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37.5 ドークス

 

 最初。

 グリムと対峙したとき、勝負の前にノヴァダ卿は言っていた。


「ドークス、奴は本物だ」

「ノヴァダ卿が技師を気にするとはな」

「眼を見ればわかる。彼はやるぞ」

「ヘラヘラした作り笑顔じゃねぇか」

「あれは戦地へ赴く兵士の……覚悟と責任と勇気が織り交ざった眼だ」

「いや、そうか?」



 眼はわからん。

 だが結果は引き分け。


「完敗だ。いい腕だな。いっそ清々しいぜ」


 おれたちは殿下の機体を調整することになった。

 闇魔法を使い、通常人手を増やすか重機で取り付ける作業を難なくこなす。

 まさに整備のために生まれたような奴だ。


「殿下の機体は毎回限界以上稼働させられる。どうだ? 癖が残ってるだろう」

「この機体では駄目ですね」

「何?」

「あ、いえ……」

「殿下も物足りないといつも言っていた。それが見ただけでわかったってのか。とんでもない奴だな」


 グリムを理解した気になるのは早かった。


「技師長、いいんすか? いきなりサボってますよ、あいつ」

「お前、ルージュ皇女殿下の整備任されて、サボれるか?」

「え、い、いやムリっす……」



 あの野郎は、帝国一の機士が乗るギアを任されながら、司令官の家に遊びに行き、飯食って茶を飲んで基地の外で散歩してきた。


 その後、基地の連中と雑談していやがった。


 ハラハラさせやがる。

 

「こっちが参っちまうぜ」

「本当っすよ……」


 だがいざ作業を開始すれば、迷いが無い。


「試験の話は何となく噂で聞いてましたけど。すげぇ」

「何かに憑りつかれたような勢いだな」

 

 鬼気迫るとはまさにこのこと。


「ちょっと、そんな新造部品組み込んだら重量クリアしねぇんじゃ……技師長、コイツ無茶苦茶っすよ!」


 奴はただ調整するだけじゃなく、動力炉に『ターボ』を追加した。

 ソリアのときと逆。パーツを追加していく。


 ワンマン。そんな印象だったが、意外にもこいつは指示出しも上手い。誰が何を得意としているのか、いつの間にか把握してやがった。


「うわぁ、動力ラインも増やしてるよ」

「あれ、記録補助で自動化できるんだっけ?」

「いや、供給先を選択するわけだから、感応機任せじゃね?」



『ブースト』の出力を脚部だけではなく、全身へも供給できるよう動力ラインを築いた。


「乗りやすさを当然のように切り捨ててやがる」

「シフト操作も多段階で、複雑になっちまうよ」

「フットブレーキ、アンカーボルトも設定細かいな」


 おまけに動力炉を大型化してやがった。



「……あいつって高感応プロテクトスーツの功績で新支部を任されたんすよね? 何か動力炉の周りの扱いの方が上手くないっすか?」

「みてぇだな」


 ありゃ、何かやってるな。

 いきなり動力炉なんて改造できるわけねぇ。元から構想を練って、改造のプランを立てていたのか。


「いや、あの手際はすでに改造をした経験があるんだろう」

「個人で動力炉を? なんなんだよあいつ……」


 これまで殿下の機体はできるだけシンプルに造られてきた。その方がそのお力をダイレクトに発揮できる。それで間違いなかった。

 グリムはその先入観、固定観念、成功体験を完全に打ち壊した。


 殿下の戦いを何度も見てきたような的確で斬新な改修だ。


 出来上がったそれはもはやカスタムグロウではなかった。


「こんな機体を動かせる人間がいるのか?」

「高感応プロテクトスーツとの連結、新規バイザーの組み込み……操作性は確保してます。あとは殿下に慣れて、練習してもらわないとですね」

「殿下に練習させるなんて発想ないんだよ、おれたちには」



 案の定殿下は苦戦されておられた。

 練習し、グリムを捕まえては意見をすり合わせる。

 見てるこっちがすり減りそうだった。


 お前が隣で話しているお方はこの国の第二皇女様だぞ?



