38.スカウト
な、ぜ、か……
おれとグウェンが男女の深い仲であるという噂が広まった。
身に覚えのないことで責任を取るようにメアリー先生に詰められた。
悪乗りしたグウェンが肯定してしまい、反証できなかった。
結果、グウェンはメアリー先生に修行を課されている。相当辛い修行なのか、後になって何もなかったと証言して欲しいと頼まれたが、少しでもまともな人間になって欲しくておれは心を鬼にした。
今日は朝から洗濯だけの一日らしい。
一方、おれとマクベスは少し基地から離れたところにある、小さな町にやってきていた。
マクベスの運転する魔力駆動式四輪車で舗装されていない泥道を進み、目的地に到着。
小屋の中に入った。
「おれたちに会いたいってのはお前か」
「そうです」
情報部現地協力員の手引きでセッティングされた会合。
彼らは、市民グループだ。
帝国に不満を持っている。
会いに来たのは4人だが、その小屋には10人いた。
まぁ、もっといるのだろう。
「いい度胸だな。体制側に寝返った裏切り者どもが、喧嘩でも売りに来たのか?」
「マクベス君には貴方たちが束になっても勝てませんよ」
「いや、10人はきついよ」
本題に入った。
「今日はお願いがあって来ました」
「お願いだと?」
「えぇ。詳しくは聞きませんから、今関わろうとしている件から手を退いて下さい」
小屋の空気が殺気立っている。
おれの膝が震えているから間違いない。
「脅しか?」
「いえ、お願いです」
「その『関わろうとしている件』から手を退いたとして、おれたちに何の得がある?」
「ご褒美に、ぼくが皆さんの望みを叶えましょう」
笑いが起きた。やった、ウケた。
「おれたちの望みがわかるのか? それを叶える力がお前にあるのか?」
「どんな願いでもぼくが一つだけ叶えてあげましょう」
冗談ではない。
おれは本気だ。
◇
おれたちは小屋から無事に出られた。
「今の話し合いに何の意味が?」
「彼らに死んで欲しくないんですよ」
テスタロッサさんに情報を集めておいてもらった四人。どうやら彼らは最近過激派グループから良くない誘いを頻繁に受けているらしい。
『そのことを危惧していたのかしら?』
『いいえ』
『関わろうとしている件』については後から知った。
狙いはルージュ殿下。
反皇族を掲げる貴族連中が、武器を横流しし、彼ら現地民の反帝国感情を利用して暗殺を促している。
聞くところによるとその手の計画は頻繁に実行に移されているそうだ。
その話を聞いて、すぐさま彼らが関わらないよう釘を刺したのは、殿下の命を心配してのことではない。
原作と違いこっちでは彼らが死んでしまう可能性が高い。
原作での彼らは反乱を企てる貴族に利用された後、命からがら逃げ延びたところをフェルナンドに救われ、配下になる。
しかし、今回は生き残れない。
おれが殿下に『ハイ・グロウ』を与えたことで、結果が変わる。
スカウトする前にまず虎の尾を踏むのをやめさせようというわけだ。
「よくあの状況で信用されたね」
「人徳ってやつだよ」
原作で知っている4人の中に、分析スキルと感覚強化スキルを合わせた複合スキル持ちがいる。
彼はにおいで、相手の悪意までも嗅ぎ取れるというSSRキャラだ。
不運なことに、フェルナンドに悪意が無いと判断し、忠実な部下になる。彼のスキルによる判断はフェルナンドへの盲目的な信頼を生んだ。
残念ながら、フェルナンドは人を殺そうが騙そうが、悪意を持ちえない。罪悪感が欠落している人間だからだ。
「でもどうやって彼らの望みを叶えるんだ?」
「彼女に協力させるんですよ」
おれたちの前にはほくそ笑むエカテリーナ。
配下の情報部員たちが立ちはだかる。
「ついにしっぽを掴んだ。やつらは監視対象になっている市民グループ。やっぱりつながっていたな」
なんだ、普通に喋れるのか、この人。
「さて、マクベス君」
10人をぶちのめし、マクベスがエカテリーナを拘束した。
「いたたた!!」
