39.5 ルージュ Ⅲ
皇族専用列車で私は帝都に戻ることにした。
グリムは置いてきた。
その列車が襲撃にあった。砲撃を受けレールを外れ勢いのまま地面を滑る。ついには横転。
ガーゴイルの皮を被った模造ギア。
待ち伏せだ。
「おもしろい。『ハイ・グロウ』の餌食になりたいか」
私は窓から飛び出し、地面を滑る列車の上で状況を把握した。
10体。これだけのガーゴイルのパーツを集めるにはそこらのゴロツキには不可能だ。
後ろ盾がいるのだろう。
素早い模造ギアが生身の私を襲う。
身体強化で跳躍。寸前で躱し、列車の上を駆け抜け、軍服を脱ぎながら後続車輌へ。
他の機体が迫る。そこにギアが割って入り難を逃れた。
前方車輌で待機させていたノヴァダ機。奴だけは連れてきた。
「そのまま押さえていろ!」
格納庫の扉をこじ開け、『ハイ・グロウ』に到達した。
プロテクトスーツを着て機体を纏い、輸送車輌を破壊し飛び出す。
直後、輸送車輌が爆発した。
遠距離砲撃の集中砲火。
武装は軍の正規品。S14バリスタ砲。
間一髪。
この機体の立ち上がりの速さに助けられた。
「用意がいいな」
それに私の戦い方を知っている者の戦法。
だが、私も別に遠距離攻撃魔法が使えないわけではない。
『ハイ・グロウ』で魔力を増幅し、スーパーバイザーで敵を補足。
■ターゲット
・侵蝕率 △
・出 力:〇
・速 度:◎
・耐 久:△
・感 応:〇
・稼 働:〇
対象の模造ギアを直接熱する。熱魔法『焦熱』
たまらず中から人間が退避し、直後模造ギアが爆発した。
「現地民か……?」
あの動き。素人だな。
だが、次の目標は水を纏い、熱を逃がしている。
「何だあれは?」
砲撃が飛び交い、私の攻撃手段が封じられていく。
ノヴァダも苦戦している。
奴は片目が見えない。敵はその死角へ常に移動している。
ガーゴイルの中でもレアを使っている。しかも私とノヴァダへの対策まで。
「ふん、小賢しい!!」
私はノヴァダの死角へと回る敵模造ギアへと強襲を仕掛ける。
動力炉の『ブースト』加速で集中砲火を脱し、そのまま二機なぎ倒し、下敷きにした。踏みつけ、アンカーボルトで串刺しに。
「砲撃手を黙らせろ」
《承知!》
手の空いたノヴァダに砲撃手を狙わせる。
だが、砲撃も水でガードされる。
発生させた水を表面張力で纏いその水圧で衝撃を殺している。厄介な。あれだけの質量を纏う魔法技術には覚えがない。あれはかなりレアなガーゴイル素体を使っている。
このまま交戦を続けるのは不毛だ。
ムキになって打って出ても何機か討ちもらす。その間、ノヴァダがやられる。
ここで失うには惜しい。
退くか。
《でで、殿下!》
通信が入った。
「ちっ、黙っていろエカテリーナ」
《れ、列車かられ、連絡が途絶えたので》
「襲撃だ。だが問題ない……いや、待て。そこにグリムは?」
《ぼくもいます。お楽しみを邪魔するべきではないと言ったのですが》
「模造ギアの水魔法が厄介だ。知恵を貸せ」
端的な説明の言葉が口から出る前に回答が返ってきた。
《ああ、あれは発動中動けないので―――》
私は水魔法としか言っていない。
だが、グリムの言う通りだ。
足元の地面には水を纏えない。
ノヴァダの砲撃で地面が崩れるとあっさり態勢を崩し、魔法が解けた。
攻略法を見つけられると残りの機体が逃げる。
私は深追いするタイプ。
森の中に逃げこんだ模造ギアを背後から『特殊対装甲剣』で貫く。
スピードに乗り、ギアが馴染んでいくのが分かった。
思考も体感もすべて置き去りにするような感覚。
全身に重くのしかかる負荷を苦痛に感じない。
ただ景色が目まぐるしく変わり、心地よい手ごたえと共に、美しい火花が散る。
私の充実感は途切れることなく、私の望みに機体が応えてくれる。
「む」
地面が爆ぜた。
その前に私は『ロールターン・ライトアングルドリフト』で直角に回避した。
高速化された意識が、無意識に私の身体を動かし、それはまるでギアそのものが私を操ったかのような、意識の逆転―――いや、これがグリムの言っていた『シナジー・ゾーン』というものか。
「はぁ、はぁ……」
私がここまで追ってくることを想定した罠。
カスタムグロウだったらここで巻き込まれ、追撃は不可能だっただろう。
だが、『ハイ・グロウ』の前には小細工は無意味だった。残党狩りは他愛も無かった。
死を悟った模造ギアは残弾を絞りつくし突撃。
三機をまとめて熱魔法で爆破し、正面の二機を剣で貫いた。
背後から最後の一機が不意打ちを仕掛ける。
その機体の胸部にはアンカーボルトが突き刺さった。
『ホースキック』が入り、バラバラに敵機体は吹き飛んだ。
「ふふふ、一人ぐらい生かしておけば良かったか」
えも言えぬ高揚感の中、私の過度な集中と冴えた直感が、自らの疑問に答えた。
なぜグリムと話せないのか。私は直感で動く。無意識にわかっていたのか……私があのメイド、ユリースを殺したとき、幼きフェルは放心しているのかと思った。だが、記憶にあるフェルの顔はどこか、安心しているようだった。殺されかけたのだから当然かもしれない。
だが、彼女はフェルが最も信頼していたメイドだ。
その彼女が死んだ直後に安堵するだろうか。
その疑念が私の中にあった。
グリムは未知の水魔法の応用技について知っていた。
分析していないし、局所的な情報についての詳細と弱点までも知っていた。
「殿下、単独での突撃はお控えを」
「すまなかったな、ノヴァダ」
「は……? 恐れ入ります」
これは待ち伏せ。
用意周到で資金は豊富。
使い捨ての機士は現地民。
中途半端だ。
大金をかけ、即席の軍隊をつくり、私が帝都に戻るのをずっと待っていたのか?
これは……その場しのぎ。
時間稼ぎの足止めか。
「帰るぞ」
「しかし、列車は……」
「違う。このまま帝都へ行くぞ」
そのままギアを走らせた。列車より速い。