機転で、設計に欠陥がある情報が混ざっております。敵がそれに気が付くにはかなりの時間を要するでしょう」
「フェルナンド様は我々を先に退避させ、単身賊と渡り合ったのです」
「殿下のおかげで、管理庁での人的被害はありませんでした」
矢継ぎ早に入る文官たちからの情報。
私は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
フェルナンドを疑った要因は二つだけだ。
グリムの異常な警戒と、10年以上前の記憶。
ギアが一瞬私に見せた記憶。
あのメイドを殺されたときのフェルナンドの顔。
そんなものがどうした。
フェルナンドは死にかけた。
砲撃が飛び交う中、あいつは庁舎にいたのだ。
流れ弾で死んでもおかしくなかった。
賊に偽の情報を与えた。
バレれば殺されていただろう。
フェルナンドはこの不測の事態によくやった。
疑ってしまったのが馬鹿らしい。
「フェル」
「ルージュ姉さん。やっぱりあの蒼い機体はルージュ姉さんだったんだね」
「無事でよかった」
愛する弟に抱擁する。
「姉さん、汗だくで抱き着かないでよ」
「それより先に言うことがあるだろう」
「助けてくれてありがとう。それと離れてよ。あと、皇女ともあろう身分でそのスーツを着たままうろつくのはどうなのでしょう」
「照れるな」
「いえ、照れるとかではないよ」
胸のつかえがとれて安心した。
もう問い詰めるのもばかばかしい。
「ところで、あの蒼いギアは一体?」
全く、姉が心配してやっているのに興味があるのはギアか。
フェルはグリムをどう思っているのだろうか。
「グリムの造った『ハイ・グロウ』――」
あぁ、グリムの奴。大型動力炉以外は何も報告していなかったのだったな。
いや、あいつの予測は当たっていたのか。
順当に管理庁へ報告をしていれば、『ハイ・グロウ』の設計も盗まれていたかもしれない。
「やはり彼ですか。やはり噂は当てになりませんね。それで、そのグリム君は?」
「ん?」
「姉さんは、あの『ハイ・グロウ』を管理庁へ報告に来たのでしょう? そうでなければ、なぜ予定も無く突然帝都に戻ったのですか?」
しまった。
フェルを疑って、話しに来たなどとは言えないぞ。
この状況で、あのギアを報告する以上の大きな目的が思いつかない。だが、それではグリムを連れてきていないことがおかしい。
「親衛隊はどうしたんです? まさか、お一人で急いできたのですか?」
子供の頃からそうだ。フェルには嘘が通じない。
イタズラを仕掛けてもいつも勘付かれてしまった。私が仕掛けたこともお見通し。
仕方ない。
ここは正直に話すか。
ただの取り越し苦労だった。
詫びにグリムを貸してやるか。
フェルもグリムほどの天才がいれば邪魔にはなるまい。グリムもフェルと向き合えば疑う相手ではないとわかるはずだ。
私は全てを話すことにした。
「お、お待たせしましたー!!」
「え?」
「第二皇子フェルナンド様にご挨拶申し上げます!!」
無礼な登場。
汗だくになりながら、書類をフェルに提出する。
なぜここにいる?
グリム?
「……まったく、姉さん。部下を撒いてきたんだね。すまないね、グリム君」
「いえ、こちらこそ、こんな時に申し訳ございません。新しいギアの設計図です」
おかしい。
どうやってここまで来た?
ウェールランド基地からここまで列車でも二日はかかる距離だ。
待ち伏せ時の通信の時すでに基地を発っていたのか。
いや、それでも直通の線路は脱線した列車で使えない。
使ったのか?
『ダイダロス』を……?
そこまで必死になるか、グリム。
おそらく、テスタロッサがばらしたのだろうが私とフェルが話すのがそんなに嫌か?
その妄執にだけは、もはや付き合いきれんぞ。
「……遅いぞ、グリム」
しかし、ここで追及はすまい。その働きに免じてな。
今は口裏を合わす方が都合がいい。
「これはすごい機体だね。でもこんな不安定な機体は姉さん以外は扱えないよ」
「私のためのギアだ。それで十分だ」
「ああ、なるほど。姉さん、さてはぼくに自慢したくて急いできたんですね」
「違う。グリムが報告を一向にしないので、実物を見せた方が早いと思ってな」
「こういった書類仕事は不慣れなもので、申し訳ございません」
一先ずはこれで治まった。
問題は、賊の正体と討伐。
それにグリムだな。
「それでは、やることが山のようにできたので、私はこれで失礼しますよ。グリム君、またゆっくり話そう」
「はい」
背を向け立ち去るフェル。
今日はひどい日だったというのに、真面目で、責任感が強くて、本当に自慢の弟だよ。
「いいのか、フェル。今日はずっと傍にいてもいいんだぞ」
「いや、もう子供ではないですから」
そうだ。
わかってはいる。
だが、いつからか、フェルのことになると心配でたまらなくなる時がある。
きっと、これは後ろめたさだ。
私はフェルの大事にしていたメイドを殺してしまった。
今でも思う。
なぜユリースがフェルを暗殺しようとしたのか。
きっと、フェルもそれを知りたいだろう。しかしその術はもはやない。
私が奪ってしまったから。
「フェル」
「はぁ、姉さん。大丈夫ですってば」
別人のように大きくなった弟の背中に声を掛けた。
「ユリースのことはすまなかったな」
心からの謝罪だ。
ずっと言えなかった一言を伝えた。
いまさらだが、今がいい。
そう思った。
それをすぐに後悔した。
私はどうなった?
まだ、ギアの中にいるのか?
全身の神経が鋭敏になる。
色が抜け落ち、時が進む速さを落とし、無駄な情報の一切がそぎ落とされた世界を見た。
瞬きほどの、つかの間のその変化は私の網膜に焼き付いた。
あまりのショックに現実感が無く、それでいて、目の当たりにした情報には確信があった。
「……彼女のことは残念でしたが、姉さんに助けてもらって感謝してます。恨んだことなんてありませんよ」
「そうか」
弟は去っていった。
私は奥歯をかみしめた。
私の愛するフェルナンドが去っていく。
そして、もう二度と私が知っている彼には会えないと悟った。
視界が歪んだ。
「……ルージュ殿下」
「言うな。何も」
グリムは黙ってポケットチーフを渡した。
私の守護天使か、お前は。
いや、本当にそうなのかもしれないな。
「行くぞ」
「は、はい」
フェルナンドには何もなかった。
悲しみも怒りも。興味や関心すらも。
作り笑顔で隠した奥には、ユリースに対するわずかばかりの情も無かった。
それを見た瞬間、弟への偏愛が解けた。