序章.41
本日二話目の投稿です。
「みんな、ここが踏ん張り時だ。我々にできることは適切な情報管理と、細やかな軍との連携だ。公爵家のような事態は何としても阻止する」
「盗まれたマニュアルの奪還は? すぐに取り返さねば……!」
「一度流出した情報にこだわるな! できるだけ多くの人員を防衛に充てるんだ!! それから情報封鎖だ。攻めるのは陣形を確立してからだ!」
職員たちを鼓舞する。
勤勉で物分かりが良くて助かる。
パルジャーノン家の一件で軍も重い腰を上げる。
ギアは帝国の威信の根幹を担う技術の集合体だ。
それが属州に流出すれば、この絶対的力関係は案外もろく崩れ去るだろう。
それゆえ、想定通り帝都の常備軍が各地に派遣された。
それに伴いこちらからも職員を派遣し、管理体制を再確認する。
賊の情報は情報部からも入る。
対策室を早急に立ち上げ、連携が強化されていった。
管理庁は目まぐるしく稼働し、連日、日夜対応に追われた。
上がってくる報告書。積み上がる書類。
暇つぶしにはちょうどいい読み物だ。
全く関係ない汚職で貴族が捕まっている。おもしろい。
さすがは情報部。落ちぶれた貴族をだいぶ炙り出して追い詰めている。
助けてやりたいけれど、今は書類で手がふさがっている。自分で切り抜けられる人材はこういうところで評価を上げる。選別試験だと思って乗り切ってほしい。
不謹慎だが少し楽しくなってきた。
いや悪い癖だ。
こういう油断が足元をすくう。
みんなどうしてる? 必死だ。少し身だしなみが整い過ぎているか?
もう少し寝た方がいいと思うのだが。
心が痛む。
みんな、少しぐらい休んでも、おれは殺さないよ。
「皆さん!! 大変です!!」
時計を確認する。
少し早かったな。
「賊が帝都に侵入しました!!」
「なんだって!?」
地方に戦力を分散させれば中央が甘くなる。
ギアのフレームや装甲板やラインをいくら盗んでも、根幹となる動力炉、増幅装置、感応機が無ければギアは動かない。
各地の堅固な製造工場を襲うより、一度に奪える管理庁を狙う方が効率がいい。
帝都内に侵入してしまえば、帝都外縁部を守護する精鋭機士と、軍本部に身を置く機士正クラスが来るまで若干の猶予が生まれる。
当然、それまで管理庁の警備に当たる機士たちが応戦するが、こういう危険と無縁な場所に配属されるのは家の権力を笠にして要職に在り着いた無能。
歪みの極みだ。
ついでに消えてくれるとうれしい。
「ああ!! だ、ダメだ!! もうやられたぞ!!」
「敵の模造ギアの方が強い!」
「で、殿下、早く退避を!!」
「殿下を御守りしろ!!」
轟音と共に管理庁舎が大きく揺れ、窓が弾け飛んだ。
建物が砲撃されたようだ。
「うわぁ!!」
「もうだめだ!!」
「軍は何してるんだ!!」
馬鹿め。
情報を盗む前に建物を砲撃してどうする?
模造ギアの動きがおかしい。
錯乱している。これは精神汚染か。
模造ギアはガーゴイルのパーツをそのまま使っている。
調子に乗って長時間乗っていたな……やはり、簡単な指令も間に人間を挟むと精度が落ちるな。
「殿下!! 殿下、早くお逃げください!!」
「私はいいから、皆で逃げて下さい」
これは見ものだ。
精神干渉の影響を観察する機会は最近めっきり少なくなった。
あれは狂っているのか。それとも人間本来の姿が引き出されているのか。
何かに応用できそうなんだがな。
「ん?」
模造ギアが駆逐されていく。
軍の出動にしては早いな。足止めが上手くいかなかったのか?
「……あれは?」
蒼いカスタムグロウに似たギアが一機、模造ギアへ突撃してきた。
模造ギアは反応すらできず、剣で貫かれた。
「これは新鮮な驚きだね」
S14バリスタの砲撃をいともたやすく剣で受け止めている。
背後からの敵への、あの速応性。通常のギアでは考えられないスピードだ。
おれの知らないギアだ。
それに、あの超絶技巧の連続ができる機士に覚えがない。
「あの緩急、動きの鋭さは何だ?」
スペックで勝るはずの模造ギアを圧倒している。
何もさせず、あれほど一方的に。
あれはまさか……
「う、動くな!」
庁舎前の戦いに見惚れて、背後の敵に気が付かなかった。
「第二皇子フェルナンドだな? 機密書類の倉庫まで案内してもらおうか」
「いいだろう」
予想外の出来事だったが、計画に狂いはない。
「さぁ、これを持って行くといい」
「ありがとよ。ついでに死んでくれ」
銃を向けられた。
「それは止めておいた方がいい」
「命乞いか?」
「いや。君は私に言われるがままその書類を受け取ったが、それが本物だという確証はあるのか?」
迷っている。
露見していない設計図を即座に本物と判断できるのは、帝国の国家公認技師ぐらいのものだ。現場レベルの技術労働者には分かるまい。
分かるならわざわざ私に聞きはしない。
「お、お前何言ってやがる。状況分かってんのか? 殺すぞ!!」
「私を殺した後、銃声を聞いた兵士に追われるだろう」
今更、慌てている。
何と未熟で脆い精神だ。
「多くを望んで全てが手に入った経験はあるか? 本物と判別できないその書類を確実に持ち帰るか、私を脅して本物か聞き出すか」
「はぁ、はぁ……う、うるさい」
「前者は易く、後者は時間がかかるだろう。持ち帰るか、確証を得るか、二つに一つだ。落ち着いて、さぁ、選ぶと良い」
「……くそっ!!」
「参考までに、私なら後者を選ぶよ」
「……イカれてやがる」
賊は一か八かに賭けた。
迫る軍、あの青いギアのプレッシャーに勝てなかったようだ。
「そうかあの戦い方。さらに強くなったのか、ルージュ姉さん」
いつもそうだ。姉さんは単純だが予想を超えてくる。