 幸いにも殿下はコツを掴んだらしく、見事に『ハイ・グロウ』を乗りこなした。


 想定以上の結果にさすがのグリムも驚いていたのが、何か心地よかった。



「確実に、ギアの最速記録更新だ……」

「なんか感動……」

「いや、おれたち言われた通りやっただけっすけど、でも、あれ、何か涙が……」

「そうだよな。おれたちもあれに関わってんだよな!」

「ああ、当たり前だ」



 みんなガキみたいにはしゃいでやがった。


 おれもグラっときていたが、グリムは違った。

 横にいた奴は、ヘラヘラした愛想笑いでも無表情でもなく、ギラギラとした笑みを浮かべていた。



 ノヴァダ卿の言っていたことが分かった。


 こいつにとってはここも単なる通過点なのだろう。



 グリムは異質な存在だ。

 それはウェール人だからじゃねぇ。

 根本的におれたちとは違う。

 だから戸惑うことも多い。

 おれ以外も。




 ◇



「どうした?」



 支部の受付が困った様子だ。



「あ、ドークスさん……」

「その、出費が激しいので活動報告書を即提出するよう中央から催促状があるのですが……グリムさんが新しい動力炉の設計図はないとおっしゃって……」

「そ、そうか……まぁ、あれは既存のものをあいつが改造したもんだからな……」



 動力炉の大型化。

 本来動力炉はデリケートな代物だ。パーツの鋳造は職人芸。それをあいつはお気軽にやってのける。

 一々図面は引いていない。これは技術の流出を避ける対策とも取れるが……


「有力貴族から圧力がかかるのは目に見えてるからな……いや、あいつがそこまで気にしているとは思えんな。少し待ってな」



 どうやら取り越し苦労だった。

 設計図はグウェンの担当だからグリムは描かないということらしい。もっときちんと話せと釘をさすと、会話じゃねぇ会話をグウェンとし始めた。



「ありがとうございます、ドークスさん」



 喜んだのもつかの間、設計するならば一からだと脱線し、新機軸の動力炉の設計ができあがり彼女を困惑させていた。法的に動力炉の新造は管理製造権を持つ者でしかできない。そのほとんどが大貴族。

 造れないと言うと、ならこの設計で製造を依頼しようと言い出した。

 技術の流出以前に、金の事や政治的な根回しのことは何も考えてねぇ。


「大変だな」


 彼女は交渉のため出張になった。

 後日、新造された動力炉と共に戻ったから優秀なのだろうが。



「ドークス、今日のグリムは?」


 エカテリーナは今日もグリムのあら捜し。



「もうやめておけ。お前もわかってるだろ。あいつはただギアを調整し改造したんじゃねぇ。新型のベースを確立したんだ。ここに来て、ひと月も経たずにだ」


 この女はルージュ殿下に拾ってもらった。心酔していると言ってもいい。



「ちがうよ、ドークス。使えるのはわかった。だから殿下に逆らえないようにする」

「やめろ。お前、グリムの悪評を中央に広めただろ。グリムじゃなく受付が困ってるぞ」


 問い合わせの受け答えも全部あの子がやっている。

 迷惑な話だ。


「それは謝ってくる」

「素直だな」

「彼女、パルジャーノ本家の御令嬢。あと受付じゃなくて顧問官」

「……やばいな。おれも……」


 七大貴族のご令嬢だったのか。なんだこの支部?


 グリムにもまた忠告しておくべきだろう。

 おれはグリムを探した。

 大抵ドックかドックの事務所で寝ている。

 しかし、いない。


 ドック地下にある倉庫を覗いて見た。

 こっちはグウェンの住処と化し、ひどい惨状。女の部屋じゃねぇ。廃部屋だ。



「なんだこりゃ……」


 そのゴミ溜めに偽装された奥のスペース。

 そこで見つけてしまった。



 グリムが動力炉周りに精通している理由が分かった。

 いや、奴の製造技術の高さと専門性の広さ。

 それは、整備や改良のためのものでは無かったからだ。



「ドークス。顧問官いない」

「うぉ、来るなっ!」

「何、そっちに何かある?」



 合点がいった。

 奴の特別待遇。エカテリーナを興奮させる殿下との密接な関係性。

 その理由はこれか。



「野暮は止せ。わかるだろ」

「うっ、そ、それは、つまり……」

「まぁ、あいつらも年頃の男女だしな。戻るぞ」

「うい」



 新造されるギアの話がエカテリーナから流れることは阻止した。

 技術屋として、グリムの造るギアが見てみたい。

 純粋にそう思ったからだ。



 しかし、すまんグリム。

 グウェンとの関係が広まっちまったのはおれのせいだ。




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― 新着の感想 ―
入院してた時お見舞いに来てたグウェンは普通に良い子だったから嫁にしても良いのよ?
[一言] グリム「そいつだけは無い」
[一言] そもそも不利をひっくり返して国が認めた資格持ちに対してその分野でケチをつけるのみならず、心酔してる相手の意向に逆らって勝手な判断で余計な事し続けるとか普通に始末される話に思うのだが、このエテ…
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