「安心してください。言うことを聞けば、首の骨が折れることは無いでしょう」
「肩を極めて首は折れないだろ」
エカテリーナがおれたちをつけていることは分かっていた。というより、尾行させてここまでおびき寄せた。
「こんなことして……!」
「ぼくらを疑うのは勝手です。悪ふざけで噂を流すのも許しましょう。ご愛敬ということで。でも」
エカテリーナの眼を見た。
何が、ルージュの信奉者。
おれは彼女の救世主だ。
「ぼくがいないと『ダイダロス』は完成しない」
エカテリーナの顔が強張った。
「……殿下に伝えたら、すでに知っておられた」
「やはり、地下室は調べましたか」
情報部の人間をあれでごまかせるとは思っていなかった。代わりに流れた噂については謎だが。
「お前は妙だ。行動の意図が分からない。あんなものを作っていてなぜ管理庁に報告しない?」
「貴方が知る必要はない。殿下との間に秘密の共有があったとしても、嫉妬しないでいただきたい。ぼくがいなくて困るのは殿下ですよ」
「脅しのつもりか。お前の代わりなんて探せばいる。『ハイ・グロウ』も完成していることだ。お前は用済みだ」
冷静に話したかったが仕方ない。
「おれの邪魔をして、もし万が一にでもルージュ殿下に危険が及んだら、貴方には地獄を見せる」
「……な、なにを……?」
「こっちは10年以上、あの人を護るために生きてきたんだよ!!」
違うな。そんなもんじゃない。
「いや、もっとずっと長いこと好きだから!! 正直、原作で一番推してたから!!! ゲームで全パターン、全衣裳揃えたし!! キャラソンも特典含めてコンプリートしたし!!」
いや、それはいいか。
「たかが数年傍にいた程度で何が信奉者だ!! 人生のすべて賭けてるんだよ、こっちは!! あの人を救うためにおれは生まれてきたんだ!!」
おれの心の底からの叫びに、エカテリーナの眼が点になる。
「もしお前のその下らない執着に少しでも、殿下への忠誠心があるなら、おれの指示に従って動け! できないなんて許さない、やれ!!」
「……あい」
ふぅ、ちょっぴり熱くなってしまった。恥ずかしい。
ああ、マクベス君がひいている。
「怖いな」
「女性を組み伏せている君に言われたくないね」
マクベス君がエカテリーナを解放した。
生まれたての小鹿のように膝が震えている。
よくそれで情報員ができたな。
「で、でも……じゃあ、あのし、市民グループは摘発、すすするべきだと、お、思いますが」
おお、暗殺計画の情報ぐらいはちゃんと嗅ぎ取っているのか。まぁ、こういうことはしょっちゅうだって言ってたからな。
「いえ、いいんです。どうせ、首謀者は捕まりませんし」
武器の供給元は反皇族を掲げる貴族。
だが、やつらを唆したのは別の奴だ。
奴は絶対に証拠を残していない。
「それにルージュ殿下の御楽しみを取るのは野暮ですから」
「で、でも、き、危険は?」
「ぼくが危惧しているのはこんな些事ではありません」
「いや、グリム君、暗殺は些事じゃないだろ」
「彼ら程度がどう頑張ってもあの方は殺せません。それは決まっていることなので」
本音でぶつかり合うっていいものだ。
色々あったがおれは彼女を許そう。
【政治工作タイプ】。珍しいからな。殿下もだから傍に置いているのだろう。
噂を流せるのは効果的な方法を熟知しているからだ。
そして、その能力の使い方は良いことに使って欲しい。
「エカテリーナさん、お願いがあるんですが」
「う、うい」
「貴方が下げに下げた帝都でのぼくの評判。あれはそのままに、殿下が失敗したぼくを見限らないで使って下さっていることを広めて下さい」
皇女が慈悲深いと印象付ける。
「それから、異人をたくさん雇用していること。彼らの属州での実情についてもお願いしますよ」
「う、うい」
悪い噂を流せるのなら、いい噂も流せる。
彼らの待遇を良い方向へと導く。大衆の意識を変える。
「ちょうど、支部の職員が足りてなかったんだよ」
雇用先もできる。
殿下の推薦は就職に有利だ。