4.5.ロイエン
ウェールランド攻略作戦。
ロイエン家はその戦いに参戦し、武功を上げ、順当に爵位を上げた。
だが、当主だった父カールは帰らぬ人となった。
私は父の為した栄誉を護るため、貴族としてその責務を果たしてきた。
事業は軌道に乗り、領地は安定、地位と力を手にし、跡継ぎも生まれた。
望むべきものは全て手に入れたというのに、何かが足りない気がした。
「旦那様、大変です!!」
メイドのキャスリンが飛び込んできた。
「キャスリン、騒々しいぞ」
「カール様のギアが……」
胸の奥につかえていた。
社交界で誰の顔を見ても、事業の計画を練っている時も、息子の寝顔を見ている時も、ずっと頭の隅にあった靄。
ロイエン家の家宝であるギアは戦地から戻らなかった。
「……まさか、あったのか?」
「……はい! ウェールランド基地で回収されたそうです。こちらに送還されるとのことで」
「そうか……そうか……」
父カールがまだ機士だった時、当時最新の軍事兵器として所持が認められた機体。
十代半ばだった私には、それを着装し、戦場へと向かう父が誇らしくてたまらなかった。
こっそり着装し、叱責を受けたこともあった。
あの豪勢に装飾された白い機体は、しっかり覚えている。
父が戦った名誉が詰まったそれが、戻ってくる。
私はその時が来るのを、気もそぞろで待ち続けた。
前線から列車で搬送されたそれは、想像していたものと違っていた。
「美しい……」
職人が丹念に時間を掛けたのがわかる。
ロールアウト後間近のような傷の無い装甲。
一切ゆがみのないフレーム。
「これが……20年前のギア?」
「本物なのか?」
「装飾も無いわね。紋章が無いからわからないんじゃ……」
長いこと当家に仕えている執事のフロストが胴体部を開いた。
着装調整が手動だった時のものだ。
「お父上は右腕より左腕が若干長く、整備士とよく揉めておりました。フレームを大幅に改修していたかと」
「……そうだ」
フレームと動力ラインを延長した跡が残っていた。
確かにこれは父カールのものだ。
しかし、あちらの軍人はなぜそれが分かったんだ?
「ご当主様……」
「ん?」
開口したハッチから覗く頭部バイザーにロイエン家の指輪が挟まっていた。徽章や装飾品を納める場所だ。
「装着時、指輪はできませんので、あのように」
「ああ。ありがとうフロスト」
ギアに、当主の証であるロイエン家の指輪。
なにより、直感が告げている。
間違いない。
「しかし、すごいですね。ここまでピカピカにして送ってくれるなんて。ロイエン家に何か恩義でもあったのでしょうか?」
というより、政治的な意味があると考える方が自然だ。
しかし、納品書類と共にあった手紙にはウェールランド総督の名は無かった。
この件は軍基地司令官によるものであった。さらに、司令官によれば、このギアは現地民が修繕していたという。
私はその奇妙な現地民に興味を抱いた。
「ここまでの技術と知識がある現地民か。なぜこうも美しく直したのかが気になる」
「売ろうと考えたのでしょうか?」
「だとすれば、おかしいだろう。ギアにここまで詳しいのなら、これが売り物にはならないことは承知のはずだ」
私はしばらくの後、ウェールランドに赴くことにした。
礼がしたい。今あるこの充足感をもたらした者へ、ロイエン家当主として直接会って礼が言いたい。
そして、このギアを仕上げた職人がどんな人物か確かめたい。
そう思ったからだ。
「子供だと?」
ウェールランド駐屯基地に赴くと、そこに彼はいなかった。
「子供ながらにいい仕事をしていました。妙に礼儀正しく、どこか品のある子で」
「うん。で、なぜいない?」
私の訪問を受けて慌ただしく軍警察まで動き出した。
軍基地内でギアの整備をしていたはずが消えていた。
技術士官の一人がそれを隠匿。
現地工場経営者の失踪と関係があるものと思われた。
すぐに想像がついた。
現地民を搾取すれば、楽に生きられるだろう。
尋問により罪状は確定した。
肝心の彼を探すのは骨が折れた。
技術があるというのに、どこの工場にもいない。
口封じで殺されるのを恐れ、身を隠しているとわかり、人づてに街はずれにある廃墟を訪れた。
彼はそこにいた。
司令官たちと言葉を失った。
廃屋は朽ち、人が住める状態とは思えない。
ここにまだ10歳の子どもが5年以上暮らしていたというのか。
私はようやく理解した。
彼にとって、父の形見のギアはきっと生きる希望であったのだろう。
しかし、彼はすでにそれを失っていた。
怯え切ったただの少年がそこにはいた。
私にできることは何か。
決まっている。
生きる希望を与えることだ。
ギアを扱える技術士官に。
司令官は彼、グリム・フィリオンを基地に迎え入れた。
「司令官、あの子には便宜を。いや教育を受けさせてやって欲しい」
「ロイエン卿が後見人に、ですか?」
「いずれ国家資格が必要になるだろう。なるべく便宜を図って欲しい」
「なぜそこまでなさるのですか?」
あのギアが、父上が彼とロイエン家をつなげた。
それには何か意味がある気がしたのだ。
それほどにあのギアは強力に私に訴えかけるものがあった。
「……彼の直したギアは美しかった」